魔王という存在がいる

菊理

魔王という存在がいる


この世界には魔王という存在と勇者という存在がいる。


この二人は、御伽噺の中ではなく現実の世界に確かに存在しているのだ。


そして今、今代の魔王が一人の配下の男に対して愚痴を溢していた。


「なぁ」


「どうしました 魔王様?」


配下がそう答える。


「我らはいつまで同族が人間たちに殺されるのを黙って見てないのいけないのだろな」


「それは……」


配下は魔王の言葉に対して言い淀む。


「別に答えなくても良い、我の独り言だとでも思って聞いてろ。

我は時々思うのだ、我が下した判断は正しかったのかとな。 

だが、たとえ過去に戻ったとしても変える気はないがな」


そう言いながら魔王は少し笑う。


魔王が下した判断は、たとえ勇者が現れ人間たちが攻撃してきてもやり返さないということであり、そのため魔王や配下たちの種族である魔族の人達は人間に襲われても逃げに徹するしかないのだ。


何故このようしなければならないのかというと魔王と勇者の成り立ちにある。

遠い昔の話ではあるが魔族と人族は共存して生きていた。

だが突如としてその暮らしは終わりを迎えた


それは何故か?


世界中で信仰されていた宗教が魔族を神の敵として倒さなければならないと世界中に広めたのだ、その時から神に選ばれた者として勇者という存在が生まれた。


その一方魔族側の魔王という存在は魔族の王として君臨する者のことをさしていた。


その時から魔族と人族は対立し始めたのだ。

そしてその戦いは長きにわたり今もなお続いている。


また人族と魔族の間にはある一つのことに対して認識の違いがある。

それは魔族と呼ばれている生物のことであり人族の間では、魔族は魔王が生まれると同時に作り出されていると伝わっている。


だから人族たちは魔族を同じ生き物だと思っていなく、たとえ無抵抗でも殺してしまうのだ。


だがこれは事実とは異なるのだ。

魔族も人族と同じように生活して生きているのだ、だからこそ魔族という種が生き残る為には人間に殺される訳にはいかないのだ。


歴代の魔王たちは、できる限り最大の戦力で人間たちと戦い、敗れてきた。


そうして何度も戦っていく内に魔族の人口がどんどん減ってきた、今の魔王の代ではもう魔族の人口は、ほぼいなく種の存続の危機に瀕していた。


だからこそ今代の魔王は、あのような判断を下して人口を減らさないようにしたのだ。


魔王と配下の間に沈黙が走る。


「なぁ、話は変わるがお前は人族との争いが終わり、世界が平和になったら何をしたい?」


魔王が口を開き配下の男に問う。


「そうですね……世界中どこでも行けるのだとしたら色々なところを旅してみたいと思っています」


「そうか」


「そうです。その中でも海という所を見てみたいと思っています」


「海か……」


「魔王様、ご存知なのでしょうか?」


「実際に見たことはないが伝聞で聞いたことがある。 辺り一面に水が広がっていて中には海にしか居ない魚がいるそうだ」


「そうなんですか……教えてくださり有難う御座います」


配下の男は魔王に対して礼を言う。


「……海か、我も一度は自分の目で見てみたかったものだ」


魔王は言葉を溢す


「 やはり考え直してください‼︎ 魔王様‼︎」


男が強めの口調で魔王に対し意見を言う。


「……」


「魔王様‼︎」


「もうよい、我は我が決めたことを覆す気はない」


「ですが‼︎」


「よいのだ、此度の争いで死ぬのは魔王たる我一人だけで十分なのだ。この争いで歴代の魔王のようにすれば魔族は絶滅するかもしれん、それを回避するために我一人の命だけで済むのなら安いものだ。

良いのか悪いのか人族は魔王が倒されれば魔族も同時に消滅すると教えられているらしい、だから次の代の魔王が出てくるまでは人族が攻めてくることはないだろう」


男は魔王の物言いに対して何も言えなかった。


「少し話し過ぎたな、もう戻っ……‼︎」


バンッッ‼︎


魔王が話しを終えようとしたところで部屋の扉が勢いよく開かれ、そこから魔王の配下の女が現れ魔王に向かい片膝をついて口を開いた。


「魔王様失礼致します。

 勇者が侵攻してきたとの情報が入りました」


「後どのくらいでやって来る?」


「後五日ほどでこの場所に辿り着くと思われます」


「……そうか、では皆を集めろ」


「「はっ!!」」


魔王の居る間に沢山の魔族が集合していた。


みなの者よく集まった。この場に集まってもらったのは他でもない、勇者が侵攻してきたからだ」


「「「「「‼︎」」」」」


魔王の言い放ったその一言で辺りに緊張が走る。


「これからみなに指示を出す。勇者はこれから五日ほどでやって来る。そうだな……後三日間でこの地を離れる準備をしろ。準備が終わったらすぐさまこの地を離れるのだ」


辺りに動揺が走る。

それもそのはず、一部の者を除いてこの話しは聞いていなかったのだから。



みな静まれ、これは王命だ。最優先事項として行動しろ。何か意見のある奴はいるか?」


魔王がそう問うと一人の男が手を上げた。


「魔王様、一つ質問が御座います」


「よい、話せ」


「失礼承知で申し上げます、我らは人族と戦い命を散らす覚悟もできております。なのに何故戦うなとおっしゃるのでしょうか?」


「はっきりというが、このまま勇者共と戦った場合ほぼ必ずと言って良いほどの確率で我らが負ける、最悪の場合は我ら魔族という種そのものが無くなる可能性だってあるのだ。故にこのまま戦えば悲惨なことにしかならん」


男の質問対して魔王が答えた。


「お言葉ですか魔王様、奴らはこの場所を放棄して逃げたとしても永遠に我らを追いかけて来るのではないでしょうか?」


「あぁ、そうだろうな」


「でしたら‼︎」


「故に我は此処に残る」


「「「「「‼︎」」」」」


魔王の言い放った発言にこの場にいるほぼ全ての人が驚いた。

その驚きを無視し魔王は続ける。


「我が倒されれば人族らはお前達を追って来なくなる。向こうでは、魔王が倒されれば魔族は消滅すると伝わっているからな」


先程の発言の衝撃から回復した配下の一人が問う

「魔王様、それは貴方様が死ぬということなのですよ‼︎」


「先程、彼奴にも言ったが我一人の命だけで済むのなら安いものだ」


この魔王の発言を最後に会議は終わり、この場には魔王と一人を除いて居なくなった誰一人いなくなった。


「お前はいかないのか?」


魔王はこの場に残った魔族に問う。


「最後に魔王様に挨拶をと思いまして。

魔王様、貴方に仕えたことは私にとって最大の喜びであり、名誉なことでした」


「魔王様、死にゆく貴方に最大の敬意を」


そう言ってその男はこの部屋を出て行こうとする。そこに魔王が一言。


「お前が海を直接見れるように祈っている」


「‼︎」


男は驚きながらもこの部屋を去っていった。




それから5日たち魔王を除く魔族はこの地より遠く離れた場所へ行った。


「もうすぐか」


魔王は一人呟く


「我はみなにどのように思われていたのだろうな。……まぁもう関係のないことか」


足音が鳴り響く


「来たか」


魔王のいる部屋の扉が開かれそこから勇者とその仲間たちがやってきた。


「勇者よ、待っていたぞ最初で最後の戦いを始めようか」


その日世界から魔王という存在が消えた。


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魔王という存在がいる 菊理 @kukurihime

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