第14話 未来を変えるために

翌日になった。


「はぁー」


大谷さんがため息をついている。


「どうしたの?元気ないね」


俺は大谷さんに尋ねた。


「あのね……。昨日、桐谷さんに告白したの。フラれちゃった」

「そうだったのか……」

「でもね。その代わりに桐谷さんと友達になったの」

「おおっ!すごい。一歩前進したじゃないか。まだチャンスはあるよ。これからだ」

「うん……。そうだよね。ありがとう」


大谷さんは少しだけ笑顔を見せてくれた。


「加藤君。未来ではね、加藤君と桐谷さんは仲が良いの。二人は気が合って、よく一緒に遊んだりしてた」

「うん」

「でね。桐谷さんが探偵の時、過去に調べたとある事件があるの」

「とある事件?」

「うん。タイムマシーンの技術を盗もうとした人がいるの」

「タイムマシーンの技術を盗む……。それってまさか……」

「そう。三島玲。いや、加藤玲。あなたの娘が作ったタイムマシーンの技術を欲しがる組織がいてね」

「玲が技術を盗んだんじゃなかったのか。よかった」

「加藤玲は本物の天才よ。日本の宝と呼ばれる存在になるわ」

「そっか……」

「そして、その組織はタイムマシーンの技術を悪用しようとしていてね。それで、桐谷さんが調査することになったんだけど、そこで事故が起こってしまったの」

「事故?」

「ええ。それは、桐谷さんが過去に飛んでしまうという事。桐谷さんはその時のショックで記憶をなくしたの」

「なるほど……。だから、大谷さんの事を覚えていなかったのか」

「そういう事。桐谷さんの記憶を取り戻すためにも、私が頑張らないとね!」


大谷さんが決意を固めたように言う。


「応援しているよ」

「ありがとう。あ、そういえば、今日は桐谷さんと一緒に帰る約束をしているんだけど、加藤君はどうする?」

「ごめん。用事があるから先に帰るよ」


俺にはやることがあるのだ。


「そっか……。じゃあ、また明日ね」

「おう。またな」


俺は急いで家に帰った。


「ただいま」


家の中に入ると、母さんが台所に立っていた。


「おかえりなさい。あら?何かあったの?」

「ちょっと話したい事があってね」

「何かしら?」

「実は、母さんに謝らないといけない事があるんだ」

「え?」


俺は今までの出来事を全て話し終えた。


「そんな事が……」

「ごめん。黙っていて……。一人で悩まず相談すればよかった」


俺は頭を下げて謝罪した。


「顔を上げてちょうだい」

「うん……」


俺はゆっくりと顔を上げた。すると、母さんは優しく微笑んでいた。


「優斗。あなたは何も悪くない。むしろ誇らしいくらいよ」

「え?」

「だって、それだけたくさんの人を救ってきたんでしょ?」

「そうだけど……」

「だったら、胸を張っていいと思う。私はあなたの母親なんだから、あなたを信じるわ」

「……ありがとう」

「それにしても、あなたの娘。いいえ、私の孫は、凄いのね。タイムマシーンだなんてまるでアニメの世界みたい」

「うん……」

「でも、良かったじゃない。未来の娘の顔が見れて。私も見てみたいわ」

「そうだな……」

「さてと、じゃあそろそろ晩御飯の準備をしましょうか」

「手伝うよ」

「じゃあ、お願いしようかしら」

「ああ」


こうして、俺たちは仲良く料理をしたのだった。

それから数日が経ち、今日も起きて学校へ行く。

教室に着くと玲が話しかけてきた。


「優斗さん。最近、大谷さんと仲が良いみたいですね。ひなちゃんがヤキモチ焼いちゃいますよ」

「玲は知っているのか?」

「何がですか?」

「大谷さんの事だよ。大谷さんは未来から来たんだ」

「……それは本当ですか?」


玲の表情が変わった。


「ああ。俺は未来で大切な物を失うらしい。その未来を変えるため、協力してくれてるんだ」

「……全部聞いたんですか?彼女はどこまで知っているんです?」

「俺がひなと結婚する事。俺が桐谷さんと仲が良い仕事仲間だと言う事。それから大切なものを失う事。その大切なものっていうのが、玲。お前だ」

「……そうですか。知ってしまったんですね」

「ああ。玲はタイムマシーンを完成させた。そしてタイムマシーンを狙う組織の連中に殺される」

「はい。私は死にます。タイムマシーンを完成させなければ、おそらく生きられる未来もあったでしょう」

「じゃあその未来を選べよ。どうして選ばないんだよ」

「私は……私はお父さんとお母さんと離れ離れで暮らすのなんて耐えられないんです。嫌なんです。家族が離れ離れになるのが死ぬよりも」

「生きていれば会えるじゃないか」

「私がタイムマシーンを作らなかった場合の未来も見てきました。お父さんには、ずっと会えなかった。それはとても辛い現実でした。私はあんな未来だけは嫌なんです」

「だからって、死ぬと分かってる未来を選ぶのか」

「はい。長く苦しい人生か短くて幸せな人生。どちらを選ぶかなんて決まっています」

「玲。あきらめるな。俺が何とかしてやる。俺は……お前の父親なんだから」

「お父さん……」

「大谷さんに話を聞こう。玲も一緒に」


そして俺は、大谷さんのところにいった。


「大谷さん。玲に事情を話したんだ」

「玲ちゃんは、自分が死ぬって事を知っていたの?」

「はい。知っていました」

「そう。それでも加藤君に初恋サービスを使ったのね」

「はい。それが私の選択ですから」


大谷さんは、俺達以外はいない放課後の教室の中を歩きながら話した。


「私の考えた方法が最善だと思うの。いや、それしか思いつかない」

「それはどんな方法なんですか?」

「今の時間軸の加藤君に、未来の時間軸の加藤君の記憶を移す」

「そんなことをすれば、お母さんと結ばれる未来が変わってしまう可能性があります」

「そう。それは可能性があるって話。結ばれない未来があるのと同時に、でも結ばれる未来もあるの」

「それは確かにそうですが……」

「加藤玲さん。あなたは日本の宝なんです。あなたを失う訳にはいかない。あなたはもっと長生きして活躍するべき人材だ。世界に羽ばたく天才なんです」

「大谷さん。あなたは一体何者なんですか?」

「私は公安警察時間管理課の者です」

「公安だったんだ……」

「はい。そして桐谷さんとは協力関係にありました」


すると大谷さんは、ポケットから名刺を取り出して渡してきた。

そこには、警察庁・公安部という文字と、大谷美月という名前と、所属している部署が書かれていた。

そして一番下には、総務省の印鑑があった。

つまりこの人は……総務省の職員なんだ……。

俺は驚きを隠せなかった。まさか、こんな身近に公安の人間がいるなんて。

そして大谷さんは説明を続けた。

未来では、タイムマシーンがテロ組織によって悪用される恐れがあり、大谷さんは阻止するために活動していた。

しかし、タイムマシーンを悪用するテロリスト達は、タイムマシーンを使って過去へ干渉し、玲を殺そうとしていたのだ。

そこで、桐谷さんと協力してタイムマシーンを開発した加藤玲の父親である俺の記憶を改ざんする事で歴史の一部を変えようとした。

だが、タイムマシーンは完成してしまったため、玲は殺されてしまったのだという。

そして、玲を殺した犯人達が過去に戻ってくる前に、大谷さんは、俺への接触を試みた。

だが、大谷さんの知っている未来と違った出来事が起きている。

そのため大谷さんは混乱したのだった。

大谷さんは、桐谷さんと協力し、未来を変えるために行動した。

大谷さんは、桐谷さんに協力を仰ぎ、俺に接触してきたのだった。

そして、大谷さんは未来から来た目的を説明した。

大谷さんは、俺が未来を変える事を信じて、自分の命をかけてまで協力してくれた。

俺の知らないところで頑張ってくれていたのだ。

だからこそ、大谷さんは諦めてほしくなかった。

玲の気持ちを、尊重してほしかった。玲を助けたうえで、家族と一緒に過ごしたいという当たり前の一人の少女の願いを叶えたいと思ったのだ。

大谷さんの想いを聞いて、玲は答えを出した。

俺と大谷さんは、黙って玲の結論を待つ。

そして、玲は言った。


「分かりました。大谷さん。あなたが導き出した世界線に賭けてみたいと思います。私一人ではどうにもならなかったことですから」

「はい。加藤玲さん。いや、加藤博士。博士が作ったタイムマシーンは、人類の進化に大きく貢献しました。それが正しく運用されるように使う事を約束します」


俺は、ひなと結婚する。それは変わらない事実だ。

だが未来の俺の時間軸と今の俺の時間軸が合わさる事で、どんな未来になるかは分からない。

もしかしたらひなと別れる未来だってあるかもしれない。

俺が出来る事は、ひなを愛し続ける事だ。何があっても。

ひなと結婚するだけじゃダメだ。ひなと結婚した先には、玲や、父さんや母さんがいる未来があるはずだから。

だから俺は……俺が守りたいものは……俺の手で守ろうと思う。

大切なものを守るために。

その日の夜。

玲は、大谷さんと二人でタイムマシーンに乗ってどこかに消えていった。

俺は、家に帰ると、リビングのソファーに座って、テレビをつけた。

するとニュースが流れた。

その内容は……

大谷美月さんが、何者かに殺害されたというものだった。

そのニュースを見た瞬間に俺は、理解した。

玲は……死んだんだ。

俺は急いで部屋に戻り、スマホを手に取り、玲に電話をかけた。

電話は繋がらない。

何度も、何度も、かけ直した。

それでも、玲は出てこなかった。

そして俺は、悟った。

大谷美月は、殺されたんだ。

そして俺は、未来が変わった事を確信した。

大谷美月は、死んでしまった。

もう二度と会えない人になってしまった。

俺は涙を流した。

涙が止まらなかった。

悲しくて、辛くて、悔しかった。

未来を変えたい。

泣くな、俺。

だったらやることはひとつじゃないか。

俺はひなと恋愛し、ひなと将来結婚する。

そして玲と三人で、家族でずっと暮らしていく。

そうすれば未来が変わり、玲は生き続ける。

大谷さんは無事なのか?テロリストは捕まえられるのか?

そんな事を考えながら、俺は眠った。

朝起きると、俺は泣いた後で目が腫れている事に気づいた。

今日は学校だ。

学校は休むわけにはいかない。

俺は着替えるとすぐに家を飛び出した。

そして学校に着き、教室に入るなり、俺は真っ先に玲の席に向かった。


「おはようございます。優斗さん」

「ああ、おはよう。玲」

「何かあったんですか?」

「いや、なんでもないよ」

「嘘ですね。優斗さんの表情を見ていればわかります。それに……目元が赤いですよ?」

「そっか……バレちゃうよね」

「教えてください。一体何があったんですか?」

「昨日さ、色々考えたんだ。大谷さんが無事なのかどうか。テロリストは捕まえられるのかどうか。玲は無事かどうか」

「…………」

「でもさ、考えてても仕方がないんだよな。俺は、未来を変えるために、俺ができることをするだけだからな。俺がしたいことは、ひなと結婚して幸せな家庭を築くこと。それだけだよ」

「はい。それでいいんですよ。私は優斗さんを応援します。だから頑張って下さいね!」

「ありがとう。玲」

「いえ、こちらこそです」

「ところでさ、玲は今幸せか?」

「もちろん!凄く幸せですよ」


玲は笑顔で答えてくれた。

その言葉を聞いて、俺はホッとした。

そして俺は、決意を固めたのだ。

絶対にひなと結婚しよう。そして家族みんなで一緒に暮らそうと。

放課後になると、俺は急いで家に帰って、準備をして、ひなの家へと向かった。

インターホンを押すと、ひなのお母さんが出てきた。


「あら、優くんじゃない。久しぶりね。どうしたの?」

「お義母さん、ひないますか?」

「いるけど……今はちょっと用事があるみたいで出かけてるわよ。ひなに会いに来たのなら、帰ってくるまで待つといいわ」

「分かりました。それでは、待たせてもらってもいいですか?」

「えぇ、構わないわ。ゆっくりして行ってちょうだい」


俺は、家の中に入って、リビングの椅子に座らせて貰った。

しばらくすると、玄関のドアの開く音が聞こえた。

そしてリビングの扉を開けて、入ってきたのは……


「えっ?優斗?どうしたの?」


ひなが驚いた様子で話しかけてきた。


「いや、なんか暇だったから遊びにきた」

「そうなんだ。上がって」


俺は、リビングから階段の方に向かって歩いていく。


ひなは俺の後についてくる。

そして俺は階段の途中で立ち止まると、後ろを向いて言った。


「ひな。俺は、お前と結婚するぞ。約束する」


そう言って、俺は、ひなを抱き寄せた。


「ゆ、優斗!?」


突然の出来事に、ひなが動揺していた。


「だから、俺を信じてくれ。必ず未来を守ってみせるから」


俺は、ひなの目を見て真剣に話した。

すると、ひなは涙を浮かべていた。


「うん……信じる。私も優斗と結婚したい」


ひなは泣きながら、満面の笑みを浮かべた。

そして俺は、ゆっくりと顔を近づけていき、キスをした。

優しく、包み込むような口づけを交わした。

これから先もずっと守っていこう。

大切なものを。未来を守るために。

それから俺は、玲とも連絡を取り合い、三人で会う機会を設けた。

そしてひなに玲が未来の俺達の子供である事や、未来で起きる出来事について話した。


「そう……。あなたが私の娘なのね」


ひなは、玲の頭を撫でた。


「そうだよ、お母さん。私、未来からお母さん達に会いに来たんだよ」


玲は嬉しそうだった。


そして、三人で将来の話を沢山した。

俺は、どんな家に住みたいのかとか、子供は何人欲しいのか、それに対して玲が答えてくれて。

そんな他愛もない会話をしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。


「優斗さん、そろそろ帰りましょうか」

「あぁ、もうこんな時間なのか」

「楽しかったねー」

「絶対に未来では家族は一緒だ」

「うん!」


俺たちは、それぞれの帰路についた。

その日の夜、俺は夢を見た。

大谷さんが助けを呼んでいる夢だ。

そこで目が覚めた。

嫌な予感がした。

何かあったのかもしれない。


「お父さん、起きていますか?」


玲がスマホにメッセージを送ってきた。


「ごめん、玲。ちょっと出てくる」

「えっ?」

「嫌な夢を見たんだ。大谷さんが助けを求めている夢を。胸騒ぎがする」

「私も行きます」

「いや、大丈夫だ。俺の気のせいで何もないかもしれない」

「でも……」

「大丈夫だよ。すぐに戻ってくるからさ」

「はい……」


俺は家を飛び出した。

全力疾走して、大谷さんの家に向かう。

どうか無事でいてくれ。

ピンポーン。大谷さんの家のチャイムを鳴らした。


「はい」

「あ、加藤だけど」

「加藤君?ちょっと待ってて」


そして玄関のドアを開くと、大谷さんが出てきた。


「大谷さん。無事だったんだね。何もなくてよかった」

「え?何が?」

「嫌な夢を見たんだ。大谷さんが俺に助けを求める夢を」

「そう。それで来てくれたのね」

「大谷さん。未来はどうなるんだ?」

「加藤博士……。加藤玲さんの命は、無事に守る事ができました」

「そうか。よかった」

「それからテロリストも無事に逮捕しました」

「じゃあ……未来は変わったのか?」

「ええ。後は加藤君。あなたが水川ひなこさんを一生愛し続ける事」

「もちろんだ。俺にはその覚悟がある。必ずひなも玲も幸せにしてみせる。俺は父親だからな」

「ええ。私は何も心配していないよ。加藤君ならやってくれると信じてるから」


そう言って、大谷さんは微笑んだ。


「ああ、任せとけ!必ず最高の未来を作ってやるからな」


俺は力強く宣言した。


「私はそろそろ未来へ帰ろうと思います。無事に任務も終えましたから」

「元の公安の仕事に戻るの?」

「はい。そのつもりです」

「そっか」

「それでは、お元気で」

「大谷さんこそ、身体に気をつけて」

「ありがとう」


こうして俺達は別れた。

未来を変えるために。

未来を守る為に。

いつの日かの未来で、再び大谷さんに会えると信じて。

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