第7話 温泉旅行と夏の終わり
それから数日が経った頃、ひなから連絡がきた。
「優斗に話があるんだけど会えない?」
「わかった。じゃあどこかカフェでも行く?」
「そうね」
俺はひなとの待ち合わせ場所に向かった。待ち合わせ場所に行くと、すでにひなが来ていた。
「お待たせ。行こうか」
「うん」
カフェに入り、店員に席に案内される。二人共、ケーキと珈琲を注文して話に入る。
「それでどうしたの?話って」
「優斗が言ってたもう一度やり直したいって話なんだけどね」
「うん」
「その返事をしようと思って」
俺はドキドキしながら、ひなの顔を見た。
「いいわよ。もう一度やり直しても」
「いいの?」
「ええ。でも約束して。もしも今度、私の事が嫌いになったのなら、どこが嫌いになったのかきちんと私に説明して。それを約束して欲しい」
「わかったよ」
こうして俺は、ひなと再び付き合う事になった。
それから数日が経った。俺はデパートに来ていた。ひなが好きなデパ地下のチョコレートを買って、サプライズでプレゼントしようと思ったからだ。人気商品なので、朝の開店と同時に急いで列に並んで買った。チョコレートにしては値段が高くて思ったよりも高くてビックリしたが、ひなが喜んでくれるならいいと思った。買った時に六階の抽選会場で福引をやっていると言われ、福引券をもらった。俺は福引券を持って六階に向かった。すでに沢山の人が並んでいて、時々カランカランとベルの音が鳴っていて、何かが当たっているらしいというのは分かったが、何が当たっているのかは分からなかった。そして少しずつ並んでいる列がなくなっていき、ようやく俺の番になった。ここで初めて何が当たるのかを確認できた。どうやら特賞は、一泊二日温泉旅行のペアチケットが当たるらしい。後は商品券やら大型テレビだったり、自転車まで当たる。ちなみに末等はポケットティッシュ。さすがは高級デパートの抽選会だ。豪華景品が揃っている。まあどうせ当たるものなんて末等のポケットティッシュくらいだろうなと思いながらも、何か当たって欲しいという欲も頭の隅っこにはある。右利きの俺だが、この時はなぜか左手で回した方がいいと思って、あえて利き手とは逆の左手でハンドルを握って回した。すると赤色の球が出てきた。末等は白玉なので、どうやら末等でない事は確かだ。下から順番に色を見ていくが、赤色の玉の景品が見当たらない。するとそれと同時にカランカランカランとベルが鳴った。
「おめでとうございます。特賞の一泊二日温泉旅行のペアチケットです」
そう言って、温泉旅行のペアチケットを貰った。
「うおー、マジか」
当たるんだ。こんな経験、初めてだ。俺は今まで運が良い方ではなく、懸賞に応募しても当たった事なんて一度もなかった。なのに今日の俺は、とてつもなくラッキーだ。その帰り道、事故に遭ったりしないかとヒヤヒヤしながら帰った。
家に帰り、自分の部屋に行く。ベッドの上に寝転んでもらった温泉旅行のペアチケットを眺める。これ、ひなと一緒に行けたらいいな。そんな事を考え、俺はひなに連絡した。
「ひなにプレゼントがあるんだ」
「何?」
「デパ地下のチョコ。ひなが好きなやつ」
「ありがとう。高かったでしょ」
「ま、まあね。でもひなとまた付き合うやり直し記念だと思ってさ」
「そう」
「それとさ、ひな。俺と旅行に行かないか?」
「旅行?」
「うん。実はさ、チョコを買った時に福引券をもらったんだ。それで福引きを引いたら特賞の一泊二日の温泉旅行のペアチケットを貰ってさ」
「強運ね。凄いじゃない」
「ひなと一緒に行きたいんだけどどうかな?」
「私と?」
「うん」
「いつなの?」
「好きな日で大丈夫みたいだ。宿泊の予約を入れてペアチケットを旅館に渡せば、それで料金が無料になるらしい」
「そう。別にいいわよ」
「よし。じゃあ決まりだ。いつにしようか?」
「そうねえ。なら来週の火曜日と水曜日なんてどう?」
「大丈夫だよ。じゃあそれでいこうか」
「うん」
ひなとの一泊温泉旅行が決まり、俺はその日を楽しみに待った。
そしていよいよ温泉旅行に行く日がやってきた。ひなとの待ち合わせ場所であるバス停に向かう。温泉のある場所は、高速バスを使って行く事になっている。バスに乗って三時間くらいかかる。結構な長旅だ。待ち合わせ場所に行くと、大きな荷物を持ったひなが立っていた。
「お待たせ」
「うん」
「大きな荷物だね」
「一泊するんだもの。そりゃ着替えとか色々入ってるわよ」
まあ女の子は荷物が多くなるよな。
高速バスに乗り込んで席に座る。平日という事もあって乗客は少なかった。
「平日を選んで正解だったな。空いてる」
「だから平日を選んだのよ」
「そういえば、ひなとは初めての旅行……? になるのかな?」
「そうね」
「ごめん。記憶がないから」
「これからまた新しい思い出を作っていけばいいのよ」
「うん。ありがとう」
それからは、ひなと二人でバスの中で喋り続けた。
「愛美は、沖野君と上手くいってるみたいだわ」
「そうなんだ」
「愛美が毎日、惚気てくるから大変よ」
「嘘? 全然そんなイメージないけどな」
「ほんとよ。沖野君は良い人だってずっと言ってくるの」
「へえ。雅弘の奴、やるじゃん」
「二人でデートした時の写真をいつも送り付けてくるの」
「俺達も負けてられないな」
「別に張り合わなくてもいいわ」
「温泉旅館で写真いっぱい撮ろうな」
「嫌よ。恥ずかしい」
そんな会話をしているうちに無言になった。そして次第に眠気が襲ってきて、俺はいつの間にか眠ってしまった。
「優斗、着いたわよ」
ひなに肩を揺すられて目が覚める。
「んっ……。着いたのか」
バスを降りて、そこからタクシーに乗り込んで温泉旅館へ行く。
「お客さん。カップルですかい?」
タクシーの運転手のおじさんが馴れ馴れしく話しかけてくる。
「ん。まあそうですね」
「かー、若いっていいなあ。俺もあと三十年若かったらなー」
「今でも十分若いですよ」
「あはは。嬉しい事言ってくれるね。こう見えてもな、昔はイケメンタクシードライバーって言われてたんだぞ」
「ははは」
陽気な運転手のおじさんとの会話を楽しみ、温泉旅館に到着した。受付に行って豪華ペアチケットを渡すと、普通にそれを受け取って部屋に案内してくれた。
「よかった。ちゃんとチケット使えて」
「これで使えなかったらお笑いよ」
「いやー、ドキドキしたな。ほんと」
そこで俺は、今更気が付いた。
「あ、そうか。ペアチケットだから同室なのか。ひな、ごめん。嫌じゃなかった?」
「今更?別にいいわよ」
そうか。今日はひなと一緒の部屋で寝るのか。そう思うと、俺の心臓は急にドキドキしてきた。荷物を置いて寛ぐ。
「ああー、やっぱり畳の部屋は気持ちいいな」
「そうね」
「ひなの家には畳はないの?」
「ないわね」
「そうなんだ」
「優斗の家には?」
「うちもないな」
「なら畳の部屋で寝るのって特別な感じね」
「そうだな」
それからテレビを点けた。特に面白い番組はやっていなかったけど、なんとなくダラダラと過ごした。
「せっかく来たんだし、温泉行かない?」
ひながそう言うので、温泉に行く事にした。
「そうだな。せっかく来たんだし、テレビ見るんじゃ勿体ない。入ろう」
着替えとタオルの用意をして、それぞれ男湯と女湯の方に行く。
「それじゃ、また部屋でね」
「うん。また後で」
脱衣所に行くと、あまり人はいなかった。二人か三人、お爺さんがいるだけだった。やっぱり平日だからのんびりできるな。ひなもゆっくりできてるかな。そう思いながら服を脱いで、温泉へと入った。中の大浴場は、とても広かった。ジェットバス、薬湯、源泉かけ流しの温泉、打たせ湯、サウナ、水風呂、露天風呂。設備も充実していて、とても気持ちがよかった。中でも特に気持ちよかったのは露天風呂だった。顔には風が当たって涼しくて、身体はポカポカしている。入った瞬間、思わず声が出た。それくらい気持ちが良かった。
温泉を十分に堪能した後、自販機でスポーツドリンクを買って飲んだ。体全体に染み渡っていく感じがたまらない。浴衣に着替えて脱衣所に設置してある扇風機に当たって少し休憩して、ついでに売店に寄ってお菓子を買って部屋へと戻った。部屋に戻ると、ひなはまだ出てきていなかった。お菓子をポリポリと食べながらテレビを見る。平日の夕方だから大した番組はやっていない。午後四時のニュースを見ていた。すると部屋のドアが開き、ひなが戻ってきた。
「良いお湯だったわ」
「ああ。最高だったな」
「夕飯までのんびりする感じね」
「うん。部屋食だから係りの人が部屋まで持ってきてくれる事になってるな」
「そう。楽でいいわね」
それから二人でのんびりと過ごしていると、夕食の時間帯になった。部屋のドアが開き、係りの人が料理を持ってきてくれた。
「うわあ、凄いな」
「美味しそうね」
その懐石料理は、野菜と豆腐を使ったさっぱりとした料理からお刺身、牛肉のしゃぶしゃぶ等、豪華な内容とボリュームだった。
「いただきます」
「いただきます」
二人で懐石料理に舌鼓を打った。
「肉がめっちゃ柔らかい」
「お刺身も美味しいわね」
料理を堪能した俺達は、満腹になってしばらく動けなかった。ボリュームも多かったので、少し休憩が必要になった。
「あー、食べたなー。動けるようになったら、また温泉に行ってくるよ」
「そうね。私も後で温泉に行こうかな」
二人でテレビのバラエティー番組を見て過ごす。お笑い芸人のギャンブルを辞められないエピソードなんてどうでもいいけど、面白おかしく話すエピソードについ見入ってしまう。
「そろそろ温泉に行ってくるわ」
「あ、そうだな。俺も行ってこよう」
テレビを消して再び温泉に入った。男湯は昼間よりも人が多かったが、そこまで気になる程の人の数ではなかった。
風呂を上がり、自販機でフルーツ牛乳を買う。冷たくて甘いフルーツの味が体中に染み渡った。部屋に戻ると布団が敷いてあった。係りの人が部屋に入ってきて敷いてくれたのだろう。隣同士に並ぶ布団を見て、今日はひなとここで一緒の部屋で寝るのかと思うと、急になんだかドキドキしてきた。
ひなが部屋に戻ってくると、ひなも布団を見てなんだか緊張しているような顔をしていた。同じことを考えていたのかもしれない。でも俺は何でもない平然を装って
「おかえり」
とひなに声をかけた。するとひなは
「うん」
と一言だけ言った。
それから二人して夏休みの宿題は進んでいるかとか色々な話をしているうちに、時間も経って寝る事にした。電気を消して布団に入った。目を閉じてしばらくして俺は、ひなに声をかけた。
「ひな。起きてる?」
「起きてるわよ。何?」
「……今度は、ひなの事を悲しませたりしないようにするから」
「悲しむ?別に悲しまされたことなんてないけど」
「そう……か。ならいいんだ。忘れてくれ。おやすみ」
「おやすみ」
俺は寝ながら考えていた。なぜ初恋サービスを使ったのだろう。一体どうして。ひなに嫌われるようなことをしたんじゃないのか。それとも俺がひなの事を嫌いになるような出来事があったんじゃないか? 何か、何かあったはずなんだ。そうじゃなければ初恋サービスなんて使う事はないはずだ。記憶、どうにかして戻らないだろうか。でももし記憶が戻ったら、俺はひなの事をまた好きでいられるのだろうか。そんな事を考えながら目を閉じているうちに、俺の意識はなくなり、眠ってしまった。
朝になり、目が覚めた。俺が起きると、すでにひなは起きていて、着替えも済ませていた。
「おはよう」
「やっと起きたのね。夏休みだからってダラダラ寝てるから朝起きれないのよ」
「いいじゃないか。夏休みなんだから」
「規則正しく起きるようにしないと、学校始まってから大変よ」
「まあそうだな。少しずつリハビリしていくよ」
俺も服を着替えてから、二人で朝食を食べた。朝食はビュッフェだった。目覚めの珈琲も飲んでスッキリして、二人で売店を見てお土産を選んだ。
「なあ、ひな」
「何?」
「愛美ちゃんへのお土産は、何にしたんだ?」
「お饅頭よ。チョコレートの」
「へえ。じゃあ俺も雅弘へのお土産、それにしようかな」
お土産を買って旅館を出た。それからタクシーに乗って、帰りのバス乗り場へと行った。偶然にもタクシーの運転手のおじさんは、昨日乗せてくれたおじさんと同じ人だった。
「楽しかったかい?」
と聞かれた。
「最高でした。また来たいです」
と答えると、地元を褒められて誇らしかったのか、運転する途中で鼻歌を歌い出した。
バス停に着いて高速バスが来るのを待っていると、時間通りにバスが来た。荷物を乗せてバスに乗り込んだ。一番後ろの席が空いていたので、一番後ろの席に座った。それからは続々と人が乗ってきて結構混んできた。バスが発車してしばらく走っていると、前の席に座っている赤ちゃんを連れたお母さんがいて、赤ちゃんが大声で泣き出した。お母さんは、慌てて周りの人達にすみませんと謝っていて、赤ちゃんを泣きやませようとするが泣き止まない。お母さんのもしかしてという声が聞こえ、覗くと、赤ちゃんがおしっこをしていた。
「ごめんねー。気持ち悪かったね。今オムツ変えるからね」
なんでもない日常の光景の中の一つなのに、俺はそれを食い入るように見つめていた。あれ、どうして。なぜだ。なぜ俺は、こんな光景を夢中になってみているんだ。一体どうしてだ。そう思うと頭が痛くなってきた。
「うっ……」
「優斗?どうしたの?」
「ちょっと頭痛が……」
「大丈夫?」
その瞬間、目を閉じると視界が真っ白になった。
そして俺は、なぜか制服を着ていた。バスの中、学校へ向かっている。隣には、ひながいた。俺は、ひなと楽しそうに話している。なんだ、なんなんだ。この光景は。
そして俺は、急に無言になり、苦悶の表情を浮かべている。そう思った次の瞬間、周りの人達が嫌な顔をして俺の方を見ている。そうだ。思い出した。俺は学校に行くバスの中で、急な尿意に我慢できず、漏らしてしまったんだ。よりにもよって大好きな人の前で。
そして更にシーンは変わった。電話でひなと会話している。喧嘩しているようだ。俺はひなに馬鹿にされている。幻滅されたと思っている。それをひなに言っても、ひなはそんな事ないと言って否定したが、俺は聞く耳を持たず、ひなも俺を馬鹿にしてるんだろうと言いながら電話を切った。
それから次の日からは、ひなと同じ時間帯のバスに乗らないように時間をずらして早めにバスに乗った。するとバスの中で漏らした時のトラウマが蘇り、気分が悪くなってバスを途中で降りて歩いて学校へ向かった。それから何度バスに乗っても気分が悪くなってしまい、俺はバスに乗れなくなってしまった。このままバスに乗れないなら歩いて学校に行くしかないかと考えながら歩いて帰っていた時、一人の女の子に声をかけられた。
「お困りですか?」
「えっ?」
「バスに乗れない。バスに乗ると気持ち悪くなって吐いてしまう。トラウマですよね。それに彼女にも嫌なところを見られてしまった」
「君は一体……?」
「あなたに初恋サービスを紹介したいと思います」
「初恋サービス?」
「恋愛の記憶を全て消去し、次の恋も初恋になるサービスです。今のあなたにはピッタリだと思います」
「ああ。どうせもう、ひなには嫌われてるだろうからな」
「初恋サービスをあなたの家に送っておきます。使えば楽になるはずですよ」
あの女の子は一体……。
それから俺の元に一通の用紙が届いた。
加藤優斗様
この度は弊社の初恋サービスをご利用頂き、誠にありがとうございます。
弊社のサービスは、お客様の脳から恋愛の記憶を全て消去し、次の恋も初恋になるサービスでございます。いつでも初恋の時のトキメキを感じて頂けるサービスとなっております。お客様が初恋ライフを楽しんで頂ける事を心より願っております。
株式会社初恋。
俺はその用紙を見て案内に従い、初恋サービスの電話番号に電話をかけた。
「これを使えば……。俺はひなの事を忘れる……」
そして、最後の未練として、ひなとのツーショットの写真一枚だけを残して、メッセージのやりとりや思い出の写真を全て消去した。
「うっ……ううっ……」
「優斗?優斗、大丈夫?」
俺は気が付くと、心配するひなの隣でうずくまっていた。
「ひな……。俺……」
「大丈夫?運転手さんに言おうか?」
「俺、思い出したんだ」
「思い出した?」
「ああ。俺がどうして初恋サービスを使ったのかを」
「思い出したの?」
「ああ。俺がバスの中で我慢できずに漏らした事、覚えてるか?」
「うん」
「それでひなに馬鹿にされてるって思って、嫌われてるって思って、俺が一方的に怒って喧嘩しただろ」
「うん」
「それで俺、それ以来、バスに乗ると気持ち悪くなって、バスに乗れなくなったんだ」
「だからバス停で優斗の姿を見かけなくなったのね」
「それで俺は、ひなに別れを告げて、初恋サービスを使ったんだ」
「そうだったの……。でも私、本当に幻滅したなんて思ってないから」
「うん。分かってる。今のひなを見ていると、そんな事ないって思ったよ」
「優斗、全然私の話を聞かないんだもの」
「ごめん。本当に」
俺は自分で勝手に思い込んで、自分で暴走しただけだった。情けないな、俺は。そんな自分が嫌になる。本当に格好悪い。
それからは、さっきまでの頭痛は嘘のように収まった。そしてバスが到着し、帰ってきた。
「ひな。ありがとう。俺の事を嫌いにならないでくれて」
「生理現象なんだから仕方ないわよ」
「そう言ってくれると助かるよ」
「私の誤解は解けたかしら?」
「うん。本当に勝手に怒って暴走してごめん」
「そんなことよりも早く帰りましょ。暑いわ」
「そうだな」
俺達はその日、和解する事が出来た。初恋サービスを使った理由も思い出せたし、これで全てが解決したんだ。本当に良かった。でもあの少女は一体何者だったんだ……。そんな疑問は残ったが、俺は残りの夏休みを満喫するのだった。
数日後に雅弘に会った。会って温泉旅行でのお土産を渡した。
「それでひなちゃんと一緒の部屋で寝たのか?」
「うん」
「おー、やるじゃないか。それでそれで? どこまでいったんだよ」
「な、何もないって」
「ほんとかよ。良い感じになって色々手を出しちゃったんじゃないの?」
「してねえよ」
「なんだ、つまらないな」
「そういうお前は? 愛美ちゃんとどうなったんだよ」
「それは秘密だ」
「なんだよ、言えよ」
「気になるのか?」
「……まあな」
「おー、優斗君。顔が赤いよー。何をエッチな事を想像してんのかな?」
「う、うるせえな。こっちは健全な男子高校生なんだよ」
「ははは。まあそりゃそうか」
「で、どうなんだよ?」
「秘密だ」
「そこまで言ったなら言えよ」
「教えない」
「教えろよ」
「教えない」
「……ったく。まあいいけどよ」
「それで優斗。初恋サービスで消した記憶も戻ったんだって?」
急に真面目な顔に戻った雅弘が言った。
「ああ」
俺は雅弘に詳しく説明した。
「しかし優斗に初恋サービスを渡した女の子って何者なんだろうな」
「俺にもよく分からない」
「連絡先も知らないのか?」
「そうだな。でもなぜか初恋サービスを送っておくといって、俺の住所も知っていたんだ」
「まあ今となっちゃ、その女の子の手掛かりも何もないから詳しい話も聞けないな」
「そうだな」
雅弘と別れた帰り、俺は駅前を歩いていた。人混みの中にぼんやりとだが、あの時の女の子を見つけた気がして慌てて追いかけた。しかし見失ってしまった。
「気のせいか」
俺はそのまま家へと帰った。
それから数日が経ち、お盆の時期になった。父さんと母さんと一緒に、お爺ちゃんの墓参りに行く為に県外へと行った。お婆ちゃんの家に着いて、久しぶりにお婆ちゃんと沢山話した。しかし父さんと母さんは、まだ話す事が沢山あるようなので、俺は父さんと母さんがお婆ちゃんと話している間に、一人で墓参りに行く事になった。
お墓に着くと、女の子がお墓の前に立っていた。うちの墓に何の用事だろうかと思い、話しかけようとしたが、歩いて行ってしまった。結局、後ろ姿しか見えなかった。
「何だろう。あの子。まあいいか。とりあえずお墓の周りを掃除するか」
俺は特に気にする事もなく、お墓の周りを掃除して、お爺ちゃんに手を合わせた。
「爺ちゃん。俺ね、彼女ができたんだよ。ひなって言うんだけど、ひなと一回喧嘩して別れちゃってさ。でも仲直りできたんだ。爺ちゃんが見守っててくれたたのかな? ありがとう」
俺は爺ちゃんが大好きだった。子供の頃、よく爺ちゃんに遊んでもらった。玩具を買ってくれたり、とにかく優しくしてくれた。でも爺ちゃんは、煙草を吸っていた事もあり、最期は肺がんになって亡くなってしまった。爺ちゃんの葬式の日、あの時が人生で一番泣いた事だった。俺が小学生の時の事だった。
墓参りを終えてお婆ちゃんの家へと帰ってきた。父さんと母さんは、変わらず、お婆ちゃんとずっと話していた。話を聞いていると、どうやら父さんと母さんは、お婆ちゃんに一緒に住まないかと提案しているようだった。一人暮らしだと心配だし、歳も歳だからということだった。しかし当の本人であるお婆ちゃんは、まだまだ元気だし、ボケてもいないし、心配されるようなことは何もない。年寄り扱いしないでくれと言っていて、話がなかなかまとまらないでいたのだ。結局、父さんと母さんが先に折れて、今回も見送りとなってしまった。
それから夏休みの日々は過ぎていき、あっという間に夏休みは終わってしまった。今日から学校だと思うと、テンションが下がってきた。また毎朝起きて学校へ通わなくてはならない。でも毎日、ひなと一緒に通学できる。それだけが唯一の楽しみで、学校も悪くないかもと思えた。
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