第18話 白馬の王子様
ドラゴンは魔物の中で、悪魔系と並んでトップの強さを誇る種族だ。
特に1000年以上の長き時間を生きるエンシェントドラゴンは、桁違いの強さを持っていると言われている。
勿論、今から私達が相手にしようとしているのはそんな大物ではない。
だがそれでも、今の私達の力では倒せるかどうかは厳しい相手となっている。
「ぐおおおぉぉぉぉ!!」
目測による体長は20メートル程。
4足歩行で真っ青な結晶の様な皮膚を持つその氷属性のドラゴンは、魔物であるにもかかわらず、幻想的なの美しさを感じさせる。
「ベニイモ!俺の後ろに!」
「分かったわ!」
アイスドラゴンがその巨大な顎を開けたかと思うと、強烈なブレスを吐きかけて来た。
事前に対策装備を身に付けて来てたとは言え、直撃を喰らえばそれだけで終わりかねない程の凍てつく冷気。
頭上から降り注ぐそれを避けるため、私は巨大な盾を構える兄の後ろに素早く張り付いた。
――私達兄妹は、既に最上級クラスに覚醒している。
兄であるタロイモは、高い耐久力を持つ守護騎士に。
そして私はフィジカルとパワーに優れた、戦士系攻撃職の武王に。
守護騎士となった兄の耐久力は凄まじく。
アイスドラゴンの氷のブレスを揺るぐ事なく、完璧に受けきってしまう。
頼もしい限りだ。
――だが油断は禁物である。
私達兄妹のレベルはまだ65。
取れているスキルは、お互い最上級のクラスマスタリーが途中まで。
そのため、武王の売りである必殺の攻撃スキルも、守護騎士の超防御スキルも取れていない状態だ。
もしスキルが――特に私の方が――とれていれば、きっとこの戦いもぐっと楽になった事だろう。
まあ無い物ねだりではあるが。
「連携するぞ!」
「ええ!」
兄は相手の意識を引くタンクに専念し、私がダメージを稼ぐ形で連携して戦う。
これは万一ドラゴンと遭遇した事を想定し、事前に決めていた戦術だ。
「プロバヘイト!」
兄がスキルを放つ。
プロバヘイトは戦士の上位クラス、ヘヴィーナイトが習得できるスキルだ。
相手の意識や怒りを自身に向け、攻撃対象を固定する効果がある。
但し相手が冷静だったり精神の値が高いと、効きが悪かったり
「ぐおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
ドラゴンは全般的にステータスが高いと言われているが、テリトリーに入られた怒りで我を忘れているのだろう。
お陰でスキルの効果は抜群だ。
怒りの咆哮と共に、兄へと迷わず突っ込んで来る。
「俺が止めたら仕掛けろ!」
「わかったわ!」
ドラゴンの突進からの頭突き。
真面に喰らえばただでは済まないであろうその一撃に、接触の直前に兄がスキルを発動させる。
「オーラディフェンス!」
瞬間的に兄の体を、全身から噴き出したオーラが包み込む。
上位クラスであるヘヴィーナイトの持つ、30秒間全ての耐久力を倍加する強烈なスキルだ。
待機時間が長いため連発は利かないが、ここぞという所で力を発揮してくれる。
「ぬううぅぅぅぅぅぅ!!」
兄が手にした盾で竜の突進を受け止めようとする。
だがパワーまで上がる訳ではないので、当然止めきれない。
そこで兄は更なるスキルを発動させる。
「バッシュ!!」
これもヘヴィーナイトのスキル。
盾を使って相手を弾き飛ばす効果があり、威力は相手の重量と発動者の筋力で決まるという物だ。
盾が輝き、そのスキルはドラゴンを僅かにだがはじき返した。
流石に、ドラゴンの様な巨体を持つ相手を完全にはじき返す事は不可能である。
だが、重要なのは僅かでもはじき返した事だ。
「ぐうぅぅぅぅ!!」
思わぬ事態にドラゴンがたじろぐ。
私はその一瞬の隙を突く。
「今度は私の番だ!オーガパワー!」
オーガパワーは上級クラスであるウェポンマスターのスキルで、30秒間、筋力・器用さ・敏捷性に50%のボーナスが付く。
スキルを発動した瞬間全身に力が漲り、私は強く地面を蹴り跳躍した。
狙うはアイスドラゴンの瞳!
「パワースラッシュ!」
私が魔力を込めると、手にした大剣に炎が宿る。
これはゼッツさんが万一にと用意してくれた、炎の魔剣だ。
兄の盾も同じく特別仕様で出来ている。
その炎の剣に私の攻撃スキルが合わさり、ドラゴンの頭部右側を容易く切り裂く。
いける!
その確かな手応えに、私は確信する。
「ぐおおおおぉぉぉぉぉ!!」
「まだまだぁ!」
ドラゴンが頭を跳ね上げ、苦痛の雄叫びを上げる。
私はそのガラ空きの胸元に迷わず突っ込んだ。
相手の懐に飛び込むのはリスクが高い。
だが例え反撃が来ても、兄が壁になってそれを制してくれると私は信じている。
だから迷わない。
そしてその信頼通り、一緒に突っ込んで来た兄がドラゴンの前足による反撃を体で受け止めはじき返してくれる。
お陰で私は防御を捨て、手にした大剣を無心で斬り付ける事が出来た。
「はああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
斬って斬って斬りまくる。
鱗を斬り飛ばし、肉を抉る攻撃。
これを続ける事が出来たなら、アイスドラゴンをこのまま仕留める事も出来ただろう。
だがそれよりも早く、強化のタイムオーバーが訪れた。
私達兄妹は一旦攻撃の手を止め、アイスドラゴンから間合いを離す。
「ちっ……倒すまではいけなかったな」
「けど、これで十分よ」
確かに倒せてはいない。
だが十分なダメージは与えてやった。
きっとこの、ドラゴンは直ぐにも逃げ出すだろう。
――何故なら、ドラゴンは知能が高いからだ。
知能の高さは、判断力の高さに繋がる。
それゆえドラゴンは、自分が不利だと判断すれば迷わず逃亡すると言われていた。
ドラゴン討伐が強さ以上に難易度が高いと言われているのも、この性質の為だ。
「ぐおおおおおおおお!!!」
「なんだ!?逃げようとしないぞ」
「そんな!ダメージは十分過ぎるほど与えたはずよ!」
だがドラゴンは尻尾を巻く所か、怒りに燃えた咆哮を空へと響かせた。
そこに恐怖や不安と言った感情は微塵も含まれてはいない。
この様子だと、此処から更にダメージを与えても撤退は期待できないだろう。
「厄介だな」
「ええ」
一連の攻撃で与えられたダメージは、HPの6割程だろうと予想する。
瞬間強化はもうないが、やりあった感触から、残り4割を削り切る事自体はそこまで難しくないだろうとは思う。
だが問題は消耗だ。
このままやり合えば、相当疲労させられる事になる。
私達はここへ、ドラゴン退治にやってきた訳ではない。
目的はあくまでも、アドル師匠の発見と合流である。
だから、ドラゴン退治に性も根も尽き果てている場合ではないのだが。
……まあ仕方ないか。
相手が引かない以上、最後までやり合うしかない。
私はタロイモと共にドラゴンへと突撃――
「行くわよ!」
「ああ!!」
「「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」
「「!?」」
――しようとした瞬間、突如遠くから雄叫びが響いた。
それを聞いた瞬間、私の背筋に悪寒が走る。
何故なら、それは間違いなくドラゴンの雄叫びだったからだ。
「くそっ!こいつ仲間を呼びやがった!」
「まさか!?ドラゴンにそんな習性があるなんて聞いた事もないわよ!?」
ドラゴンと目があう。
その瞬間、奴の口元が歪む。
それはまるで此方をあざ笑うかの様な、そんな顔だった。
「やられたわね」
雄叫びが重なっていた事から、追加のドラゴンの数は2匹だと分かる。
目の前のドラゴンが逃げなかったのは、近くにそいつらがいたせいだ。
3対1で勝てるのなら、確かに逃げ出す必要はない。
「師匠と合流する筈が、こんな様じゃ……」
こんな雪山じゃ、何をどうしても逃げきれない。
どうやら、完全にやらかしてしまった様だ。
「ベニイモ……」
「アドル師匠……格好よく駆け付けてくれないかなぁ……」
思わずそんな都合のいい願いを口にしてしまい。
私は自嘲する。
師匠は、このアイスドラゴン達が暮らす極寒山脈にいる。
だがここは余りにも広すぎるのだ。
魔法やマジックアイテムによる広範囲探索ですら、そうそう簡単に探しだせはしない。
ましてや、偶然遭遇する可能性は限りなく0に等しい。
つまり――奇跡なんて物は起こらず、私達はここで死ぬって事だ。
愚か者は早死にする。
騎士学校で散々そう習ってきた。
まさか首席で卒業した私が、早々にそれを体現してしまうとは……
皮肉な物である。
「けど、このまま易々と死んでやるつもりはないわ!」
「ふ、よく言った。流石俺の妹だ」
幼い頃から、強くなるため努力し続けて来た。
どうせ死ぬなら、力の続く限り戦士として戦い抜いてやる。
兄もそのつもりの様だ。
やっぱ双子だけあって、気が合うわ。
「舐めたこいつに、私達兄妹の恐ろしさを叩き込んであげましょ」
「ああ、こいつだけは殺す」
増援のドラゴン達がやって来るまで、それ程時間はかからないだろう。
目の前の相手を倒しきるのすら至難だ。
だがそんなの関係ない。
最後まで戦い続けるのみ。
「行くわよ!兄さん!」
「おう!」
兄さんが受けて、私が斬り付ける。
最初の攻防程の精彩は私達にはなかった。
だがドラゴンもダメージを受けて動きが鈍っているので、全く問題ない。
ただ目の前の敵を倒す事のみに集中する。
そして――
「はぁ……はぁ……勝ったな」
「……そうね」
全てを出し尽くした私達は、雪の上に身を投げ出し達成感と共に息を整える。
倒すのにかかった時間は、多分体感で10分程だと思う。
4割の状態からここまで粘るのだから、ドラゴンの生命力とは本当に大したものだ。
え?ドラゴンの援軍?
ああ、それならもう来ないわ。
だって――
「よう、強くなったな」
首を動かすと、懐かしい師匠の顔がそこにはあった。
邪魔者は全て彼がかたずけてくれている。
それも音も気配もたてずに、ドラゴン二体を。
そのせいで私が師匠の存在に気付いたのは、アイスドラゴンを倒す直前だった。
全く、相変わらずとんでもない人だ。
「手伝ってくれても良かったんじゃないですか?」
「手伝ってたら、絶対お前ら怒ってただろ」
「へへ、正解です」
願った通り、まるで白馬の王子様の様に駆け付けてくれたアドル師匠。
だけど私はお姫様じゃない。
この人は私ではなく、ソアラ師匠の王子様だ。
それが分かっていても、私の胸の鼓動の高まりは収まってくれなかった。
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