シーン3-3/この世界
尻餅を付いたクルトを見下ろし、予想外の展開に纏まらない思考で問いかける。
「……君はたしか……村長さんの孫のクルトだったか。窓の外で一体何を……」
問われたクルトは一瞬、迷うような表情を見せるも、観念したように項垂れて口を開いた。
「……その、旅の話を聞かせてもらおうと思ったら、2人の話し声が聞こえて……王都に行って冒険者を目指すって聞こえたから、気になって盗み聞きを……ごめん!」
両手を合わせ、拝むように詫びてくる少年。
「盗み聞きとは穏やかじゃないわね。何がそんなに気になったのよ?」
「俺も冒険者になりたいんだ! それで2人の話に興味があって……あ、あの……俺も一緒に王都まで連れて行ってくれないか!」
「……お、おう……マジで言ってる?」
「大マジだよ! 頼むよ!」
猫耳と尻尾をピンと立てるクルトを前に、どうしたものかと考えを巡らせる。正直に言えば、盗み聞きされていい気分はしない。
とはいえ村長の孫が相手となると、あまり大きな問題にしたくないのも事実。他に確かめておきたい気がかりもあるし、ここは――。
「――わかった、王都まで同行しても構わない。ただし……腕相撲で俺に勝ったら」
「よっしゃー! ありがとうゼノの兄ちゃん! 絶対に勝ってやるからな!」
「ゼノ!? ちょっと本気?」
「……ごめんディーチェ。どうしても確かめておきたい事があってな。ちょっとだけ付き合ってほしい」
「……しょうがないわねぇ。終わったら後でちゃんと説明してよね」
広げていた地図をどかし、食卓を挟んでクルトと向かい合う。互いの手を握り、ディーチェの掛け声と同時に腕相撲が開始された。
「よーい……始め!」
構えた腕に力を込めて、クルトの腕を倒しにかかる。普通であれば、対決判定――達成値を比べ合うダイスロールが発生するはず、だが。
顔を真っ赤にしながら腕に力を入れるクルトの頭上には――判定のダイスロールが出現しない。
【肉体】判定/難易度:自動成功
ゼノ:【肉体】+2D6 → 5+5[出目2、3] → 達成値:10 → 成功
「(やっぱり……そういう事か)」
内心で呟き、クルトの腕を問答無用で押し倒す。腕相撲は俺の勝利で終わった。
「……も、もう1回だゼノの兄ちゃん! 回数制限とかなかったよな!?」
「いや、勝負はこれっきりだ。これ以上続けても、お互い無意味に疲れるだけで結果は変わらない」
「そんな……頼むよ、俺も王都に……! そうだ、俺は村の中で投げ物が一番上手いんだぜ! 石を投げて、木の実を傷付けずに落とす事だって!」
「クルト」
「っ……どうしても駄目なのかよ」
「ごめん。でもクルトを一緒には連れていけない。もう夜だし、あまり心配されないうちに家に戻るんだ」
「っ……!」
取り付く島もない俺の言葉に、クルトは力なく立ち上がり、目の端に涙を浮かべて帰っていった。
「……なんか、あそこまで打ちのめされてると気の毒に思えてくるわね……。
ところで、どうしても確かめておきたい事ってなんだったの? 普通に腕相撲しただけに見えたんだけど」
「……村長さんと話した時から、ずっと引っかかってたんだ。交渉や説得の判定なしで滞在を認められて――"話がスムーズに進み過ぎる"って」
「それは……単純に気前のいい人だったからじゃないの?」
「俺も最初はそう思ってた。けど、クルトに盗み聞きされそうになって、やっぱり引っかかったんだ。ディーチェ、クルトの気配を察知した時、難易度が設定されない自動成功の判定が発生したのを覚えてるか?」
「……そういえば……チュートリアル山賊団に襲撃された時は、気付けるかどうかで難易度付きの【感覚】判定があったのに……」
「ああ。けどクルトに気付くのに、特に達成値は必要なかった。そして腕相撲の時、俺は自動成功の判定を行ない、クルトには判定自体が発生しなかった。つまり俺は、クルトにファンブル以外で負けない事になっていた」
そう告げると、ディーチェが何かに思い当たったような表情を浮かべる。どうやら彼女も気が付いたようだ。
「それじゃあ、クルトは――」
「多分だけど、彼はデータを持たないキャラクター……つまりエキストラなんだ」
"エキストラ"。TRPGのセッションにおいて、データを持たないNPCの総称である。能力値などの数値データを持たないエキストラは、セッション参加者が宣言した通りに処理される。
「冒険者として依頼を受けて活動するには、様々な判定や戦闘をこなす必要がある。でも、クルトにはその判定や戦闘に必要な能力値とかのデータがない。
アーレアルスにはエキストラの冒険者もいるのかもしれないけど、彼らが挑戦する依頼は、同じエキストラとの戦闘が基本となるはず。逆にエキストラがデータ持ちの敵と戦闘なんてすれば、まず確実に勝ち目はない」
「つまり、ゼノがクルトの同行を断ったのは……データ持ちである私達との旅が危険だから?」
「そういう事だ。クルトには悪いと思うけどな。
さて、予想外の出来事はあったけど、今日は早めに休もう。明日は午前中に残りの村の手伝い、午後には出発してまた長距離を歩く事になるしな」
「……そうね。おやすみ、ゼノ」
「おやすみ、ディーチェ」
就寝の挨拶を交わし、お互いの部屋に引っ込む。簡素な寝床に潜ると、すぐに眠気がやって来た。やはり疲労が溜まっていたのだろう。窓の向こうに星空を眺めつつ、俺の意識は夜の帳に飲まれていった。
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