第34話 誘拐
ザーン家の邸宅は、王都の中心東側。
つまり、城の東側にある。
「さて……」
暗殺者が俺達を襲撃した夜、エブスは城にいた。
だがそれは、ベニイモ達が生き残った場合の事を考えての行動だろうと思われる。
普段は自分の
今から俺がするのは、ザーン家への侵入。
及び誘拐だ。
そのターゲットは、エブスとこの家の当主――今は屋敷に居ると情報を貰っている――ゲブス・ザーンである。
エブスは勿論の事だが、奴がやりたい放題やれているのは、他でもない当主がそれを許しているからだ。
ゼッツさんからの評判もクッソ悪かったし、こいつが息子のやっている事を後押ししているのは疑いようもない。
「行くか」
イモ兄妹も付いてくると言っていたが、彼らは置いて来た。
潜入するのは俺一人だけだ。
アイツら用の装備なんてないからな。
――俺は城に侵入した時と同じ、それ用のフル装備。
周囲に人影が無いかを確認してから、鉄球で魔法の結界に穴を開ける。
そしてその穴を通って塀を乗り越え、俺は音もなく邸宅の敷地内へと侵入した。
「……」
物陰に身を潜め、周囲の状況を確認。
巡回兵はいるが、数は多くない。
見た感じ、結界の方も一部だけだ。
……楽勝だな。
この国で最も警備の厚い城に容易く入り込めている以上、大貴族の邸宅と言えども俺にとって障害足りえない。
っと、いかんいかん。
気の緩みは碌な結果を招かないと、古今東西決まっている。
簡単そうでも気を引き締めて行こう。
万一失敗すると、結構シャレにならない事になるからな。
「見つけた」
天井に張り付いたりして巡回をやり過ごしつつ、一番大きな建物に忍び込む。
そこの2階の一室に、エブスが寝ているのを透視で発見する。
見張りは立っていなかったので、音を立てず滑り込む様に俺は部屋の中へと入った。
……自分がこれからどうなるかも知らずに、ぐーすか寝てやがる。
やりたい放題やっておいて、いい気なものである。
俺は気配を殺して奴のベッドの脇に立ち、無言でその拳を腹部に叩き込んでやった。
「が……ぁ……」
エブスは両眼をカッと開き、小さくうめいてから動かなくなる。
まあ暫くは目を覚まさないと思うが、俺は動けない様に手足を縛り、
そして一旦中庭に出て、茂みの影に奴を隠しておく。
この場所ならまず見つかる事はないだろう。
さて……次は当主の番だな。
場所はもう見当がついている。
一部屋だけ見張りの兵士が立っていた場所だ。
流石にそいつらをスルーして中に入るのは不可能なので、サクッと倒させて貰う。
見張りに気付かれない様、死角となる曲がり角で俺はブレイブオーラを発動させる。
確実を期すために。
音も立てず、一瞬で倒さないとならないからな。
「「――っ!?」」
角から飛び出した俺は、シャドーダッシュで一気に突っ込んだ。
流石に距離があるので気付かれてしまうが、相手が声を上げるより早く二人の首元を素早く掴んで黙らせてやる。
「ぐぅ……」
「がぁ……」
そのまま頭突きを入れると、見張りの兵達は白目をむいて気絶した。
さっさと殴り倒さずこんな回りくどい真似をしたのは、倒れる際の鎧の音を気にしての事だ。
俺は意識を失った兵士達をゆっくりと床に寝かせる。
……よし、バレてないな。
部屋の内部を透視で確認したが、中の二人が起きた様子はない。
ゆっくりと扉を開け、中へと入る。
ベッドに寝ているのは太っただらしない体の男――ゲブス・ザーンと、恐らく愛妾だ。
夫人にしては年が若すぎるからな。
「ゲ……ェ……」
俺はエブスの時と同じ様に、拳を腹部に叩き込んでゲブスを気絶させる。
その際ベッドが大きく軋んだが、特に隣の女が起きる様子はなかった。
俺はその太り切った体を無造作に担ぎ上げる。
縛り上げるのはまあ良いだろう。
横に女がいたのではやりにくいし、エブスの様に外に放り出しておく訳じゃないからな。
……おっと、忘れる所だった。
ゲブスを担いで部屋を出ようとして、大事な事を思い出す。
一旦おっさんを床に置いて、壁に紙を張り付けた。
それには――
『悪にはそれにふさわしい罰を』
――と書いておいた。
同じような事したら、そいつもぶち殺すよ。
的な警告だ。
当主が消えてその寝室にこんな物が張ってあったら、次の当主になる奴は戦々恐々だろう。
次は我が身って奴だからな。
……さて、用も済んだしさっさと連れて行くか。
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