第14話

宿に戻る途中、正面から歩いてくるヒロを見つけた。


ヒロの隣には見知らぬ男が肩を並べていた。

見たところ旅芸人か。今朝、ヒロが話していた恋人かもしれない。

バートは即座に思った。


だが、どうも様子がおかしい。

手を絡めるわけでもなく、お互い笑いあうこともなく、どこかよそよそしさを感じる距離で歩いていた。


あれでは仲睦まじい恋人というよりも・・


喧嘩でもしたのだろうか。


ヒロの表情は暗く、幸せというよりもむしろ辛そうだった。

向こうがこちらに気付いてなさそうだったので、バートそのまま放っておこうと思っていたのだが。


「やあ!ヒロ!どうしたの?世界の終わりみたいな顔だねえ」


まだまだ距離があるにも関わらず、ザックが大声でヒロを呼び止めた。

左手をブンブン振り回して、ヒロが気づくと駆け出した。


さっきから露天に夢中で、すれ違う人に手当たり次第ぶつかりながら歩いていたのに。


なぜこういう時だけ目敏く見つけるのか。


正直、かなり気まずそうに笑顔をつくるヒロにバートは心の中で詫びた。


「ザックさん!バートさんも。お目当ては見つかりました?」


駆け寄るザックにヒロが尋ねた。

ヒロの隣で、男は怪訝な顔をした。

恋人に馴れ馴れしく話しかける男が現れれば、当然の反応であろう。

しかし残念ながら、ザックはそんなことに気づかないし、たとえ気づいていたとしても気にしない。


「ザックでいいよ。ヒロ。「さん」付けなんて、なんだか距離を感じてしまうなあ」


ザックはへらへらと笑って、ズレた眼鏡をかけなおした。


この男は、今の状況がわかっているのか。



いや、解っている。



ザックは、今最も避けるべき台詞をわざと選んでいるかのようだった。

ただし、その意図はわからない。

わざとらしいとも思えるほどに、馴れ馴れしくヒロに話しかけていた。


「魔石は売っていなかったよ。今朝教えてもらった辺りをひと通り見て回ったが、この度は露店が来てないようだ」


あとから駆けつけたバートは、ザックとは真逆に出来るだけよそよそしさを前面に出しながらヒロの問いかけに答えた。


男は無言でこちらを伺うように見ていた。

目が合ってしまったバートは、思わず目を逸らしてしまった。

気まずくなり、バートは軽く咳払いした。


「突然すまない。その、こちらは・・」


ザックのどうでも良い絡みを断ち切るように、バートはヒロに尋ねた。


「リックよ。リック、こちらはうちの宿に滞在中のザック・・とバートさん」


律儀なヒロは、本人の前でザックさんとは呼ばなかったが、少し呼びづらそうだった。


リックは少しぎこちない笑顔で「初めまして。リックです」とバートに握手を求めてきた。

近くにいるザックではなく、自分に挨拶をする時点で、ザックに対して何かしら感じることがあるのだろうとバートは思った。


当然だ。誰だって恋人に馴れ馴れしくする男は不快に決まっている。


少なくとも、自分は大丈夫そうだと判断されたのだろう、とバートは思った。


「アミュレットを探していたのですか?」


リックはおずおずとした様子でバートに尋ねた。

様子を伺っている気配は感じるものの、過度に警戒したり緊張している様子はない。


「ああ、連れがどうしてもヒロ、さんのアミュレットが欲しいと言うので、朝から露店を見て回っていたのだが」


「どうも今回はきてないようだ」


「そうですか。それは残念です。ぼくらも前の祭りでたまたま見つけたので」


リックがヒロをちらりと見た。

よく見るとリックはアミュレットを服の下に入れ込んでいるようだった。

ヒロと同じ細い革紐だけが首から覗いていた。


一瞬、リックの表情が曇ったように見えた。


気のせいか?なんだか・・


ヒロがアミュレットを見えるように付けていることが不愉快だとでもいうかのような。


今朝の嬉しそうなヒロの笑顔とは対照的だとバートは思った。


なんだ?この違和感は


バートが違和感の正体に気づく前に、突如思考が遮られた。


「そのアミュレット、なんでも願いが叶うんだってね」


「それを聞いたら僕も欲しくなってさ」


バートの前にザックが割り込んできた。


「ヒロに露店が出ていた場所を教えてもらったんだ。まあ、露店はなかったんだけどね」


「そういえば君も付けているんだろう?お揃いで。アミュレットをさ」


「よかったら見せてもらえないかな」


いつもの早口で、ぐいぐいとリックに詰め寄る。

リックは不快感と戸惑いがない混ぜになったような顔をして後ずさった。


「えっと、あの」


「ザック。いい加減にしろ。初対面でなくても失礼だぞ」


咄嗟にバートはザックの肩に手を掛けた。

華奢なザックの身体がぐらり、とバランスを崩して後ろに倒れそうになる。

バートは慌ててその身体を支えた。


「何するんだよ、バート。君って本当に乱暴だな」


ザックはバートに身体を預けたまま、首だけ振り返ってバートを睨みつけた。

驚いたヒロが口元を両手で隠したまま、心配そうにこちらを見ていた。


「すまない。お前があまりに図々しく詰め寄るから勢い余ってしまった」


ザックの体勢を立て直したところで、バートはヒロとリックに向き直った。


「2人の邪魔をしてしまった。騒がしくして本当にすまない。我々はこのまま宿に戻ることにしよう」


「いえ、大丈夫です。どうか気にしないでください」


リックが軽く首を振った。

ザックがまだ詰め寄りそうな気配を漂わせていたので、バートはその右腕をしっかりと掴んでいた。


「いやいや、リック殿は日頃、ベイの村に居ないと聞いている。久しぶりの再会なら積もる話もあるだろうから、我々はここで失礼するよ」


そう言うと、バートは半ば強引にザックを引っ張ってその場を離れた。


「もう!なんだよ、バート。僕はもっと2人と話したいのに」


「ヒロ!今夜またアミュレット見せてよ!約束だからね!」


「リックも良かったら、今夜ヒロの宿に来てよ!待ってるから!」


バートに引きずられながら、ザックが叫んだ。


この状況で、まだそんなことを言うのか。


「いい加減にしろ」


言っても無駄だとわかってはいたが、バートは幼子を叱りつけるように低い声で咎めた。


今、2人はどのような顔でこちらを見ているのだろうか。


バートは奥歯を噛み締めてギュッと強く瞬きした。

自分は何も悪いことをしていないのに、申し訳なさと気まずさと恥ずかしさで2人の顔を見ることができなかった。


結局バートは、宿に戻るまで暴れるザックを引きずりつづけた。


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