初恋サービス
富本アキユ(元Akiyu)
第1話 また君に初恋してしまった
加藤優斗様
この度は弊社の初恋サービスをご利用頂き、誠にありがとうございます。
弊社のサービスは、お客様の脳から恋愛の記憶を全て消去し、次の恋も初恋になるサービスでございます。いつでも初恋の時のトキメキを感じて頂けるサービスとなっております。お客様が初恋ライフを楽しんで頂ける事を心より願っております。
株式会社初恋。
「……なるほど。どうも最近の記憶が曖昧なのは、俺がこのサービスを利用したからか」
つまり俺は、どうやら恋愛をしていたらしい。だが俺には、その記憶はない。自分で消したからだ。きっと消したいと思えるほど辛い恋愛だったのだろう。ならば恋なんてしなくてもいい。そう思っていた。でも俺は、毎朝同じバス停でバスを待っている女の子に一目惚れし、恋をした。俺の初恋だ。
あれは、太陽の照り付ける夏の暑い日の事だった。期末テストも終わり、気が抜けてホッと一息していた。もうすぐやってくる夏休みまで残り数日。半日授業が続く日の事だった。俺はその日、思い切って彼女に声をかけた。
「あのっ!!」
「何?優斗」
「えっ?どうして俺の名前知ってるの?」
「何言ってるの。先週まで私達、付き合ってたでしょ」
「つ、付き合ってた?」
「あんたが私の事を振ったんじゃない。何?ボケてるの?」
俺がこんな美人の子と恋人だった?
しかも俺の方から振ったって?
そんな馬鹿な。そんなはずがない。あり得ない。
だが至って真面目な顔をして彼女は言った。そうだ。きっと事実なんだ。俺が初恋サービスを利用したから、彼女の事を忘れているんだ。この場はとりあえず、彼女に話を合わせておいた方がいい。
「そ、そうだよな。あは……あはは」
「何よ。用がないなら話しかけないでよね」
そして彼女は、スマホをいじり始めた。バスが到着し、乗り込んだ。
バスの中で彼女を見ていた。あの制服、龍賀城女子の制服か。お嬢様学校だよな。
しかし、どうして俺の元カノが龍賀城女子の生徒なんだ?
初恋サービスで彼女の記憶を消したから全く記憶にない。一体、俺と彼女にどんな接点があって恋人になったっていうんだ。あれこれ考え続けてモヤモヤした気持ちのまま学校に着いた。教室に入ると、俺は友人である沖野雅弘の席へと行った。
「なあ、雅弘」
「おう。どうしたんだ?」
「俺が付き合ってた子の事知ってる?龍賀城女子の生徒の」
「あ?ひなちゃんがどうしたんだよ」
「ひな……ちゃん?」
その名前に、心当たりはなかった。初めて聞く名前だった。
「お前の彼女っていえば、ひなちゃんだろ。何度お前に惚気話を聞かされたことか」
「詳しく教えてくれ!!」
俺は席に座っている雅弘にグッと顔を近づけた。
「ちょ、ちょっと待てよ!!近ぇ。近ぇよ!!何だよ、どうしたんだよ」
「実は……」
俺は雅弘に初恋サービスで恋愛の記憶を全て消した事、毎朝同じバス停でバスを待っている女の子に一目惚れして恋をして、思い切って彼女に声をかけた事を話した。
「……ぷっ。あははは!!あははは!!」
「な、なんだよ」
「マジかよ。何だよそれ!!そりゃ、お前。色々ツッコミどころが多すぎるだろ。初恋サービスなんて変なサービスがあるのも初めて聞いたし、別れた元カノにまた一目惚れするなんて、そんな面白い事聞かされたら笑わずにいられるかよ」
「笑うなよ。こっちは真剣なんだ」
「いや、でもよ。俺はお前がひなちゃんと別れた事も知らなかった。今知ったさ。あんなに自慢してた彼女なのに、自分から別れを切り出したって?嘘だろ?あんなに可愛い子を。俺には信じられない」
「俺も信じられないよ」
「それでどうするんだ?消してしまった記憶」
「どうしようか……」
「お前のスマホに何か手掛かりになりそうなもの残ってないのか?」
俺はそう言われ、スマホを確認した。
しかし俺のスマホからは、情報になりそうなものは、何も見つからなかった。
おそらく全て俺が初恋サービスで恋愛の記憶を消す前に、全てのやりとりを削除してしまったのだろう。唯一残っていたのは、画像フォルダに二人で自撮りした写真が一枚だけだった。どうやら雅弘の言うとおり、俺が彼女と付き合っていたというのは、本当のようだ。
「……写真が一枚だけ残っているだけだ」
「あらま。ご愁傷様。まあお前が自分で消したんだろうな」
「なあ、雅弘。お前が知ってるひなちゃんの事、教えてくれよ」
「名前は水川ひなこ。十七歳。龍賀城女子の二年生。俺らと同い年」
「龍賀城女子の子と俺は、一体どうやって知り合ったんだ?」
「愛美ちゃんの事は、分かるか?」
「ああ。笹山愛美。龍賀城女子の子で、去年のうちの文化祭に来た子で、その時に知り合いになった」
「愛美ちゃんの事は覚えてるのに、ひなちゃんの事は、何も分からないのか?」
「全く」
「本当にひなちゃんの事の記憶は、すっぽり抜け落ちてるのな」
「それで愛美ちゃんがどうしたんだよ。何の関係があるんだ?」
「愛美ちゃんがひなちゃんを連れてうちの文化祭に来たんだよ」
「そう言われてみれば誰かと一緒だった気がするけど、全く思い出せないな」
「そしたら、ひなちゃんが急に具合が悪くなって、その場に座り込んだ。そこを偶然通りかかったお前が、ひなちゃんをおんぶして保健室まで連れて行った。それが出会いだ」
「なるほど。そんな事があったかのか。全く覚えていない」
「それで保健室で休んで結局、貧血だったんだが、回復したひなちゃんは、お前に後日お礼をさせて欲しいと言って連絡先を渡した。それからしばらく経ってから、お前からひなちゃんと付き合い始めたって聞いたんだ。そして事ある毎にお前は、うざいくらいに俺に彼女自慢をしてきた。まあ俺が知ってるのは、それくらいだな」
「そうか……」
「なあ。優斗。その初恋サービスで、消した記憶を戻してもらう事はできないのか?」
「そうか。やってみる価値はあるかもしれないな」
俺は学校が終わり、家に帰ってきてすぐに株式会社初恋の問い合わせ先に連絡した。
「お電話ありがとうございます。株式会社初恋でございます」
電話に出た声は、女性の声だった。
「あのっ……初恋サービスを利用した加藤優斗です。初恋サービスで消した記憶を元に戻して欲しいのですが」
「大変申し訳ございません。それは出来かねます。当サービスをご利用される際に、消した記憶は、二度と元に戻せないという事をご説明させて頂いておりまして、加藤様には、サービス利用前にその旨を同意して頂いています」
「そんなっ……じゃあもう消した記憶は、元に戻せないということですか?」
「申し訳ございません。ですが記憶を取り戻す可能性は、全くのゼロではありません」
「可能性?」
「人の脳というのは、今だに多くの部分が解明されておらず未知数でございます。もしかすると何らかの影響があれば記憶が戻る可能性がございます。当社でも稀に記憶が戻ったケースを確認しております」
「そうですか……。ありがとうございました……」
俺は、通話ボタンを切った。
「ダメか……」
部屋のベットの上に倒れ込む。
「水川ひなこ……。ひなこちゃんか……」
俺はそのまま目を閉じて、眠りについた。
次の日になり、俺はいつものようにバス停へ向かった。
バス停に着くと、バスを待つ水川ひなこの姿があった。
「おはよう。ひなこちゃん」
俺は、ひなこちゃんに声をかけた。
「……ひなこちゃん?何よ、その呼び方。きもいんだけど」
「えっ?」
俺は、ひなこちゃんって呼んでなかったのか?
そうか。雅弘がひなちゃんって言ってた。なら……
「ごめん。ひなちゃん」
「だからなんでちゃん付けなのよ」
「ご、ごめん。ひな……」
「それで何か用なの?」
「い、いや、別に……」
「だから用がないなら話しかけないでって言ったでしょ」
「ご、ごめん」
「…………」
「…………」
そこからは、お互い無言になった。そしてバスがきた。
俺がぼーっと立ち尽くしていると
「バス来たわよ。乗らないの?」
いつの間にかバスが来ていて、ひながバスに乗り込もうとしていた。
「あっ……。ああ、乗るよ」
バスに乗り込んで学校へ行った。
学校に着いた俺は、雅弘に声をかけた。
「おはよう、雅弘」
「おう。おはよう。それでどうだった?記憶は元に戻りそうなのか?」
「いや、ダメだった。稀に思い出す可能性はあるらしいが、一度消した記憶は、ほぼ元には戻らないらしい」
「そうか。それは残念だったな」
「なあ。雅弘。俺、ひなに嫌われてるよ」
「あ?そりゃ当たり前だろ」
「うん」
「ひなちゃんからするとフラれたんだから嫌われていて当然だろう」
「でも俺はやり直したいんだよ。ひなの事が好きなんだよ。なあ雅弘。何か作戦はないか?」
「作戦って言ってもなあ。うーん……。俺は、そもそもひなちゃんと接点が少ないんだから出来る事なんて何もないよ」
「そうか……」
「そうだ。だったら愛美ちゃんに協力してもらえばどうだ?」
「愛美ちゃんか……」
俺は、愛美ちゃんに連絡を取る事に決めた。家に帰った俺は、愛美ちゃんにメッセージを送った。
「久しぶり。最近元気にしてる?」
「優斗君。久しぶり。元気にしてるよ。最近、ひなとはどうなの?上手くいってる?もしひなを泣かしたら私が許さないからね」
どうやって話を切り出そうかと考えていたが、向こうから話を振ってくれた。ありがたい。
「実は、その……ひなを怒らせたかなって。それでさ、なんで怒ってるのか心当たりがないんだ。愛美ちゃんからひなに上手い事聞き出してもらえないかな?」
「えー、そうなんだ。そっかそっか。いいよ。協力してあげる。また連絡するね」
メッセージのやりとりは、ここで終わった。
次の日になり、俺はバス停に向かった。バス停には、すでにひながいて待っていた。すると珍しく、ひなの方から話しかけてきた。
「昨日、愛美に何か言ったの?」
「ああ。元気にしてるかなって」
「そう」
ひなはそう一言だけ言うと、やってきたバスに乗り込んだ。
学校に着き、雅弘に声をかける。
「それで愛美ちゃんから連絡はあったか?」
「いや、ないな」
「良いアイデアを思いついたんだ」
「どんな?」
「俺と優斗。それからひなちゃんと愛美ちゃんの四人でダブルデートするんだ」
「それ、お前が愛美ちゃんとデートしたいだけだろ」
「まあいいじゃないか。俺は愛美ちゃんとの仲が深められて、お前はひなちゃんと仲直りできる。一石二鳥で素晴らしいアイデアだと思わないか?」
「まあな……」
「その為にお前から愛美ちゃんを誘って欲しい。な?頼むよ、優斗」
「わかったよ」
雅弘は愛美ちゃんの事が好きだ。前々から可愛いと言っていた。しかし接点がなく、連絡先も知らない。こういう機会でもない限り、愛美ちゃんと仲良くなるきっかけがないのだ。
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