第16話 卒業

「やあ、ベニイモ」


廊下を歩いていると、同期の生徒に声をかけられる。

エブス・ザーン。

高位貴族の子息で、常に取り巻きを連れている嫌な男だ。


「なに?」


「いやなに……辞退するならこれが最後のチャンスだと、忠告しに来てやったまでさ」


エブスの言う辞退と言うのは、主席卒業生にのみ送られる金獅子賞の事だ。


明日、私は騎士学校を卒業する。

主席卒業生として。

貴族である彼は、それが気にいらないのだ。


「御忠告痛みいるわ。でも不要よ。優れた物が、金獅子賞を受けるべきだもの」


「平民風情が!」


私の言葉に、エブスの取り巻きの一人が声を荒げる。

虎の威を借る、相手にする価値もない金魚の糞だ。


「いいのか?ザーン家は騎士団に大きな影響力を持ってる。せっかく賞を貰っても、閑職かんしょくに回す事ぐらい容易い事なんだがな?」


エブスが嫌らしく笑う。

従わないなら騎士としての出世を閉ざすと言ってきたが……正直、それはどうでもいい事だった。


確かに、真面に騎士としてやっていくならザーン家は敵に回すべきではないだろう。

だが、私は――


「くだらんな。俺達は騎士になるつもりはない」


「う……タロイモ……」


エブスが背後からの声に振り返る。

そのすぐ後ろには、ゴツイ体をした兄――タロイモが腕を組んで立っていた。

その厳つい顔と目つきで見下ろされて、エブスが怯む。


「ちょっと、先に言わないでよ」


バシンとエブスの馬鹿に叩きつけてやろうと思っていた言葉を、先に兄に取られてしまった。


「き……騎士にならないだと!?はっ!だったら何故騎士学校に来た!!」


「俺達にはやるべき事があるだけだ」


そう……私達にはやるべき事があった。


ソアラ師匠の訃報。


そしてその知らせを受けたアドル師匠は、その一月後に故郷の村を出ていってしまっている。


きっと、仇を討つつもりなんだと思う。

それも一人で。


「やるべき事だと?」


「私達の大事な人の手助けをする事よ」


それは騎士になる事よりも、ずっと大事な事だった。

アドル師匠を見つけ出し、共にソアラ師匠の仇を取る。

それが今の私達の目標だ。


「言っている意味が分からんな」


「貴方に分かって貰う必要は無いわ」


「ふんっ!生意気な女だ。だが、騎士にならないというのなら金獅子賞はいらないだろう」


「あげないわ」


最初は私もそう考えた。

騎士にならない以上、主席卒業の証などいらないと。


だが兄が言ったのだ、それは私が4年間頑張った証だと。

そしてそれを卑怯な人間に譲渡する事は、ともに切磋琢磨した同期生に対する侮辱にもなる、と。


そう言われ、私は自分を恥じた。


師匠達の事もあって気が逸り、周りが見えていなかったのだ。

それを兄が窘めてくれた事には感謝しかない。


「ぐ……ザーン家の顔に泥を塗る様な真似をして、後悔する事になるぞ」


「しない」


「しないわ」


兄と言葉が被る。

これから師匠と合流し、魔王を倒そうというのだ。

こんな小物の脅しに一々怯んんだりはしない。


「くっ!覚えていろ!」


捨て台詞を吐き捨て、エブスは取り巻き達を連れて去っていく。

覚えていろも何も、明日学校を卒業すればもう二度と顔を合わす事もない。


「明日には卒業ね。ゼッツさんが師匠を見つけてくれてると良いんだけど」


ゼッツさんは、ソアラ師匠の護衛をしていた人だ。

アドル師匠にその最後を伝えたのも、彼である。


――ゼッツさんはソアラ師匠の最後の言葉を伝えた事を、酷く後悔していた。


全てを伝えなければという使命から口にしたが、あの言葉を聞いたアドル師匠がどう感じるかなんて、考えるまでもない事だったと。

その事を気に止んだゼッツさんは、アドル師匠の探索に積極的に協力してくれていた。


正直、私達だけだったらどう探していいのかもわからなかったはず。

国の情報網を扱えるゼッツさんの協力は本当にありがたかった。


「ああ」


騎士になる夢を胸に、ここへとやって来た。

だが私達兄妹は、新たな目的を持ってここから巣立つ。


待っていてください、師匠。

私達も共に戦いますから。

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