第35話 尋問

俺はゲブスを担ぎ、建物から出る。

そして庭で転がっているエブスを父親の上に重ねる様に持ち、邸宅を後にした。

目的地は王都の東の外れにある、ちょっとした廃屋だ。


俺は人気を避けつつ、二人を担いでそこへと向かう。

途中、誰かが追って来る様な気配は特に感じなかった。

追跡などはない様だ。


「さて……」


廃屋に入って俺が最初にした事、それは工房スキルを発動させる事だ。

こうしておけば、他人が勝手に中に入る事は出来なくなる。

作りも超頑丈なので、壊される心配もない。


……ま、万一の事を考えて念のためだ。


それと、このスキルで生み出した工房は完全防音になっている。

本来の用途である金属を叩く音が、駄々洩れにないようにするための配慮機能だ。

鍛冶はかなり五月蠅いからな。


まあつまり、例えエブス達が叫んだとしても外に音が漏れる心配はないという事だ。


「さて……じゃ、尋問といこうか」


勿論尋ねるのは王女暗殺と、宿屋の人間を殺した事についてだ。

俺はエブス達の轡を外し、水桶から汲んだ水を転がっている二人の顔にかけて起こす。


「ぶわっぷ!?」


「げばぁ!なんだ!?」


「おはようさん」


目覚めた二人に、俺は声色を変えて話しかけた。


「何だきさ――グゥっ……」


「くぅ……」


エブス達は起き上って叫ぼうとするが、直ぐにその顔を苦悶に歪め止まる。

腹をぶん殴って気絶させてるからな、そりゃ急に動こうとしたらそうなるわ。


「慌てて動かない方がいいぜ」


「貴様……俺が誰だと思っている?こんな事をして、ただで済むと思っているのか……」


エブスが憎々し気に此方を睨みつけて来る。

俺が誰だかは分からない様だ。


まあ口元を布で覆って隠してる上に、陽炎も発動させてるからな。

その上声色も変えているのだから、分からなくて当然だ。


尤も、少し話しただけの平民の顔なんて、端から覚えていない可能性も十分あり得るが。


「ワシは……ワシはザーン家の当主、ゲブス・ザーンだぞ!分っているのか!!」


「はぁ……」


余りの状況判断能力の低さに、俺は大きく溜息をついた。

分かってない訳ないだろうに。


「お前らの屋敷の寝室から、俺は態々ここに連れて来たんだぞ?誰か知らない訳ないだろ?」


「なっ……」


俺の言葉に、ザーン親子が絶句する。

彼らは最も安全と思われる邸宅で眠っていたのだ。

そして俺は、その状態の二人を攫って来ている。


流石にその意味が分からない程、この二人も馬鹿ではないだろう。


「な、なにが目的だ!?金か!?金ならある!いくらでもやるぞ!!」


「何だったら家に仕官させてやる!お前は有能だから、超が付く程の好待遇で雇ってやるぞ!」


「そうだ!女も用意してやろう!極上の――」


ザーン親子が、助かりたくてギャーギャー喚く。

このままだと真面に質問する事も出来ない。


「はぁ……」


こいつらはここで死ぬ。

無駄に苦しめる程、俺も悪趣味ではなかった。

だが黙らせるためには仕方がない。


俺はエブスの指を一本掴み、それをへし折る。


「ぎゃぁぁっ!?」


奴は悲鳴を上げ、折れた部分を押さえてその場で蹲る。

やはり気持ちのいい行為ではない。

だが、明確な成果は出た。

先程まで喚いていたゲブスが顔を青くし、完全に黙り込んだ。


「お前達には質問がある。それに答えろ。無視したり喚けば、その度に指を折る」


「くぅぅ……」


「ひぃぃぃぃ……」


エブスは苦悶の表情で俺を睨みつけ、ゲブスの方は恐怖のあまりか失禁してしまった。

まあ本人からすれば死の瀬戸際だからな、それを無様だと笑う気はない。


「お前達は王女暗殺に関わっているな。知っている事を全て話せ」


「知らん……俺は関わっていない」


「ワシは何も知らん!そんな恐れ多い真似!出来る訳が無かろう!!」


ゲブスは嘘をついていない。

どうやら本当に、父親の方は王女暗殺に関わっていない様だ。


だがエブスは違う。

関わっていないと言うのは本当だが、知らないと言うのは嘘だった。

まあ城内のやり取りでそれは分かっていた事だが。


俺はエブスの指を取り、そのまま黙ってへし折る


「がぁぁぁ……」


「嘘はつくなと言ったはずだ。俺に嘘は通じない」


「ぐ……だ、第二王子だ!第二王子の仕業だ!」


今度は嘘を言っていない。


「証拠は?」


「ない……ないが、いずれ始末するとおっしゃっていた!だから!!」


今度も嘘は言っていない。


とは言え、発言だけじゃな……


この国――ドラクーン王国の現王には6人の子供がいる。

レアンはその6番目の子供で、しかも女子だ。

王位継承権は他の王子達は元より、傍系に当たる公爵より低い。


――本来ならば、だが。


ドラクーン王国はその成り立ちが神龍との混血によって得た力にあるためか、その血を最も尊んでいた。

そのため、力の一部である夢見を発現させたレアン王女は、その能力が確認された時点で王位継承権第一になってしまっている。


当然他の王位継承権を持つ者達にとってそれは面白くない事で、彼女の命を狙っている兄弟は多いとゼッツさんも言っていた。

なので第二王子の線は、確かにあり得る話ではある。


が、流石にイキリともとれる程度の発言で、イコール第二王子を犯人と決めつけるのは早計だ。


まあ一応、ゼッツさんには報告するけど……


「嘘ではない様だな。では、質問を変える。ベニイモとタロイモの暗殺の際、何故宿の人間を殺した?お前の手下ではなかったのか?」


これは重要な事だ。

俺からすれば、エブスを始末する最大の理由となっている。


もし殺されたのが奴の息のかかった人間だったなら、痛い目に合わせるだけで済ませるつもりでいた。

だからこそ俺は態々顔を隠し、陽炎を使用したままなのだ。


……まあでも、ないとは思うが。


「お、おまえ……あの二人の知り合いなのか?」


「指をもう一本へし折られたいのか?良いから聞かれた事に答えろ」


「わ、わかった!答える!宿の人間は手下じゃない!」


やはり宿の人間は、エブスとは何の関係もない人間だったか。

部屋が空いていたのは、こいつが金を出して周囲を借り切っていたせいだろう。


「殺したのは奴らが勝手に――ま、まてっ!」


嘘を吐いたので指を折ろうとすると、奴は血相を変える。


「騒がれたら面倒なのと……失敗した時に、その濡れ衣をあの兄妹に着せる為殺す様命じたんだ」


「罪もない人間を、自分勝手な理由で殺したという訳か」


「お、俺はザーン家の人間だ。その汚名を濯ぐのは当然の事だ!全部ベニイモが悪い!俺のせいじゃない!」


俺の声に怒気が混ざった事に気付いたのか、エブスが慌てて言い訳をしだす。

それも聞くに堪えない、自分勝手でとても理由として成立しえない言い訳を。

本当にどうしようもない男だ。


まあこいつに聞きたい事はもう特にはない。

次は父親であるゲブスへと質問を投げかけた。


「お前は息子がしている事を把握していたのか?」


「し、知らん!息子が勝手にやった事など、わしは何も知らん!だから助けてくれ!!」


「嘘を吐いたらどうなるか、見ていなかったのか?」


勿論今の発言は嘘だ。

俺が近づくと、ゲブスは逃げ様とするが――こっちは縛っていないので――素早く捕まえその太い指をへし折ってやる。


「ひぎゃああぁぁぁぁぁ!!」


エブスは何だかんだで痛みを堪えようとしていたが、父親の方はみっともなく喚き

散らす。

だが俺は気にせず、質問を投げかけた。


「あんたは息子がやりたい放題やっているのを知っていて、それをいあさめなかった?そうだな」


「ぐうぅぅぅ……ザ、ザーン家は王国屈指の家門。この国に多大な貢献をしている。少しぐらい好き放題やって……何が悪い」


「関係ない人間を自分の都合で何人も殺す事が、少し……ね」


「へ、平民なぞいくらでもいるんだ。高貴な人間の為に少しぐらい減った所で、この国には何の影響もない」


この親にして、この子ありである。

まさに似た者親子だ。


しかしあれだな……質問の内容から、俺がその返事で腹を立てるとは考えないのだろうか?


まあ本気で平民の事をゴミと考えている様だから、そう言った考え自体浮かんでこないのだろう。

きっと『ゴミを踏みにじったからなんだ?』と言う感覚に違いない。


「だ、だがわしは違う。この国に、わしは必要不可欠――」


「ふざけるなよ……」


余りにも聞くに堪えない主張に辟易し、俺はその首に手をまわし問答無用でへし折った。


こんな屑みたいな奴がのうのうと生きて。

ソアラみたいないい子が死んでしまった理不尽に、無性に腹が立って仕方がない。


――世の中は理不尽だ。


「ち、父上!?」


「お前も同じところに行け」


「は、はな――ぐぇあっ!?」


続いてエブスの首もおる。

親子そろってろくでなしではあったが、やはり人を殺すのは気分のいい物ではない。


「まあとにかく……これでもう、ベニイモ達が狙われる心配は無いだろう」


他に恨みを買う――逆恨みも含めて――様な行動をしていなければ、の話ではあるが。

因みに取られた武器は回収していない。

アレをピンポイントで持って来ると、それだけで容疑者候補になりかねないからな。


「さて、片付けるか……」


腰の袋の封を開け、中から人が入るサイズのずた袋を二つ取り出す。

それにザーン親子の死体を入れてから、腰の袋に収納する。

これも俺が作ったアイテムで、オプションとして内部の物を凍らせる効果があった。


――途中で腐られても困るからな。


確率的には低いだろうが、死体から足がつかないとも限らない。

だから念のため、遺体はこれから向かう予定のダンジョン深部で廃棄するつもりだ。

そうすれば見つかる事はまずないだろう。


全て終えた俺は工房を回収し、ベニイモ達がいる宿へと向かう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る