第30話 プレゼント

さて……問題はここからどうするか、だ。


暗殺者共は返り討ちにしたが、第二波がやってこないとも限らない。

だから少女をこの場に置き去りにするという選択肢はなかった。


だからと言って、人の居る所まで連れて行く訳にもいかない。

何せ侵入者だからな。

俺は。


それに事は城内で起こった王女の暗殺劇だ。

内部の人間が企て、手引きしているのは間違いない。

だから迂闊な相手に彼女の保護を頼めば、逆に危険に晒す事になってしまう。


「ふむ……えーっと、君はゼッツさんって騎士さんを知ってるかい?」


色々と考えた結果、彼女をゼッツさんに預けるのが一番いいと俺は結論付けた。

流石にあの人が、王女暗殺に噛んでいるって事はないだろう。


こっちの要件を伝え、更に王女の安全も確保。

まさに一石二鳥の案だ。


これで彼女がゼッツさんの居場所を知ってれば、万々歳なんだが。

親衛隊だから顔見知りではあるとは思うが、流石にそれは望み過ぎか。


「はい。知ってます」


「居場所とかって分かるかい?」


「あの建物です」


彼女は北東にある大きな建物を指さした。

どうやらそこにゼッツさんがいる様だ。


「じゃあ今からゼッツさんの所に君を連れて行くけど、静かについて来てくれるかい?」


「はい」


王女は俺の言葉に静かに頷く。


にしてもこの子……随分落ち着いてるな?


周囲には暗殺者の死体がいくつも転がっている。

普通ならパニックに陥ったり、悲鳴を上げたりしてもおかしくないのだが、彼女にはそう言った様子が一切ない。


ひょっとして、こういう事になれているんだろうか?


だとしたら嫌すぎるな。

暗殺なんて、小さな子が慣れるぐらいしていい経験では絶対ない。


「じゃあ、ちょっと急ぐから抱えるよ」


彼女が頷いたので、俺は片腕でその小さな体を小脇に抱えあげた。

そしてそのまま気配を殺しつつ、建物へと向かう。

暗殺者達の死体をそのままにして。


「――がっ!?」


「ぐぅ……」


建物入り口には見張りが二人立っていた。

俺だけなら素早く中に入り込む事も可能だったが、流石に王女を抱えたままでは難しい。

ので、王女様を近くの物陰に置いて高速で近づき気絶させる。


余り力押しはしたくなかったのだが、まあこの際しょうがないだろう。


「こっちです」


迎えに戻るまでもなく、少女の方から此方へとやって来て自分から建物の中に入っていく。

協力的なのは非常に助かる。

やっぱ命を救ったのが大きかった様だ。


中は特に警備がいなかった。

少女の案内で、俺は奥の方の部屋へと連れて来られる。

中を透視で確認すると、机に向かって書類整理しているゼッツさんの姿が見えた。


もう真夜中だってのに……どうやら親衛隊も相当ブラックな職場の様だ。


鍵が締まっている様なので、俺は扉をノックする


「誰だ」


「私です」


「……まさか!?レアン王女様ですか!?」


ゼッツさんの問いに、俺の代わりに王女――レアンが答えた。

それだけで相手が誰か気づく当たり、そこそこ親しい間柄の様だ。


「王女様!?こんな夜分に――っ!貴様何者だ」


ゼッツさんが俺に気付き、腰の剣を引き抜いて此方につき付ける。


「貴様何者だ!?王女様に何をした!答えろ!!」


何者だって?

ひょっとして、俺の顔を覚えてないのか――あっ!


そこで気づく。

陽炎のスキルを発動させている事に。


このスキルは視認を阻害する効果がある。

そのせいでゼッツさんには、此方の顔が確認できていないのだ。


俺は慌ててスキルを切る。


「俺です」


「君は!?アドル君か!」


「ゼッツさん。中に入れて貰ってもいいですか?」


ゼッツさんが大声を出したため、周囲の部屋から物音がしだす。

このままここに居ると、他の人間に見つかってしまうだろう。

それは余り宜しくない。


「分かった。入り給え。王女様もどうぞ」


俺は素早く彼の部屋に入る。

中はベッドと机、それに棚があるだけのシンプルな部屋だった。

彼の人となりが良く出ている感じだ。


「それで?どうして君がここにいて、こんな夜中に王女様と一緒に行動しているんだ?」


「えーっと、そうですね。まずは俺がここに居る理由ですが――」


何故城に居るのか。

どうして王女様と一緒に行動していたのかを、搔い摘んでゼッツさんに説明する。


「暗殺だと!王女様!お怪我はありませんか!?」


「大丈夫。王子様が助けてくれたから」


「王子様?」


彼女の答えに、ゼッツさんが眉根を顰めてこっちに視線を寄越す。

正直、俺を見られても困るんだが。


「まあ、彼女を守ってあげたんで。そう言うお年頃なんでしょう」


夢見がちなお年頃。

それ以外言いようがない。


「む……そうか。そうだな」


ゼッツさんも納得してくれた様だ。


「それで、その暗殺者達の遺体はどこに?」


「庭園の辺りです」


「分かった。至急確認して来るから、アドル君は王女様と一緒にここで待っていてくれ。その間にもし不審な人物達がこの部屋に現れたら、新手とみなしてくれていい。何かあっても責任は私がとる」


責任を取る……か。


敵か味方か分からず戸惑う位なら、斬れって事だろうな。

彼にとってレアン王女の安全は、犠牲を出す事になっても最優すべき事項の様だ。

まあ親衛隊だしその辺りは当然か。


「分かりました」


「頼んだ」


ゼッツさんが部屋を飛び出す。

廊下からは、大声で招集をかける彼の声が聞こえた。

宿舎の人間を招集して現場に向かう様だ。


「王子様。これを」


「ん?」


レアン王女が何処から取り出したのか、赤い石の塊を両手で俺に差し出して来た。


「この石は……」


ただの石ではない。

それが一目でわかる程、その石からは神々しいオーラが感じられた。


――この子、こんな物どうやって隠し持ってたんだ?


目の前に差し出されるまで、全く気づけなかった。


「神龍石です」


「神龍石?」


かなり大仰な名前だが、聞いた事のない名だ。


「夢で見ました。いずれ神様になる王子様に、必要な物です。だから、これを……」


夢で見たって……それに神?

少々変わった子だとは思っていたが、これが不思議ちゃんという奴だろうか?


「いや、でもそれって凄く高価な物だよね?」


正直、本当に貰えるなら貰いたい所ではあった。

手に取って確認しないと絶対の断言はできないが、恐らく、触媒としては超が付く程の最高級品となるだろうと俺の勘が言っている。


「これは王家の至宝です」


「至宝!?」


急に至宝とか言われても、本来なら子供の戯言と片付ける所だ。

だが彼女の手にしている石を見ていると、成程と納得せざるを得ない。

それ程の価値が、その石から感じられるからだ。


「ですが、世界の命運には代えられません。これを渡すために、私はあそこで待っていました。どうか……これを受け取って世界を救ってください。王子様」


そう言って真っすぐに俺を見据えるレアン王女の瞳は、真剣そのものだった。

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