シーン3-2/この世界

 転生後の疲れが響いたのか、いつの間にか寝落ちしていたようだ。借りた空き家の共有スペースに顔を出すと、ディーチェが食卓で暇そうにダイスを転がしファンブルを出していた。詠唱が聞こえなかった事から考えると、女神の権能運命のダイスロールではない、ただの手慰てなぐさみのようだ。

 ランプで照らされた彼女の前には2人分のパンと干し肉、チーズ、果物が並べられている。


「すっかり寝てたな……夕飯、用意してくれたのか?」

「あ、おはようゼノ。よく寝てたわね。

 暇潰しに村を巡って、一足先にちょっとだけお手伝いをしてきたんだけど……村人さん達が、お礼にってチーズと果物をおすそ分けしてくれたの。

 ちなみに、パンはお金を払って交換してもらったものよ。気前のいい村人さん達に感謝しながら、大切にいただきましょ。私もいい加減お腹空いてきたし」


 先ほどまで振っていたダイスを手品のようにどこかへ消すと、ディーチェは正面の席を勧めてくる。


「そっか、ありがとう。俺が寝てる間に助かった。それはそうと、お腹空いたなら先に食べてても構わなかったんだぞ?」

「へ? いやいや、せっかく旅の仲間なのよ? 初めてのご飯の喜びも分かち合って一緒に味わいたいじゃない」


 さも当然といった様子で首を傾げるディーチェ。こうして考えると、旅に対して真っ直ぐ前向きな仲間がいるというのは大きなポイントだろう。


「……そういうところがなぁ」

「ふっふーん。惚れてもいいのよ?」

「……ふっ」

「また鼻で笑われたー!?」

「まあ冗談は置いておいて。それじゃ食べるか、初めての転生メシ」

「転生メシ! 心躍る響きね。いただきまーす!」

「いただきます」


 生前、一人暮らしをしながら大学に通っていた頃であれば、夕食は自宅で済ませるのが基本だった。多くの男子大学生のイメージに漏れず、料理の用意が面倒な時など適当にカップ麺で食事を終わらせた事も少なくない。

 そんな俺が今となってはワケアリ女神と共に転生メシを食べているのだから、人生とはわからないものだ。いやまあ、そもそも俺の――大須遊真としての人生は、既に終わっているのだが。


「ごちそうさまでしたー!」

「ごちそうさまでした、と」


 食事を終え卓上を片付けた俺達は、荷物から地図を引っ張り出して広げる。


「さて、まずは改めて現状確認から始めるか。今後の方針についてはその後だ」

「異議なーし」

「それじゃあ、基本になる予備知識から説明するぞ。まずは今いる場所の説明から」


 俺達はディーチェの権能で、生前の俺が愛用していたブレイズ&マジックの世界観――TRPG世界アーレアルスに転生した。

 アーレアルスと一口に言っても、複数の大陸、地域、国などが存在する。その中で俺達が旅をしているのは、ゲームの主な舞台として設定されたエルドラン大陸。その東方地域に存在するティアストール王国だ。

 エルドラン大陸東方は現実で言う東アジア地域をイメージソースに作成された地域であり、和風な雰囲気の極東の島国、陽気な雰囲気の南方の群島など、セッションの手がかりフックとなるよう設定が用意されている。

 現在地のティアストール王国は、そんなエルドラン大陸東方の中でも最大級の国力を誇る王政国家として、ルールブックでも大々的に解説されている。

 俺達が辿り着いたドルフ村は、王国の首都である青の王都ティアストールからそう遠くない場所にある。ちなみに国名と首都名が同じでわかりにくいため、ユーザー間では王国の方を「ティアストール」と呼び、首都は「青の王都」とだけ呼ぶ事が通例になっていた。


「――まずはここまで。ブレイズ&マジックの予備知識も含まれるけど、OK?」

「もちろんバッチリよ。女神の頭脳を甘く見ないでよね。

 要はブレイズ&マジックの基本となる舞台に転生したって事でしょ。ヤバい魔物が沢山いるような場所じゃなくて良かったわねー」

「…………」


 その女神の頭脳とやらは、出目を絶対視するギャンブラー思考でファンブル転生と山賊団の襲撃イベントを引き当てたのだが……いや、深くはツッコまないでおこう。


「……まあ、その理解で合ってる。それじゃあ、ここからは今後の行動方針について相談しよう。

 安定した収入も人脈もない中で、どうアーレアルスを生き抜いていくかだけど――職業としての冒険者になるのが確実だと思う」

「冒険者……ってあれよね。ブレイズ&マジックのPCと同じ立場の」

「ああ。冒険者ギルドに所属登録して、色々な依頼を解決する便利屋。ディーチェも言った通り、ブレイズ&マジックのPCは基本的に冒険者の立場が想定されてる」

「なるほど。つまり――ゼノのゲーム知識が使えるって事ね!」

「そういう事だ。俺達の最大の武器は、冒険者としてセッションをクリアするための知識だからな。

 俺達はどうにかしてゼノの破滅を回避しなきゃならない。そのために使える武器は惜しみなく使うべきだと思う」

「同感だわ。という事は、私達の当面の方針は」

「青の王都の冒険者ギルドで所属登録を済ませて冒険者になる。これが俺達の現時点での目標だ」

「冒険者を目指して王都に向かう……うんうん、いかにもって感じでいいわね!」

「遊びじゃなくて死活問題だからな、一応。取り敢えずは明日の午前中に村の手伝いを済ませて、昼食を摂って午後一番で王都に向けて――ん……?」

「あら……?」


【感覚】判定/難易度:自動成功

 ゼノ:【感覚】+2D6 → 2+8[出目3、5] → 達成値:10 → 成功


【感覚】判定/難易度:自動成功

 ディーチェ:【感覚】+2D6 → 4+7[出目3、4] → 達成値:10 → 成功


 謎の判定と共に妙な気配を感じ取り、ディーチェと顔を見合わせる。言葉を切って気配の出どころを探れば、リビングに設置された窓の外に何者かがいるようだ。

 武器を片手に立ち上がって、物音を立てないよう窓に近付く。相手に逃げる余裕を与えないよう、勢いよく窓を開け放った。


「――誰だ!」

「わぁっ!?」


 驚いた声と共に、地面に尻餅を付く人影。ディーチェが持ってきた明かりでその顔を照らすと――。


「あなた、さっきの……」

「うぅ、いたた……」


 窓の向こうで地面にぶつけた腰を擦っているのは、村長の孫、クルトだった。

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