第7話 ミスリルソード

祭り用に、村の広場には舞台の様な物が設置されている。

その中央には祭壇が据えられており、そこに特産物であるモーモや肉などが捧げられていた。


その前に司祭が立ち、豊穣を神に感謝する言葉を長々と暗唱している。


「お、終わったな」


父親がそう言うと、祈祷を終えた司祭が祭壇に一礼し、舞台から降りて来た。

代わりにひらひらした布を身に纏った女性達が舞台に上がり、流れる音楽に乗って神への感謝の舞を始める。


――クラスの中には、ダンサーなるクラスがあった。


それは市民からのみ覚醒出来る特殊クラスだ。

但しその確率は相当低いと聞いている。

なので、目の前で踊っている女性達は別にダンサーではないと思われる。


ダンサーが習得できるスキルは三つ。


一つは基礎能力を上げるダンスマスタリー。


最大Lv10・総取得SP20。

全ステータスがレベル×5パーセント上昇。

踊りに補正。


もう一つは味方を強化する力の舞。


最大Lv20・総取得SP60。

半径30メートル内の味方の筋力・器用さ・俊敏性にレベル×2パーセントの踊りによるバフをかける。

効果5分・消費気力100。


そして最後は分身スキルの双剣舞。


最大Lv20・総取得SP60。

分身を生み出して戦う。

効果時間は5秒+レベル×1秒。

消費気力100・ディレイ1時間。


スキル的にダンサーの特徴を一言で表すなら、味方の攻撃能力を大幅に強化出来る前衛って所だろうか。

全てのスキルの取得SPが高めなのは、レベルアップ時の取得SPが2と他のクラスより高めのせいだろう。


やがて神に捧げる舞が終わり、拍手が巻き起こった。

これで祭りの出し物は終わりだ。

所詮は小さな村の祝い事なので、サクッと終わってしまう。


横を見ると、胡坐をかいている父達がさっそく酒盛りを始めていた。

その目の前には、色々なおつまみが置いてある。

催事の前に先に買っておいた物だ。

用意のいい事である。


「アドル!さっきの所にいこ!」


ソアラが急に俺の手を引っ張った。

さっきのとは、催事が始まる前にチラッと見た武器を取り扱っていた露店の事だ。

俺は彼女の怪力でグイグイと無理やり引きづられ、その後を護衛の騎士さん達が付いて来る。


「アドル!楽しんで来い!」


もう酔っぱらっているのか、引っ張られていく俺に父が呑気に声をかけた。

これから見に行くのは武器だ。

一体何を楽しめと?


そもそも、何で祭りにそんな露店があるんだよと思わなくもないが、露店のおっさんに聞いた所、子供の訓練用なんかに結構売れたりするそうだ。


――農民が戦闘訓練してどうするんだよ。


そう言いたい所だが、一応この辺りにも魔物はいる。

かなり弱いそうだが、それでも何の訓練も受けていない人間だと相手をするのは危険な存在だ。

だから万一魔物と出くわしても良い様に、最低限の訓練をするのがこの村の常識となっていた。


「おう!戻ってきたか!この剣なんてどうだ!」


戻って来た俺達を見て、露店の親父が笑顔で手揉みする。

その理由に直ぐに気付く。

先程寄った時にはなかった意匠の凝らされている子供用の剣が、まるで手に取れと言わんばかりに品物のど真ん中に置いてあった。


「わぁ!かっこいい!」


ソアラがそれに食いつく。


この村で勇者が生まれた事は、行商人なら当然知っていて当たり前の知識である。

騎士を連れていたソアラがその勇者と睨んだおっさんは、高価な剣を売りつけようと用意していた様だ。


「抜いてみてくれていいぜ!」


「ほんと!」


ソアラが手に取り、鞘から刃を抜く。

それは銀色に輝く美しい刀身だった。


おいおいこれ、どう見ても――


「ミスリルの剣か。子供用では珍しいな」


騎士が魔法金属の名を口にする。

ミスリルは一流の剣士などが身に着ける、実用的な高級品だ。

それが子供用に加工されるなど、正に猫に小判と言えるだろう。


「へへ。有望な貴族の御子息様用にオーダーメイドで作られたりする事もありますが、こういうのは基本的に出回りませんからね」


俺達には威勢のいい感じのおっさんだったが、騎士に声をかけられると下っ端風に対応した。

分りやすい処世術である。


どうやら貴族のガキ用に作って売れ残った物を、この村の勇者に売れないか持ち込んだ様だ。

だが、おっさんは一つ大きな問題を見落としている。


俺はチラリと、台に置いてある剣の値札を見た。

うん、糞高い。

横の剣と比べると、丸が3つほど多かった。


この村は裕福だが、流石に貴族の様に子供にぽーんとミスリルの剣を買い与えられる程の金持ちはいない。

いくら娘が勇者だからと言って、ゴリアテさんもこれには簡単に手を出せないだろう。


「ソアラ様。その剣。気に入られましたか?」


「うん。でも高くて買えないよ」


テンションを上げて剣を手に取ったソアラだが、彼女も値段に気付いたのかしょんぼりする。

手渡された小遣いでは、どう足掻いても買えそうになかったからだ。

まあ小遣いと言っても、鉄製の剣なら軽く買えてしまう金額を俺とソアラは貰っているが。


「では、その剣は我等から贈らせていただきます」


「え!?いいの!?凄く高いよ!!」


騎士の一人が、ソアラに子供用のミスリルの剣をプレゼントするという。

太っ腹もいい所だ。

騎士ってそんなに給料がいいのだろうか?


「ソアラ様の訓練用の装具は、国の方から支給する決まりですので。これもその内です」


どうやらこの糞高いミスリルの剣は、経費で落ちる様だ。

まあ国は勇者に期待しているっぽいからな。

これ位の先行投資は、なんて事ないのだろう


「まいどあり!」


おっさんが満面の笑みを見せる。

ひょっとしたら、経費の事も込みで売りに来ていたのかもしれない。

商人恐るべしだ。


「ん?」


剣を受け取ってはしゃぐソアラ。

ふと視線を他所にやると、此方を睨みつける少年と目が合った。


年齢は俺達より2~3上に見える。

短い茶髪に、そばかすだらけの団子っ鼻の少年だ。

初めて見る顔で、誰かも分からない。


だが間違いなく、少年は此方を強く睨んでいた。


「アドル見て見て!」


ソアラが俺の前に回り込み、腰に当てた剣を見せつけて来る。

ミスリルの剣が余程嬉しいのだろう。


女の子が剣で喜ぶってのはどうかと思わなくもないが。

ま、ソアラだしな。


「ああ、似合ってるよ。流石勇者様だ」


正直、今の女の子らしい格好とはミスマッチに見える。

だが本人が喜んでいるのに、それに水を差す程俺は子供ではない。

適当に褒めておく。


……ふむ、どっかいったか。


ソアラの方に視線を取られているうちに、先ほどの子供は消えていた。

此方を睨みつけていたのが少し気になるが、まあ大した問題ではないだろう。


「でしょでしょ!」


俺に褒められたのが嬉しいのか、ソアラのテンションがさらに上がり、彼女はその場でぴょんぴょんと飛び跳ねだした。


お陰で、周りから「なんだなんだ」と言った感じの視線が集まってしょうがない。

勘弁して欲しいぜ全く。

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