第15話

「まったく、成人しているのは身体だけか」


バートは大きくため息をついた。

昼食時間を過ぎた午後の食堂はがらんとして、バートがただ1人窓際のテーブルに座っているだけだった。


宿に着くや否や、ザックは腹を立てたのか無言で二階に駆け上がり、そのまま部屋に篭ってしまった。

ドアに鍵をかけ、声をかけても返事はなかった。


そのまま、かれこれ3時間が経過していた。


小腹が空けば、出てくるかもしれませんよ、とリュカがアップルパイを用意してくれた。

しばらくはこまめに声をかけていたバートも、諦めて待つことにした。


一体何が気に入らなかったのか。

いや確かに、強引に連れて帰ったのは多少やりすぎたかとは思うが。


バートは冷めた紅茶をひと口啜った。

レモンを浮かべたままにしていたせいで、渋みが増してしまっていた。


リュカは先ほど買い出しに行くと言って、バートに留守番を押し付けたまま出て行ってしまった。

ヒロが戻るはずだったそうだが、約束の時間を過ぎても戻る気配がなかったので、痺れを切らして出かけてしまったのだ。


おそらくリックとの久々の再会に浮かれているのだろう、とリュカはため息混じりに愚痴っていた。


ヒロの恋人のリックは、各地を転々とするリュート奏者だという。

半年ぶりに、星祭りの期間に合わせて戻ってきたのだとリュカが教えてくれた。

ヒロは、リックが戻る日を指折り数えて待っていたらしい。


恋人がやってくる日を心待ちにしていた姉を咎めたくはないのだろう。


愚痴をこぼしつつも、姉にはこのことを黙っておくよう口止めするリュカをバートは好ましく思った。



それはそうと、だ。



ザックがここまでへそを曲げる理由がバートにはわからなかった。

なぜそこまでアミュレットに執着するのか。

色々と珍しいことがあるのかもしれないが、所詮は露店で売られている程度の魔石だ。

そこまで固執する理由があるようには思えなかったが。



まさか、ヒロに横恋慕したとか。



無いな、とバートは自分の中の疑惑を即座に否定した。

確たる根拠はなかったが、ザックが誰かに恋焦がれる姿など想像もできない。


しかしながら、先ほどのヒロへの馴れ馴れしい態度はあからさまに怪しかったし、これまで見てきたザックとは思えないほどの変貌ぶり。


恋人と歩くヒロを見て、嫉妬したのだろうか。


確かにヒロは可愛らしい女性だと思う。

特別美人というわけでも、華があるわけでもないが、いつも柔らかな笑顔を浮かべる姿は愛らしく、穏やかな性格は周囲を温かな気持ちにしてくれる。


ザックも年頃といえば年頃だろう。

むしろウェストファル家の次男ならば婚姻の話が出てもおかしくない年齢のはずだった。しかし。


たった一度、優しく介抱された(というかハーブティーを淹れてもらった)というだけで、ザックは恋に落ちるほど初心な性格だろうか。


いや。ありえない。


半月の付き合いしか無いが、バートは確信していた。


奴に限って、そんなことがあるはずがない。

全くもって根拠は無いけれども。


バートは自分の中に湧いた疑惑を再び強く否定した。


ザックが誰かを思い慕うなど、そんな繊細な感情を持っているとはどうにも想像できない。

むしろ、よからぬことを企んでいると考える方がしっくりくる。

今回も何かあるに違いない。


ザックについては考えても仕方のないことしかないが、何時何が起きても良いように警戒しておくに越したことはない。


そんなことを考えながら、バートは冷めた紅茶を再び啜った。

とても飲めたものではない。

しかし淹れ直して貰おうにも、リュカもヒロも戻る気配がない。


客で賑わっているときは狭く感じていた食堂が、いつもより広く感じられた。

壁掛けの時計がチクチクと秒針を動かす音も、いつもより大きく聞こえる。


バートはリュカが出してくれたクッキーを一口かじった。

口の中に広がっていた渋味がほんのり甘いクッキーの味に塗り替えられた。


バートはクッキーを頬張りながら、窓の外を見た。

通りでは子どもたちが駆け回って歓声を上げていた。実に平和な午後の風景だ。


そういえば。

先程のヒロの様子も気になった。

なぜあんなぎこちない距離で歩いていたのだろう。

半年ぶりの再会ならば、普通はもっとお互い嬉しそうにするものではないのか。

帰ってきて早々、喧嘩でもしたのだろうか。


今朝の幸せそうなヒロを思い出して、バートは少し胸が痛んだ。

理由はわからないが久々の再会なのだし、旅芸人ならば長くは留まらないだろうから、早く仲直りして幸せな時間を過ごすべきだ。

帰ってきたときには、いつもの笑顔に戻っていれば良いが。


「まあ、余計なお世話だろうがな」


最後の台詞だけ声に出してみる。

誰も居ないから、当然返事などかえってこない。

バートは、急に虚しい気持ちに襲われた。


考えても仕方のないことしかなく、取り立ててすることもない。

そんなだから、余計なことばかり考えてしまう。

バートはとにかく、何でもいいから身体を動かしたくなった。

考えたくなければ、動き続けるしかない。


「薪でも割るか」


バートはぼそりと呟いて立ち上がった。

留守番を頼まれている以上、ここでできそうなことをするしかない。

宿はいつも綺麗に整頓されており、掃除しようにもするところはない。

頼まれたわけではないが、薪は勝手に割っておいても迷惑になるようなことはないはずだ。


バートはカウンターの裏に回り、カップとポットを流しで洗った。

テーブルを拭いたあと、そのまま厨房から勝手口に向かう。


裏庭に出ると、手入れの行き届いた庭が広がっていた。

菜園の他に、色とりどりの花が咲いている。

開いたドアを閉じると、家の壁に沿わせるように薪が積み上げられていた。


これくらいなら、リュカが戻るまでに全て割れそうだ。


バートは斧を手に取り、積み上げられた薪に手を伸ばした。

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