シーン1-2/チュートリアル

「さて! 反省も済んだし、私もキャラシのチェックしよっと」

「調子のいい奴め……念じればキャラシが確認できる筈だ」

「えぇー、本当にぃ? どれどれ……お? おお?」


 他人をとやかく言えない間抜けな声を出しながら、ディーチェは自分の性能を確認しているようだ。

 まあ、自分の性能把握は基本中の基本だ。流石にそれを後回しにして説教を続けるのは本意ではない。

 そんな思考を纏め、俺も自身の性能確認の戻ったのだが――。


「なるほど……つまりこういう事ね! 《運命のダイスロール》!」


 いきなり大声を上げるディーチェに面食らい、イメージを中断する。彼女に視線を向けると、その頭上には淡く輝く大振りな6面ダイスが2個、浮かんでいた。

 唖然とする俺が見上げる先、ディーチェの頭上で音を立てて回転する2D6。唐突なダイスロールの結果は、3、4の出目で合計7。2D6の期待値だ。


「おお、こういう感じになるのね! これはテンション上がるわー」

「……ディーチェ? 今のダイスロールは一体……?」


 恐る恐る何事かと尋ねた俺の震え声に、ディーチェは謎のドヤ顔で応じてくる。


「よくぞ訊いてくれたわ。私、アーレアルスでは星の曜神ようしんの加護を受けた美少女の設定で生きていこうと思うの。まあ、美少女なのは設定じゃなくて事実なんだけどね!

 それで今の掛け声は、ダイスの女神である私の権能を用いるための詠唱よ。設定的には、運命の加護を導く祈祷の言葉にするのがいいんじゃないかなって!」

「曜神――この世界で信仰される神様の呼び方か。世界観に順応してるのはいいけど……でも俺が聞きたいのはそこじゃなくてな? その女神の権能ダイスロールの意図と、何が起きるのかを知りたいんだけど」

「え? わかんないわよ? ランダムイベントでも起きないかなーって適当に振ったダイスだもの」

「そっかそっか。なるほどなー……せいっ!」

「アウチッ!?」


 粛清デコピンを叩き込んだ後、両手で顔を覆う。気まぐれなダイスロールで俺をゼノに転生させた反省が、まるで活かされていない……ッ!


「い、痛い……急にどうしたのゼノ。大丈夫? ダイス振る?」

「振らないよ! ていうかこの会話さっきもしたよ! 現状整理も終わってないのに権能でランダムイベントなんか呼び寄せて、何がしたいんだよ女神様!?」

「まあまあ。だって私、ダイスの女神よ? ダイスロールはTRPGの華だし、とりま振らない選択肢とかなくない?

 それに今回の出目は期待値だし、そこまで悲惨な結果には――」


 そんなディーチェの言葉が終わるよりも早く。今度は俺とディーチェの頭上、両方に2D6が出現してダイスロールが行なわれた。


「うわっ!? こ、これもしかして……何かの判定か……!?」


 TRPGにおいて行動の成否を決める際、ダイスやカードを使用して数値を算出する場合がある。"判定"と呼ばれるこの数値処理は、TRPGのシステムによって採用されているルールが異なる。

 ブレイズ&マジックでは、いわゆる上方判定が採用されている。求められる能力値と、基本2D6の出目の合計――"達成値"で、設定された"難易度"以上の数値を出せれば成功となるわけだ。

 ちなみにブレイズ&マジックの判定には、達成値が難易度に届く届かないとは別に大失敗と大成功に直結する出目が設定されている。判定のダイス目が全て1だった場合は大失敗ファンブル。ダイス目で6が2個以上出た場合は大成功クリティカルとなる。


 この唐突なダイスロールは判定なのか。判定だとしたら、それによって一体なんの成否が決定されるのか? 戦々恐々としながら事態の推移を待つ俺の眼前に、ダイスロールの結果が現れる。


【感覚】判定/難易度:12

 ゼノ:【感覚】+2D6 → 2+6[出目3、3] → 達成値:8 → 失敗


 難易度12に対し、俺の達成値は8。つまり、俺はこの判定に失敗した。詳細は不明ながら、判定失敗が良い結果に繋がるとは考えにくい。こうなればディーチェの判定結果が頼りだと、祈るような思いで彼女の出目を見やれば――。


【感覚】判定/難易度:12

 ディーチェ:【感覚】+2D6 → 3+7[出目2、5] → 達成値:10 → 失敗


「あー、達成値10かぁ。残念、失敗ね!」


 判定、全員失敗。肩を落とす俺とは逆に、ディーチェはどことなく楽しそうだ。


「これって、判定が発生したって事よね。ゼノの結果はどうだった……って、あなたも失敗してるじゃない。あはは、お互い幸先悪いわねー!」

「……笑い事じゃ済まないかもしれない」

「え?」

「唐突に要求される【感覚】判定……こういうのって大体――」


 青ざめる俺の言葉を遮るように、山道の脇に広がる木々の間から複数の人影が飛び出してくる。革製の粗雑そざつな造りの鎧を身に纏って俺達を取り囲む、人族ひとぞくの男性が3人。その手には、短剣や鞭が握られていた。


「――迫る危険に気付けるか、っていう判定だからな」

「ちょっと、急に何よ!? 誰なのあんた達!」

「ヒッヒッヒ……何だ誰だと訊かれたら、真心込めて答えます!」

「フッフッフ……おかしら、言ってやってくだせぇ!」

「ヘッヘッヘ……いいぜぇ、耳を澄ましてよぉく聞きな! 野郎ども、集まれ!」


 リーダーらしき人物の掛け声に合わせて、周囲の男達が正面に移動する。随分とあっさり陣形の有利を捨てるね?


「ヘッヘッヘ! 聞いて驚け、俺達は!」


 謎の気合いと共に、男達が縦一列に整列する。え、何してんの?


「泣く子も笑う! チュートリアル山賊団だぁ!」


 名乗りに合わせ、最前列のリーダーが身を屈め、後ろの2人が左右に身を乗り出す。同時、彼らの背後で謎の爆発エフェクトが発生した。

 赤々と燃える爆炎を背負うチュートリアル山賊団は、熱気で額に汗を滲ませつつ、不敵な笑みで俺達の前に立ち塞がったのだった。

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