クロガネの新しいヒミツ
ポピヨン村田
クロガネの新しいヒミツ
クロガネは、マモノとヒトとの間に生まれたバケオオカミである。
ヒトはクロガネのことをよく知らなかったので、最初はクロガネのことをマモノの眷属と呼んでいた。
だから、同時にとても不思議に思っていた。
マモノの仲間だと思っているクロガネが、ヒトを守るためにマモノに牙を向けていることが、どうしてかわからず不思議に思っていた。
だから私は、クロガネのヒミツについて教えてあげることにしたのだ。
かつて地上にはマモノが跋扈して、ヒトの生活圏を侵していた。
マモノは知性のない、ただただ破壊の限りを尽くすこと極めた、ヒトにとっては純然たる悪意の存在だ。
身の丈はヒトの男の倍はあり、知性がないくせに武器の類だけはやたら器用に使いこなす。
神に祈りを捧げて日々のささやかな糧を得ることで何とか生き延びるヒト風情がマモノに対抗する術はなく、我らの寄る辺は何故かヒトの味方をしてくれる、マモノでもないヒトでもない、バケオオカミのクロガネだけだった。
クロガネは強かった。
ただ単純に強いと言い表すしかできないくらい、圧倒的な強者であった。
鬼の牙より鋭い剣を振るうマモノの業をかいくぐって、その喉笛にかぶりつく。
炎を吹くマモノの臓腑を、食いちぎって投げ飛ばす。
徒党を組んで現れるマモノの群れの中に果敢に飛び込み、風のように駆け抜け一匹、また一匹とマモノを薙ぎ倒していく。
一騎当千の猛者であるマモノも、音を上げる程の強さだった。
いつしかマモノの脅威は鳴りを潜め、クロガネはヒトの前に姿を現さなくなり、ヒトは謎多きバケオオカミのヒミツを知ることのないまま、再び平和な日々への感謝を神に祈るようになった。
ただひとつ変わったのは、祭壇の上に黒銀の狼のシンボルが加わったことだけだった。
少年時代−−私の故郷である辺境の村に何の前触れもなく、しかし颯爽と現れマモノ共を追い払ったクロガネ。
血しぶきをあげて力強く戦うクロガネの、陽光の下で光り輝く毛並みの美しさは、今でも瞼の裏に焼きついている。
クロガネがヒトを助ける理由は至極単純で、それは冒頭で語ったようにクロガネがマモノとヒトの間に生まれたことに起因する。
マモノの父は生まれた子を愛さなかったが、ヒトの母は生まれた子を愛した。
自身の胎から生まれたバケオオカミを慈しんだヒトは、マモノの夫がひ弱な妻子を気まぐれで手にかける前に、マモノも忌避する毒の森に逃げ込んだ。
そして、誰の目にも触れられないまま大層我が子を愛でて育てた。
クロガネがマモノを憎みヒトを愛するようになったのは、その育ちから見てごく自然の流れだったということだ。
私が故郷を離れて随分経ったが、かつてヒトに知られることがなかったクロガネのヒミツは正しくヒトの間で伝承されているようだった。
やがてクロガネがヒトの新しい神として祀られるようになった頃、毒の沼地の奥にクロガネの新しいヒミツができた。
過去においてはヒトの英雄であり現在にあってはヒトの神たるクロガネに、子が産まれたのだ。
そして−−クロガネの新しいヒミツをどうして私が知っているのかと言えば、その赤子の父親は他ならぬこの私だからである。
私は子供の頃初めてクロガネをこの目にした瞬間からクロガネに心奪われており、クロガネはヒトの母に愛を教えられた。
かくして私はヒト知れずクロガネと交流を交わし、時にはヒトに誤解されることもあったクロガネの英雄譚が偽りなく伝承されるよう計らったのちにクロガネと共に毒の沼地で暮らすこととなった。
クロガネと私の子はマモノで、けれどもヒトの為に同胞と戦うことを決意した血塗られた優しさを持つ子だった。
クロガネの新しいヒミツは立派に成長を遂げると、間もなく毒の沼地から出て行った。
ヒトの国に向かって進軍し、ヒトへの復讐を誓うマモノの軍勢に討ち入るため、クロガネの牙で鍛えた剣を携えて旅立って行ったのである。
ヒトは、クロガネの新しいヒミツが、どうしてヒトを助けてくれるのか知ることはできないだろう。
けれども時折り、毒の沼地にもクロガネの新しいヒミツの武勇が聞こえてくる。
きっと、誰かがクロガネの新しいヒミツの側に控えて、秘かにクロガネの新しいヒミツのことを漏れなく世に伝えているのかもしれない。
私が、クロガネの側でそうしてきたように。
クロガネの新しいヒミツは、クロガネと私と、まだ見ぬ誰かの胸にだけしまわれたまま、伝説となってヒトの記憶に残るのであった。
クロガネの新しいヒミツ ポピヨン村田 @popiyon_murata
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