第2話

ここは冒険者登録所。バートンシティ冒険者ギルド協会によって運営されている、いわゆる冒険者の紹介所。

バートは協会に登録された冒険者であり、現在クライアントからの依頼を待つ自称・冒険者の一人だった。


バートは登録所に設けられた待機室のテーブル席でいつものように待機していた。

依頼者が来れば、依頼内容に応じて登録された冒険者が割り当てられる。

依頼者は割り当てられた冒険者と交渉を行い、成立すればその場で契約する。


バートはふた月前に登録を終えたばかりの初級冒険者だった。


協会に登録された冒険者は過去の経歴や冒険者としての実績に基づき、ランク分けされている。

依頼をこなして実績を積むことで冒険者ランクは上がっていく。

一般に冒険者ランクが低いほど依頼内容は簡易なものが多く、得られる報酬も少ないが、依頼の数は比較的多い。

多い日は一日で登録所に100件を超える依頼が来る。

内容にもよるが、5件もこなせばその日一日を生きるのに困らない程度の報酬が得られる。

冒険者ランクが上がると、依頼内容はより専門性が高くなり、危険度も高くなるが、その分得られる報酬が多くなる。


登録所に来てふた月、バートは紹介される依頼を片っ端から断り続けた結果、半月ほど前からぱたりと仕事の紹介が来なくなってしまった。


初級者向けの依頼をすべて断ってしまうため、斡旋者の機嫌を損ねたのかもしれない。


そんな中、この男が現れた。

男はアイザックと名乗った。左耳に光る青い石のピアスは何かしらの特殊技能を持つ職種であることを示していた。


今の自分が最も避けるべき依頼を目の前の男は持ってきた。

話を聞く前から、直感的にそう感じた。


(この男は信用ならない)


男が依頼内容を話し始めてすぐに、断るべきだ、とバートは即座に思った。

依頼内容は、初級者向けの依頼ではなかった。


なぜ突然、このような依頼が自分に振られたのか。


あまりに仕事を断りすぎたせいで、斡旋者がやけを起こしたか。


その理由はバートには全く見当がつかなかったが、持ってこられた依頼が「割のいい仕事」ではないことだけはわかった。

報酬が少ない上に拘束時間が長い。

不確定要素が多すぎるし、予想される危険に見合った金額とは思えない。

こんな金額なら他の初級者はもちろん中級者も引き受けはしないだろう。


しかも目の前の男の身なりは見るからに貧相で、金を持っていそうにない。

何か起きたとしても追加で報酬を払う事はないだろう。


(俺なら絶対に断ると思って、わざと斡旋してきたのか)


ふとそんな思いが頭をよぎった。

なによりも、この男は信用ならない。

確たる根拠もなく、初見からそんな気がしてならなかった。


この男の発するすべての言葉の裏には、とても良からぬ感情を感じる。バートは自分の目の前に座る男を黙って観察していた。


アイザックと名乗った男の容姿で、まず目を引いたのは髪だった。その髪は栗色で恐ろしくサラサラしていた。

髪型に気を配る気はないようで、その形はなんとも形容し難い。ところどころに寝癖があり、立ったり跳ねたりしている。

前髪が異様に長く、顔を動かすたびにサラサラと揺れた。

丸顔のせいか年齢が分かりにくい。色が白くそばかすが目立つ。

肌の艶からして20代前半くらいだろうか。

体は鶏がらのように細く、手の指だけが驚くほど華奢で長い。その長い指を常に身振り手振りで動かすため、話を聞いているこっちは煩くて仕方がない。

極めつけに冗談かと思うような大きな黒縁の丸メガネをかけており、しょっちゅう鼻からずり落ちては戻している。

身につけている衣服などは高価ではなさそうだがそこそこ小綺麗で、着こなしにどことなく育ちの良さを感じるものの、髪型と同様、あまり身なりに気を使うわけではないようだ。所々に色あせや擦り切れが目立つ。


持ち物や身につけているものから推測するに魔法使いか学者かその両方といったところか。


バートがアイザックを観察している間もずっと、アイザックは延々と話し続けていた。

バートが話を聞いているかどうかは、お構いなしのようだった。


「というわけでですね、とても僕ひとりでは無理だという結論に達したのです」


首を振って長い前髪をサラリと揺らした後、左手でずり落ちたメガネをかけ直した。


「そこで僕は用心棒を雇うことにしたんですが、受付のお姉さんに相談したところ、現在僕の提示した条件に合いそうなのは貴方しかいないと言われたので、是非ともお願いしたいと考えているのですが」


「ここまでよろしいですか?聞いてました?僕の話」


アイザックは人懐こそうな笑顔を向けてそう言った。

バートはため息をついて言った。


「ああ、聞いていた」


嘘である。冒頭の自己紹介と大まかな依頼内容しか聞いていなかった。


「それならよかった!じゃあ契約成立ですね」


「断る」


バートは愛想悪く低い声で言い放った。


「えっ。なぜ?」


アイザックはわざとらしく目を大きく見開き、両手を胸元で広げてみせた。


「僕の話、聞いていました?」


「聞いていた。条件が悪い。報酬も少ない。俺に利がなさすぎる」


バートはアイザックを睨みつけた。

もとより、顔立ちが怖いだの体が大きくて威圧感がすごいだの外見だけで怖がられることが多かった。

横柄な態度をとっていれば、大抵の依頼人は気分を害して自ら立ち去ってくれることをバートは知っていた。

しかし、アイザックはへらへらと笑って言った。


「そんなこと言われても、僕の依頼を引き受けてくれそうなのは貴方しかいないと言われたのです」


「報酬が少ないのは、今は先立つものが少ないので勘弁してください。でも、今回のフィールドワークで新しい発見があれば、学院に研究費を申請できる。要は僕らの頑張り次第です」


「どうせ貴方も見た目が怖いとか色々あって仕事がないんでしょう?このまま登録所で稼げない日々を重ねるくらいなら、多少の日銭でも稼げる方が良くないですか?」


「良い生活はできないかもしれないけれど、少なくとも僕が雇っている間は衣食住が約束されているわけですし、日に日に肩身の狭い思いをしながら依頼を待つ日々よりずっと充実していると思いますよ」


へらへらした笑顔とは似つかわしくないほどの早口にバートは返す言葉も出てこなかった。


「わかりました。じゃあ、こうしましょう。ひと月。まずはひと月の契約でどうですか?」


ザックが人差し指を立てて言った。


「ひと月だけ僕の仕事を手伝ってください。それで気に入らなければ契約は終了です。やっても良いかなと思うようなら、最後まで手伝ってください」


まるで最大の譲歩だと言わんばかりの言い方だった。

なんと言われようと、条件が悪いことに変わりはない。

ただ、アイザックの言うことも一理あるとは思った。


王宮騎士として常に前線にいたバートは、長い間、感情を表出させない訓練を受けてきた。

さらに元来、感情を表に出すことがあまり得意ではないこともあり、今では感情を失った男と言われるまでになっていた。

そのためにバートの無表情が依頼者にとって近寄り難い雰囲気を醸し出す結果となり、登録所に登録してふた月、未だに1件の依頼も引き受けたことがなかった。


実際には愛想の問題ではなく、紹介される依頼を選り好みすぎて、契約成立に至らないことのほうが問題であったのだが。


(確かにこのまま登録所に居続けても、依頼が来る保証などない)


ならばひと月、契約してみるのも悪くないかもしれない。


幸い、目の前の男は自分がどれだけ不機嫌そうにしても動じる気配がない。


「わかった。ひと月、契約しよう。ただし、日当は金貨2枚ではなく3枚だ」


バートはさらに畳み掛けようとしたアイザックの言葉を遮って言った。

アイザックは一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに「にんまり」と笑って言った。


「ありがとうございます。僕も今、それなら一日あたり金貨3枚でって言おうとしたところでした」


「ひと月、よろしくお願いしますね。ハーバートさん」


「バートでいい」


バートはアイザックが差し出してきた手を握り返した。

アイザックの顔に張り付いた「にんまり」とした笑顔がなんとも不気味に感じられて、やはり信用ならない、と改めて思った。


「改めて自己紹介しますよ。僕の名前はアイザック・ウェストファル。僕のことはザックと呼んでください。今後は敬語も結構です。これからどうぞよろしくバート。いやハーバート・ハウエル」


この直後、バートは日当金貨3枚の契約を激しく後悔した。


アイザック・ウェストファル。

王宮魔術師団の長の息子であり、王国屈指の古代史学者であり古生物学者。

もちろん裕福でないはずがない。当然ながら金貨3枚を出し惜しみするような家柄ではない。


そして、自分は本名で登録していない。


(俺の素性を知っていたのか)


やはり、ろくな依頼ではなかった。

初見から感じていた嫌な予感は、外れてはいなかったのだ。


嬉々として契約内容の確認を始めたザックをぼんやりと見つめながら、バートは自分が今どんな顔をしているだろうかと考えていた。

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