第34話 昔の記憶
「僕はこの銘柄が好きなんだ。」
なんてことボロボロの歯を見えるような、それでいて子供のような笑顔で言うお兄さんに憧れていた。
幼い僕から見たお兄さんはカッコよくて背も高くて、それでいて心配になるぐらい細身だった。
「似合わないよね、この髪色」なんて言いながら、ボサボサの、薄い青灰色の髪の毛を弄っていたのをよく覚えてる。
お兄さんは僕に色々なことを教えてくれた。学校で教えて貰えるような算数や理科の仕組みから、とっても古い歴史の本まで。学校では教えてくれないようなことも教えてくれた。
時には哲学的なことについて一緒に考えたりもした。
ある時、お兄さんに僕は「死」について聞いた。
「お兄さん、『死ぬ 』ってどういうことなの?」
お兄さんは少し考える素振りをした後、こう話した。
「僕は死ぬって言うことは遠い遠い、そんな先に引っ越すことと同じだと考えているんだ。死んだ人には二度と会えない、○○くんも引っ越した友達にも会えないだろう?もし大人になって会ったとしても今幼稚園でのことなんて覚えていないだろう。今いる自分を中心とした世界からいなくなってしまうという意味で死ぬことも、引っ越すことも、僕にとっては同じだと思うんだ」
そして僕にこう問いかけた。
「ねぇ○○くん、人が死んだ後ってどうなると思う?」
とお兄さんが聞いた。それに対して僕は
「死んだ人はお星様になるっておじいちゃんが言ってた。」
と答えた。するとお兄さんは
「死んだことがないから僕にも分からないけど人によって考え方が違うんだ、○○くん。例えば、人間は死んだあとホトケ様になる、なんて人もいれば、人間は死んだ後に天国か地獄に行くことになる、なんて言う人もいる。そして○○くんのおじいちゃんみたいに死んだらお星様になるって考えてる人も居るし、死んだら生まれ変わるって考える人もいるんだ。僕は死んだらそれでおしまい、その先は何も無い、って考えているんだ。」
その話を聞いて僕は
「死ぬって怖いのかな?」
と聞いてしまった。聞かなければよかったのに。それに対してお兄さんは
「多くの人は『死ぬことは怖いことだ』というかもしれないね。でも僕はそうは思わない、人間は死ぬために生きている。それなのになぜ、死を恐れる必要があるのかな?人間である限り死ぬことは当然なのだから、死ぬことは何も怖くは無いことなんだ。」
と僕に諭すように伝えた。
その時、何故か僕はお兄さんが遠くに行くような気がして、寂しいような、悲しいような気持ちになった。
「どこか遠くに行くの?」
気づいたら僕の口からそんな言葉が出た。
お兄さんは困ったような笑顔で
「なんでそう思ったのかい?僕は引っ越す予定もなければ遠くに出かける予定もないよ。」
といった。
その困ったような笑顔がとても似合っているな、なんて思ったのがお兄さんとの最後の会話だった。
そしてその日の夜、お兄さんは自宅で首を括って死んだらしい。次の日、けたたましいようなサイレンの音と救急車が通るのを見てなんとなく察していた。
その日の夕方にお母さんにお兄さんが死んだことを伝えられた。
お兄さんは手紙の中で僕についても少し触れていたらしい。
「僕は疲れたから、先に終わらせてもらうよ。そして僕が君と話していた時間は楽しかった。」
僕は泣いた。とてもとても泣いた。
そして年月が経ち、僕も当時のお兄さんと同じ大学生になった。
お兄さんと同じ大学に入ったのだけれど、お兄さんのことは学校では「いじめられた末に自殺した生徒」、としてタブー視されていたことを知り、何故か切なさと虚しさを覚えたことをよく覚えている。
一転僕は、友達もそれなりにいるし、勉強もそこそこしているしで「学生らしい生活」を送っていた。
けれどお兄さんと話していた時よりも楽しいと思える出来事には、いまだに出会えていないな、なんてことをお兄さんの好きだった銘柄をふかしながら考える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます