第32話 不要
「師匠、すいません」
「すまない」
「ん?どうした?」
夜が明け、解放されたベニイモ達と再会すると何故か二人が急に謝って来た。
別に謝られる様な事などないと思うのだが?
「師匠から貰った剣を、奪われてしまいました」
「奪われた?」
謝罪の理由に俺は顔を顰める。
正直、言っている意味が分からない。
「危険人物に武器は返せないと、エブスの奴に……」
「ああ、容疑が完全に晴れるまではって事か」
ゼッツさんの計らいで釈放自体はされても、容疑者としてまだチェックされてる状態では武器は返せないという事だろう。
証拠の意味合いもあるだろうし、まあそれは分かる。
一般的に考えれば当たり前の事だからな。
但し……容疑を吹っ掛けたのが捜査側だと考えると、完全にふざけんなって話ではあるが。
「まあ気にすんな。そのうち帰って来るだろ」
「エブスは師匠から貰った剣の力に気付いていた」
「多分、私達の容疑をずっとかけたままにして剣を自分の物にするはずです。だからもう剣は帰って来ないかと……すいません師匠」
「すまない。ザーン家は名門で、私の権限では彼らを釈放するのが限界だったんだ」
ゼッツさんが申し訳なさそうに謝って来る。
「ああ、まあ気にしないでください。あれ位ならまたいつでも作れるんで」
正直、損失としては軽微な物だ。
何より、ベニイモ達やゼッツさんのせいじゃないからな。
謝られても困る。
「所でゼッツさん。殺された宿の人達って、エブスに関わってる人間なんですか?」
エブスって奴にはやりたい放題やられている。
これから先もちょっかいをかけて来る事を考えると、当然放置するわけにはいかない。
何らかのケジメを付ける必要があるだろう。
その上で、俺は判断に必要な情報をゼッツさんに尋ねた。
「詳しく調べてみないと分からないが、恐らくは違うだろう」
「そうですか……」
つまり、巻き込まれて殺されただけの可能性が高いと言う事か。
ターゲットとしてイモ兄妹を殺そうとしたのも許せないが、関係ない人間を巻き込んで殺すなんてのは言語道断だ。
――ソアラはこの国を守るために、魔王と戦って死んでいる。
世界中が聖人君子だらけの世界であるべきだなんて、流石に俺も考えてはいない。
だが彼女の守ろうとした世界に、権力を笠に着てやりたい放題やる様な屑はいらない。
「ゼッツさん。エブス・ザーンの事を教えて貰えませんか?どういう家なのかも含めて」
「……それを聞いて、どうするつもりだ?」
「俺達のせいで関係ない人が巻き込まれたんだとしたら、放っては置けませんから」
流石に具体的な説明はしない。
が、まあ意図はだいたい分かるだろう。
「私に任せてくれる訳にはいかないか?」
「仮に俺達の暗殺を主導したと証明できたとして、エブスは極刑になるんですか?」
「それは難しいだろうな。ザーン家が横やりを入れて来るのは目に見えている。良くて現在の騎士としての要職を廃され、謹慎処分といった所だ」
「軽いですね」
「それは分かる。だが、出来れば私に任せて欲しい」
奴のやった事を考えると、話にならない沙汰である。
それでもゼッツさんが自分に任せろと言ったのは、俺が無駄なリスクを背負わないようにするためだと思う。
けど、巻き込まれて死んでしまった人達の事を考えると、それは余りにも理不尽過ぎる妥協だ。
飲み込む訳にはいかない。
まあそもそも、それ以前に――
「ゼッツさんはエブスの犯行だって、証明できますか?」
別にゼッツさんの手腕を疑っている訳ではない。
問題は、同時期に王女暗殺未遂が起こったという事だ。
調査は確実に其方が優先されるだろう。
相手が用意周到に準備している事を考えると、王女暗殺の件がー段落してから調査を始めたのでは、証拠なんて微塵も残っていないはず。
「全力を尽くす事は約束する」
重要なのは、出来るのか、出来ないのか、だ。
事が事だけに、ただ全力を尽くすだけでは意味がない。
本人もそれは分かっているだろう。
……真面目な人だな。
俺を説得するなら、嘘でも確約した方がいいに決まってる。
だがそれをしないのは。
出来ないのは、ゼッツさんが糞が付く程真面目な人間である証拠だ。
親衛隊なんて立場の高いこの人が、態々村に自分の足でソアラの訃報を届けに来たのも、その真っすぐな性格ゆえだろう。
「ゼッツさん。宿屋の人達は俺達に巻き込まれて死んでいます。それにこれから先も俺達に何かして来る可能性を考えると、エブスって奴を放って置く訳にはいきません」
「君達への手出しは私が何としても……いや、そうだな。分かった。知っている事を全て話そう」
ゼッツさんは説得を諦め、溜息を吐く。
彼には悪いが、確実に重罪で牢にぶち込むレベルでなければ俺は妥協する気はなかった。
「師匠……エブスを始末するなら私達がします!」
「ベニイモの言う通りだ。今回の一件は、完全に俺達兄妹の不始末。だから俺達がこの手で……」
「お前達がやったら、それこそお尋ね者になっちまうだろ。俺に任せとけ」
やりたい放題やってる奴に対して、リスクを背負って正面切って成敗してやる謂れなどない。
こっちも手段を択ばずやらせて貰う。
何せこっちは、この国で最も堅固な城にすら容易く忍び込んでる訳だからな。
俺に侵入できない場所はないと言っていい。
それに超遠距離からの狙撃って手もある。
いくらでもやり様はあるさ。
「でも……」
「いいからいいから、お前らは心配すんな」
「すいません、師匠。私がエブスの奴に主席を譲っていれば、こんな事にならなかったのに……」
「ははは。そんなのあり得ないだろ?お前は勇者の弟子なんだから」
ベニイモは申し訳なさそうにするが、彼女が謝る必要など何もない。
全力で努力して、自分の実力で主席を勝ち取っているのだ。
それを脅されて相手に譲るなんて、それこそありえない話である。
悪に屈するなんて、勇者やその弟子のする行動じゃないからな。
「こう言っちゃなんだが、王女暗殺を未然に防げたのはお前らのお陰とも言える。まあ怪我の功名って奴だ」
まあこれは嘘だが。
そもそも最初っから俺が来ない運命だったなら、彼女は深夜の庭園に護衛もつけずに出ていなかっただろうからな。
まあベニイモ達の気持ちを軽くするための方便って奴さ。
「へ?王女暗殺って?」
「ああ、お前らはまだ聞いてなかったか?」
どうやら、まだゼッツさんからその話は聞かされていない様だ。
「暗殺されかかっていたレアン王女を、アドル君が救ってくれたんだ」
「窮地の王女様を救うなんて……流石師匠」
「偶然居合わせただけだし、その偶然が生まれたのもお前らのお陰だ。だから胸を張れ。お前達兄妹が正しい行動をしたから、望ましい結果が生まれた。そこに何も恥じる部分はない。そうだろ?」
「師匠……」
「あとは、この国からダニを掃除するだけだ。ゼッツさん。一度俺をエブスと会わせて貰えませんか?」
「それは構わないが……」
「その場では流石に何もしませんよ」
行動に移す前に、直接会って確認しておく事がある。
それは奴が本当に暗殺を企てた犯人なのか、だ。
イモ兄妹は確信しているし、ゼッツさんもその事に異議を唱えない事から、きっと同じ判断なのだろう。
それに武器も奪われている訳だし、怪しさだけで言ったら確かに100点満点だ。
だが万一って事もある。
全然関係ない人間を犯人と決めつけてしまわない様、俺は直接会って確かめるつもりだ。
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