第25話
「どうぞ、お入りください―――」
「ああ、じゃあ。」
「(.... .....)」
古い、藁葺(わらぶき)の
土蔵(つちぐら)の様な家屋の入り口を抜け、
善波が土間の上で靴を脱ぐ
「ドソクは、ダメ?」
「・・・・」
「ガタッ」
「・・・・」
土間から古い木目調の木造りの床の上に
善波が上がったのを見て、
征四郎、そしてジャンもその後をついて行く
「どうぞ、お掛けください」
「・・・・」
征次(まさつぐ)と名乗った男が
座敷の端の方から座布団を取り出すと、
三人は天井の高い、座敷の中央に置かれた
囲炉裏(いろり)を囲むように並んで座る
「("征次"――――)」
「さっきのは、何だったんだ?」
「いえ...」
囲炉裏の反対側に座った征次を見て
善波が、先程の明人と二人のやり取りを
問い質(ただ)す
「大分、慌ててたみたいだが....」
「いえ...」
「―――何かあったとか?」
「・・・・」
征次が、征四郎の方に向き直る
「いえ、あの、叶生野の――――
明人様、と申しましたか。
あの方は、突然この場所に兄の正之様と現れて、
矢継ぎ早に色々お尋ねになるものですから.....」
「ああ、あいつは、この叶生野荘の人間は
全部自分の部下か何かと思ってるからな」
「そうですか。」
落ち着きを取り戻したのか、征次は背を伸ばし
善波 征四郎、そしてジャンに向かって
冷たい目付きを浮かべる
「征次さん、アンタは....」
「尚佐さまの事ですか?」
「....ああ、そうだ。
尚佐の祖父さんが生前、よくこの鷺代の家に
顔を見せていた様だが...」
「・・・・」
まだ、尚佐が亡くなってから日も浅いせいか
善波の言葉に征次は気落ちした様子を見せる
「ええ....
すでにお年を召された尚佐様は、
仕事がある程度目途(めど)が付いたと言って、
この鷺代の家でよく色々な物を作って
おいでになられました....」
「さっきの外にあった窯(かま)とかがそうか?」
「・・・・」
「スッ」
「?」
征次は、立ち上がると何も言わず
奥の方へ消えていく
「・・・ずい分、マイペースな爺さんだな」
「・・・・」
「カタッ」
少しすると、手に何かを持ちながら
征次が三人の側に立つ
「それは....!」
「これは、尚佐様がこの鷺代の家で
お作りになられた、"皿"で御座います―――」
「・・・・」
征次の手に握られていた深い緑色をした円い皿を、
善波が手に取る
「これを尚佐祖父さんが―――?」
「はい。」
「....じゃあ、ナオサプレジデントは、
ここで、その"サラ"を作るために
よく来てたってコト?」
「そうです....」
立っていた征次が座布団の上に座る
「ある程度自分の仕事に区切りがついたのか、
元々、焼き物に興味があったのかは
分かりませんが、尚佐さまはここ数年
よく、この鷺代の家に
お出でになられていました―――」
「....征次さん」
「―――はい」
征四郎が、座っている征次を見る
「あなたの名前――――」
「征次ですか?」
「―――ええ。
どうやら、この神代の集落には、
"征"と言う字を使う男性が多いみたいだが....」
「・・・・」
「征次さん、アンタの名前にも、
"征"の字が付くんだろう?」
「・・・・」
「―――――、」
何も返事をせず、征次は何か重苦しい雰囲気で
善波の手に握られている深緑の色をした
皿に目を向ける
「・・・・」
「....この集落の人間に、
"征"の字を使う人間が多いのには
何か理由があるのか?」
「―――――...」
「――――?」
少し間を空けると、征次は口を開く
「元々、この神代の集落は
この叶生野荘の他の家と同じく
ご先祖の、左次郎様の家から
繋がる家系でした――――」
「ああ、確か、商家をやっていたとか・・・」
「そうです。
叶生野家の歴史は御存じですか?」
「・・・・」
何も思い当たらないのか、征四郎は考え込む
「....まあ、お若いでしょうから無理もない。」
「・・・・」
「この、神代の一族が大きく栄えたのは、
その、左次郎から数代経た後の
征和(まさかず)さまが、明治の大戦の
軍需物資の流通の流れに預かり、
その家を各所に広めていったのが
始まりなのです.....」
「・・・」
すでに百年以上も昔の話だ。
目の前のこの老人が何を話しているか
よく分からない
「そして、その征和さまの家から分家し、
分かれて様々な姓を名乗った者が多くいるのが
この神代の集落なのです....」
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