第13話 帰るべき場所
雑用係に任命されてから一週間ほど経過した。
用意された部屋は快適だし、娯楽としては異星人のデータ化された書物を閲覧したり地球のネットも自室のテーブルの上の立体映像を発生させる装置で楽しめた。
度肝を抜かれたのはキーボードやマウスの代わりに、声や思考を読み取り、自動で操作を行うことが可能で、操作の練習代わりに過去の怪獣映画を拝見した時は、迫力のある映像に感動した。
組織の使い走りとして一週間基地で過ごす内に分かってきたこともある。
この怪獣基地の名前は組織名と同じヒュドロスと呼ばれている。何万年も前から異星のおとぎ話に出てくる銀河を喰らって新たな世界を創造した怪物の名前らしい。どうやら、ボスはその怪物が実在したと信じているらしく、下手にヒュドロスの話を訊ねるものなら、何時間だって付き合わされるので要注意だとライアに教えられた。
怒涛の日々だったが、少しずつヒュドロスでの日々を日常として考え始めた頃、僕は唐突にボスに呼び出された。
場所は艦橋、地球の船と同じくこの怪獣基地の中枢でありヒュドロスの頭の部分に位置する場所。比喩的な意味ではなく、本当に大怪獣ヒュドロスの頭部に位置していた。
こんなあからさまな場所に基地の脳みそとも呼べる役割を置いていても良いのかと疑問を考えるも、これもロマンだと言われてしまえば僕は納得してしまうのだろう。
艦橋――ブリッジは学校の講堂ぐらいの広さはある。天井も広く、上の階層と下の階層で役割を分担された者達が交代を挟みつつ常駐している。
様々な機器がフロアのあちこちに置かれたブリッジでは、踊り場のように上のフロアと下のフロアを階段で繋がり、各フロアには例のスーツを装着した数名の人員が手元のパネルやボタンやレバーを操作していた。その中でも忙しそうにしていたのは、頭部にヘッドセットを装着している連中の一部はどこかに指示を送っているようだった。大半のメンバーは青色の全身スーツを着た雑用係のようだが、ブリッジ中央の階段の間に位置する一番機械類の少ない椅子に座るボスの隣にはルローサ、それからファリネが脇を固めていた。
近づいた僕をルローサがウインクで応じ、三人に会釈をした。
「お呼びでしょうか」
「うむ、ヒイロの噂は耳にしている。順調そうだな」
「きっと教え方が上手なのでしょう」
「はっはっはっ、これが謙遜というやつか。だが、今の働きならちゃんとした幹部になる日も近い。丁寧なのも良いが偉そうにする練習もしておくんだぞ」
部活の先輩のようなノリでボスはコノコノーと肘で突いてくる。
相変わらずフランクなボスから自然に距離を離しつつ、ここに呼ばれた理由を求めた。
「……ところで、どうして僕を呼んだのですか」
軽く咳払いをしたボスは襟を正す。
「これからヒイロには、重要任務を任せたい」
「ボスのお気に入りの映像作品の録画とか地球で買ったプラモデルの仕上げを手伝わせたりさせるんですか? あれ、終わってないんで僕の部屋にプラモデル積まれているのですが……」
「おいおいおい、ははははー何の冗談かなー。あ、もしかして疲れてる? 我の権限使って長期休暇でも取っちゃう?」
強張った笑いを発するボスをルローサとファリネが白い目で見ていた。
「ボス、陰でこそこそ何をやっているかと思えば……新入りにそんなくだらないことをさせていたのね……」
「ち、違うわい! 遊んでいた訳じゃなく、地球の文化レベルを調査していたいんだよ!」
必死に弁解するボスからは、僕が当初感じていた威厳はとっくに消えていた。きっとこの親しみやすさが軍団を円滑に進めているのだろう。
こうしたやりとりは慣れっこなのか、ルローサはさっさと話を再開した。
「ボスが児戯を嗜むのはみんな知っているわ」
「ソウダ、ワレハサイミンヲウケ、ヒイロニ、シゴトヲタノンダ」
「私に洗脳されたフリをしないでくださいまし、これ以上催眠術イジリを続けるつもりなら、全力で催眠を施して全裸で基地内を走り回らせますよ?」
「悪かった、許してくれぇ!」
あっさりと頭を下げるボスの人柄を感じると同時に、すぐに謝罪をするボスの威厳のなさに少しだけ幻滅してしまう僕が心の中に居た。
これ以上情けない姿を僕に見せないでほしいので、僕はこのやり取りを途切れさせることにする。
「えーと……そろそろ、重要任務とやらを教えていただけませんか」
「そもそも、ヒイロがあんなことを言わなければこんなことにはならなかったんだぞ! 弁当からおかず抜くぞ!」
「はいはい、こういうやりとりは休憩時間にやりましょうねー」
幼稚園の先生がごとくルローサにたしなめられたボスは渋々と本題に戻った。
「実はな……この間襲撃してきた連中の正体が判明した」
「あの連中が!?」
「直接戦闘しただけあって食いつきが違うな。場数を踏んできた奴にはない新鮮なリアクション、正直嬉しいぞ」
「また脱線しちゃうんで、そういうのいいんで」
「わかったわかった、ルローサの視線も怖いんで話を戻す。えーと、どこまで話していたかな、あー……想像していた通り奴らは地球人だ、我らのような地球外からやってくる侵略組織と対抗する為に結成された地球防衛隊ということになっているらしい。その名は、ブルーガイア」
「また大層な名前を付けてますね……」
「ガイアというのは神話の神様の名前らしいな。困った時に分かりやすい偶像に祈り仮初めの名前を借りるのはどこの星も同じだよ」
「うちの組織の名前もそんな感じだもんねー」とファリネが言えば、助けを求めるようにボスがこちらを見つめてきたので目を逸らしておくことにする。
「冷たいっ! 思春期の子供持った親の気分だよっ」
めそめそと泣き真似をするボスを無視して、話の続きを求めた。
「あのロボットの正体も分かったのですか?」
「工作員からの情報によると、やはり前々から異星人との交流が行われていたのはほぼ確定だ。予言でもしていたのか、来たるべき日に備えてあのマキナソルジャーを製造していたらしい」
「ブルーガイアに潜入しているのですか」
「いや、地球のテレビとラジオとネットで普通に言ってたらしい。我も半信半疑で調べてみたら、地球のネットニュースやラジオ、何ならバラエティ番組に操縦者達がゲスト出演していたぞ。さらには、テレビで流れる映像は我らを翻弄している都合の良い映像に編集されているがな」
「知らなかった……」
「ニュース見ろ、ニュースをな」
好きなものだけ見たくて、テレビなんて鼻から否定し、まともにニュースを見る習慣がない僕は世間がそんな珍事になっているとは予想もしてなかった。僕がここにやってきた日の事が気になり、自分が行方不明者の一人になったニュースのを目にしたぐらいだった。だけど、面白い地球の映画、ドラマ、アニメ、漫画を僕に選ばせる仕事をプライベートな時間に頼んできたボスには言われたくない。
思いっきりプロパガンダに利用されいるブルーガイアには、今のところ正義の味方らしい矜持は感じられない。そもそも、悪も善も戦う者達は行動で示すものだ。結果が存在意義であり、それが善悪の境界を明確にするのだ。せっかく僕の前に現れた敵が、こんな大衆向けヒーローなんて怒りを覚える。それはそれとして、
「お言葉ですが、潜入工作員の役割を果たしてないですよね。地球のラジオやテレビなら見ようと思えば見れますよね」
「はあ? その簡単に見れるものを見なかったのはヒイロの方なんですけどー」
「子供ですか……」
「部屋で子供向けのアニメや特撮番組見ているヒイロには言われたくないですー」
「勝手に僕の履歴を覗かないでくださいよ! そういう事を言うなら、ボスが僕に頼んでいた仕事の内容をぶつまけますよ」
「あ、言い返しちゃう? 反乱じゃないこれ? ボス権限でヒイロのことアレしちゃうよ、アレ」
また話が脱線しそうになる雰囲気を察したルローサが、これ以上話が広がらない内に元の話題に修正する。
「いつまでもだらだらと雑談はやめてください。……工作員はヒョウリと他二人の雑用係。ブルーガイアの主な活動拠点が地球の日本だと考えられていることから、日本の地域をエリア分けして任務にあたってもらっているわ。工作員なんてボスは格好つけて呼んではいるけど、現地に紛れ込んで生活しているだけにすぎないのよ。異星人である以上は、あまり大きな動きをし過ぎると敵に気付かれてしまう。……そこで、現地の事をよく知るヒイロには工作員達の応援に向かってほしいのよ」
「応援……あの、僕は何をしたらいいんですか」
「元現地人として内情の調査及び、敵基地の調査を行ってほしい」
幹部であるヒョウリが自ら潜入していることも驚いたが、この間まで一介の学生だった僕に何ができるというのだろう。気付けば、僕らしくもない素直な疑問が口をついて出ていた。
「僕にできることはあるんでしょうか……」
「ハーハッハッハッ! 珍しく泣き言を言う奴だな、初めての重要な任務に腰が引けるのも理解できるが、あえて大丈夫だと言っておこう!」
「その根拠は?」
高めのテンションから凄い無茶な理由でも聞かせられるのかと思っていたが、考えていたよりも冷静にボスは語った。
「ああ見えてもヒョウリとリュミカは戦闘面には長けているし単身で潜入し情報を集めた経験は何度もある、基本的な能力も高いが二重人格が潜入の不安や葛藤をうまく中和してくれるんだ。それにヒイロの仕事ぶりから考えるにお前は物覚えも突発的な状況への順応性も高い。そもそも、現地人というだけでも有利に働く場面が多い、以上の点から二人で潜入するのが相応しいと考えたのだ」
(おお、意外と……)
「……意外とちゃんと考えているんですね」
と、僕の心を代弁するようにルローサが驚いていた。
※
――翌日、僕はテュルフィングに搭乗する為に格納庫へ向かっていた。
目立つスーツは襟の部分のボタンを押すことにより、収縮し腕時計の形の変形した。手動操作ではもちろん突発的な危機的状況でもすぐに装着できるようになっている。さながら気分は人間に擬態した変身怪人だ。このスーツを着ていると長年の悪の軍団側に入団して俺つえー状態で大暴れする僕の妄想が何度も脳裏を掠める。コスプレ趣味はないが、アニメキャラの格好をする人達はこんな気持ちを味わっているのだろうか。
格納庫に到着した僕を待っていたのは頼もしき仕事の先輩であるライアとミルヴィアだった。
「二人ともお揃いで……どうかしたんですか? もしかして、何か仕事のミスでもありましたか」
「もう妙に真面目なところあるんだから……違うわよ。大変な任務を頼まれたて聞いたから挨拶に来たのよ」
くすくすと笑うミルヴィアとライアはそっぽを向いていた。しかし、すぐに僕はライアの視線がテュルフィングに向けられていることに気付いた。
「僕の機体が気になる?」
「……き、気にならないよ。ただ、ヒイロにはもったいない乗り物だと思っただけ」
心の距離が少しでも近づいたかなと思っていたが、まだまだライアとの打ち解けるには時間が掛かりそうだ。
何がそんなにおかしかったのかミルヴィアは堪えきれずに笑い出した。
「もう、ライアちゃんてば何を言っているのかしら。ヒイロの事が心配で、他の人には任せられないからて自分からテュルフィングの整備を名乗り出たんでしょ。こういうことは素直に言っといた方がいいわよ」
この格納庫に爆弾が投下されたような気分だった。ライアの両肩が電流でも流されたかのようにぶるぶる震えていた。
「ラ、ライア……」
「お、お姉ちゃん。何を言っているの……わた、私は……ボスに頼まれたから仕方なくやったはずよ……」
「仕方ない!? あれが仕方ないて雰囲気じゃなかったわ! もう凄く必死で、あんなライアちゃん久しぶりに見たからお姉ちゃん嬉しくなっちゃった。ライアちゃんのこと、応援しているからね!」
「あ、あ、あ……あぁぁぁぁぁぁぁ……」
頭を抱えてうずくまるライアは細い声を長く唸らせていた。掛ける言葉が見つからず、僕はただ感謝の言葉だけは告げなければいけないと思った。
「この状況はミルヴィアが悪いことは分かるが」
「え、何で!?」と本気で分かっていない様子のミルヴィアを放置して、僕はライアの肩に手を置いて膝を曲げてから話しかけた。
「ありがとう、心の底から嬉しいんだ。僕の為に何かをしてくれた人なんていなかったから、本当に嬉しい気持ちで一杯だ。でも、こんな時に何て言っていいか分からない……。だから、僕は行動で感謝を示してみせる……ライアが整備してくれたテュルフィングを大事に使うよ」
伝えたいことは伝えられた。僕はライアから離れる前にミルヴィアに軽く頭を下げて、テュルフィングの操縦席に向かった。
この間の初出撃と初戦闘の後からは一度も操縦していなかったが、僕のいじられた脳はあっさりと操縦方法を思い出させてくれた。長年操縦していた愛機のように操縦桿の周囲を撫でて僕は座席に腰かけた。
「久しぶり、フィン」
『おかえりなさい、マスター。既に作戦概要は私の方に登録済みです。作戦を円滑する為に、最大限の補助をさせていただきます』
「調子はどうだ」
『前回の出撃と同じ作戦を遂行しろと命令されるなら、あの時以上の戦果を叩きだすことは確約できるでしょう』
「当然の結果だろうな、最高のメカニックが整備してくれたんだ」
『帰還の際は、是非今一度メンテナンスを依頼したいメカニックですね』
「僕もちょうどそう考えていたところさ、帰ってきたら頼んでみるよ。僕の何倍もテュルフィングを完ぺきに仕上げてくれるはずだ」
コックピットのハッチを閉じようとした刹那、影が一つ飛び込んできた。
「わっ――! て、ライア?」
驚愕している僕の胸に顔を埋めるようにのしかかってきたのはライアだった。機械の体になっているせいか、びっくりはしても実際はほとんど重さは感じない。
「ヒイロ、言いたいことまだあったよ」
首を傾げて金を掛けたコスプレ衣装のようなライアの顔を見つめたその時、おもむろにライアは首元に手をやると人差し指で首根っこの部分をタップした。すると、シャッターが開くようにガラガラとヘルメットの顎の辺りから後頭部に駆けて開放された。
「ラ……イ……ア……?」
今度こそ驚きで言葉を失うことになった。
目の前には僕のよく知っている地球人の女の子に酷似した種族の少女の顔があった。紅色の髪色は毛先が軽くカールしており、ロングヘア―までにはいかなくてもそれなりにボリュームのある髪が僕の前にふわりと揺れた。仕事用なのか普段からなのか、髪の左右はツインテールにする為に二つのリボンで結ばれていた。それと、恥ずかしながら言葉を失ったのはもう一つ理由がある。地球では一度もお目にかかることなかった、美少女がそこには居た。
「私もヒイロに近い種族なんだ。恥ずかしいから顔は出したくなかったけど……今はヒイロに見てほしいと思うから……どう思う?」
歯の浮くような言葉は嫌いだったが、僕の心を鷲掴みにするような強い衝動の前にはそんな安っぽいプライドは容易く砕けた。
「――凄く綺麗だよ」
こちらが申し訳ないと思ってしまうぐらい顔を紅潮させたライアは僕の胸に両手を当てて、力を強く入れて離れていった。
離れる瞬間、ライアはべぇと小さく舌を出して操縦席の外に消えていった。
※
妙な高揚感と共に出撃した僕は、ヒュドロスが発生させている濃い雲の中をフィンのナビゲーションと共に進んでいた。
『どうかされましたか?』
「へ」
『先程からマスターの心拍数が酷く不安定です』
「ご、ごめんな、少しぼぉとしていたみたいだ」
『まだ時間があります、しばらくお休みになられますか。ご希望でしたら、地球製の音楽をいくつか用意しています』
「いや、音楽はいいよ。でも、まあ……うん、やっぱり少し休むよ」
目を閉じ、操縦席内部の灯りは暗くなる。薄闇の中、僕の心の中には可愛らしく舌を出した最後のライアの姿が消えずに残り続けた。
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