6.こどものはなし
少しづつ変化は起きた。朝一緒に遊ぶゲームで、本気でやってもこどもに負けるようになってきた。こどももいつまでもこどもではないのだ。
同じゲームを遊びながら
「このキャラヤバい!」
「この技でずぅっとカモれる!」
「崖外でコマ当てた時のベクトルヤバすぎでしょ」
なんて会話をしながら本気で遊ぶ。
楽しい。
「また夜遊ぼう」と言って俺は家を出た。
通勤電車の中でもまだ楽しさの余韻が残っている。
頭の中でこどもの得意技をイメージする。
ギリギリ攻撃の当たらない位置から俺の攻撃を刺しこむ。
でもこれは距離調整がシビアだ。毎回はできない。
相打ち狙いで技を置くのは……相手の方が状況よくなっちゃうか。
じゃあジャンプの下に走りこんで裏に回ってから対処するか……
頭の中で作戦を立てる。
家に帰ったら試そう。新しい動きを見せられると思う。こどもがそれに対処してきたらまた対策を考えよう。
大学の頃はこんなことばかり考えていた。
学校を終えて家に帰れば親友や他の友人が居て。
なんなら学校にも行かず、一日中遊んでる時もあって。
コンビニでバイトしてる奴が廃棄弁当持ってきて、それをガツガツ食ったり。
二週間くらい帰らない奴が居たり。
ゲーム屋で金を出し合って見たこともないゲームを買って、あえてそれで競い合ったり。
あれは楽しかった。何にも持っていない気がして焦りばかりあったけど、あれは確かに俺の青春だった。
いい大学に行け、とは俺はやはり思えない。
でも、大学に行って、一人でヒマな生活をして、同じようにヒマな奴らと過ごさせてやりたいとは思う。
ってことはあれか。それを満たす最低限だと、大検でいいのか。俺は大検の資料を取り寄せることにした。
唐突に頭の霧が晴れてくる。
中学、高校でダメだった場合、学校はやめてもいいや。その場合大検を受けて大学へ。
大学は卒業しないと就職のアテがないので卒業は必須とする。とはいえ、就職のアテを付けたら退学でもいいか。再転職を考えると何かしら人に説明できる経歴があった方がいいだろうが……まぁそこはこどもが決めることか。
そうなったら俺は話を聞こう。
目下の中学受験は……「学歴差別」のむごさと無意味さを説明した上で、腕試しとしてテストを受けるくらいにするか。
常識を理解しないままでいると、陰謀論や宗教、地球平面説のようなアホな理屈にさえ騙されるようになってしまうし、中学受験の勉強はその点で役に立つだろう。
あとは大学でダラダラすることの楽しさを共有できればいいが……。
家に帰った俺はこどもと遊びながら話す。
「前、友だちと集まって遊んだやつな。あの時、大学の頃を思い出したよ」
「大学の頃?」
「ヒマな大学生は、家に集まってずっと遊んだりするんだ。帰らなくて、他人の家に住み着いちまうやつまでいる」
俺はたいしたことのないヤツの、たいしたことない思い出話をする。こどもは目を輝かせて聞いてくる。
俺は話す。
俺は好きだった漫画を読ませる。
俺は一緒に遊ぶ。
こどもはいつだって必死で遊ぶ。
俺はそれに応える。
遊び終えてこどもを寝かしつける。いつもと変わらず遊んだだけなのに、その日は何か違った。遊んだだけで救われたような気持ちになっていることに俺は戸惑う。こどもがどんな時も、いつ遊べるかどれだけ遊べるかだけを訊ねてきていたことを思い出し、胸が締め付けられる。
寝相を直し、布団をかけ直して寝顔を見る。
「俺を救ってくれてありがとうな」
と小さく声をかける。こどもは眠っていて返事はない。髪を撫でる。俺にも眠気が訪れる。
不意に「それより俺と対戦しろ」と言っていた元親友の声を思い出す。
背筋が冷たくなり、罪悪感が俺を襲う。
ああそうか。あいつも同じだったか。すまなかったなと思う。
でも俺にはあいつと渡り合い続けることは不可能だったよとか、そんな言い訳も頭に浮かぶが、それは無意味なものだということは俺が一番わかってる。
スマホを取り出し、登録された名前と番号を見る。
俺は迷ってばかりだよ。一貫した主張、一貫した行動なんて望むべくもない。
今度は間違えてないかな。
自信はない。不安と迷いは消えないままだ。
これは消えない不安で、消えない迷いなんだと思うと少し安心できた。
俺は何もわかってない。
わかってないなら、やることは一つだ。
深呼吸をすると、俺は通話ボタンを押した。
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