第12話 雑用係の姉妹達

 「ま、まさか……こんな体育会系だったとは……」


 雑用とはいえ、初陣を飾った僕にはそれなりに責任のある仕事があてがわれると思い上がっていたことは認めよう。しかし、あえて地球風にしようというボスの心遣い(?)により、モップとバケツ、それから多量の雑巾を渡された僕は幹部達のマキナソルジャーをなんと手作業で清掃することになった。この過酷さから、気に障ることをして罰を与えられたのかと考え込んでしまったぐらいだ。


 格納庫のマキナソルジャーの脇のリフトに乗り込み上に下にと覚えたてのレバーを操作しつつ、隅々まで掃除することになったのだが、これがなかなかの重労働だった。アルバイト程度はやってきたが、こんなロボットの清掃なんてしたことがない。強制的にインプットされた最低限のマキナソルジャーの知識を教えてくれているが、それでも肉体を使う以上はうまくいかない。要領が悪く、頭でかったちになっているのだ。


 不幸中の幸いとして疲れ知らずの僕の肉体に感謝しながら作業を続けたものの精神的な疲労がピークに達していた。精神面が肉体に影響を与える場合があるとペッサラは説明していたが、まさかマイナス方向にも影響を与えるとは予想外だ。

 底の知れない己の肉体に施された科学技術に仰天しつつ、目の前のマキナソルジャーに悪戦苦闘していると、


 『ピンポンピンポーン! 皆さーん、休憩時間ですよー! 団員の皆さんは速やかに仕事を中断し、食事休憩を取ってくださーい』


 間の抜けたミルヴィアの一声が格納庫のスピーカーから響き渡った。

 どこか安堵した気持ちになるが、僕は何を肩の力を抜いているんだとたるんだ気持ちに喝を入れる。

 自分の想定していた以上に清掃の終わっていない状況で休憩なんてしてられないと思い、一度は置いたモップを握ろうとしたその時だった――。


 「――なーにやってんですか! ヒイロさん!」


 手に金属製の箱を持ったミルヴィアが慌てた様子で走ってきた。


 「いえ、半日も使って半分も終わっていないので、仕事を続けようかと……」


 「だめだめ! ダメですってば! この軍団にも決まりがあって、ボスの決めた時間内はちゃんと仕事を休むように厳守されてるんです!」


 「安心してください、どうやら僕の体は頑丈にできているみたいなんで、一食や二食、下手したら数日抜いても生きていられるようにはなってみたいなんですよ。それに下っ端なので、時間いっぱい仕事させてください。こういう時に他の人達以上に労働をするために、こういう肉体に改造されたようなものですから」


 「だーめ! それでも、決まりです。さあ、お昼持ってきたので、食べてしまいましょう! それに、どれだけ肉体を改造していても、心の疲れは簡単には取れませんからね!」


 「しかし……」


 さすがのミルヴィアにもボスの言いつけは譲れないのか、僕の手に持ったモップを強引に奪うと代わりに僕の手を引っ張った。


 「決まりです、それにここで無理をしても仕事効率が落ちるだけですからっ。それと、お休みの日は仕事禁止ですからね、いいですか!」


 「定期的に休みまであるんですね……」


 (悪の軍団よ、どれだけホワイト企業なんだ……)


 「ちなみに、休日のおすすめの過ごし方は、侵略中の星のサブスクを視聴することですね。これが中々面白いんです」


 「は、ははは……」と、引きつった笑い声が出た。


 その趣味なら、あまり目新しい発見はなさそうだ。


          ※



 ミルヴィアに連れられて向かった先は、格納庫の角の部屋だった。

 入室すると広いテーブルを囲むようにいくつか椅子が置かれていた。椅子とはいっても、地球でよく見る椅子とは少し違い、ジェル状の背もたれに肘置きの部分にはマッサージチェアのようにボタンがいくつか設置されていた。しかし、それより目を引くことはある。


 「ど、ども」


 じぃと非難するようにも思えるLEDライトのような二つの眼差し向けるライアが部屋の隅に座っていた。テーブルの上には、ミルヴィアが持っていた金属の長方形の箱が置かれていた。

 扉の所でどうしていいか躊躇している僕の背中をミルヴィアが押しながら入って来た。


 「さ、入りましょう。ここが格納庫用の休憩室になってます。今日は私達三人だけなので、のんびり使えますね」


 「え、格納庫用てことは……」


 「はい、雑用係の仕事場は各仕事内容に応じておおまかに区分けされており、労働する者達の疲労と作業効率を考えて仕事場付近に休憩室は用意されています」


 「ボスは部下を大切にしているんですね……」


 「ええ、ボスは宇宙で一番働きやすい悪の組織を目指しているそうです。悪の軍団の陰鬱なイメージを払拭したいというボスの想いを私達姉妹は応援したいのです。目指せ、働きやすい悪の軍団です」


 促されるままにミルヴィアとライアに挟まれるような形で僕は席に着いた。

 当然のように僕の前にも金属の箱が置かれる。知ってて当然でしょとばかりに左右の二人は金属の箱の蓋を持ち上げると、箱の中には米らしき物とおかずらしき物が詰め込まれていた。これは明らかに弁当だ。なのだが、野菜が妙に明るい色だったり肉が強い黄色だったり濃い赤色だったりするので、さあ昼食で弁当を食べるぞという気分になるよりも特殊な食材の実験をしているようなおかしな気持ちになってくる。そもそも、こういう焼き色なのか、それとも何かの調味料によってこういうカラフルな色合いになっているのか、実に謎だ。


 二人はどうしているのかと不安に思い、ミルヴィアの様子を覗き見ると、驚くべきことに両手を頭上に上げていた。まさかと思い、隣のライアの方を見ると、なんと彼女も同じように両手を頭上に上げていた。


 「悪の軍団ヒュドロス、イエーイ!」

 「いえーい」


 困惑する僕を置き去りにして、大きな声のミルヴィアと小さく面倒くさそうに声を発するライア。

 挙動不審の僕に気付いたのかミルヴィアは両手を上に上げたままで首を傾げた。


 「何をしているのですか」


 「怖いので、真面目なトーンで返すのやめてください。いや、それはこっちのセリフですよ。質問を質問で返すのは失礼だと承知で言いますが……本当に何をしているのですか」


 「何を……? あ、そういうことですね、まだ知らなかったのですね! これはですね、食事を食べる前に悪の軍団への感謝を込める前に行う挨拶のようなものです。これも決まり事ですね」


 「幹部の連中はやっていないようですが……」


 「あの方達はボスと対等なので、食事前の挨拶は各々の自由になっているのですよ。幹部の方達と食事を供にしていたから、ヒイロも知らない訳ですね。羨ましい話です!」


 少し悩むが、思い切って踏み込んだことを訊ねてみることにした。


 「こっちばかり決まり事があって……扱いが酷かったりしないのですか……」


 「軍団への感謝の言葉も強制ではありませんし、ヒイロの歓迎会の料理も私達も同じ物をいただきました。結局のところ、一番大変な部分だけ幹部の方達がやってくれているのです。……たまに誤解される方もいますが、ボスは私達の事を幹部以上に大切に考えているところもあるのです」


 「すいません、今一度訊ねますが……強制じゃなく自由意志でやっているのですか?」


 「無論です! 悪の軍団ヒュドロスイエーイ!」


 ミルヴィアは満面の笑みだろう。もう何も言えない、言えるわけない。

 一歩間違えたら組織への洗脳のようにも感じるが、あのボスがそこまで考えているとは到底思えなかった。想像だが、ノリで決めたような気がしないでもない。


 「姉さん、お腹が空いているので、さっさと済ませましょう」


 ライアが手を上げたままになっていることに気付き、ミルヴィアは慌てて両手をぐっと握り天井へと向けた。


 「そうでしたね、では……ヒイロも一緒にどうぞ。せーのっ」


 郷に入っては郷に従え、馬鹿に混ざって馬鹿をやれば常識人。僕もミルヴィアに負けないぐらい両手を上げた。


 「悪の軍団イエーイ!」

 「悪の軍団イエーイッ」

 「いえーい」


 シュールな光景にも思えるが、ミルヴィアは無論大真面目で、ライアも声は小さいもののちゃんとやっているようだし根は真面目かもしれない。

 弁当箱の脇にはスプーンが付いており、ライアはそれを手に持った。僕を真似して、横に取り付けた箸箱状のケースを開くと中からスプーンを取り出した。


 「感謝します、ボス。全ての悪の軍団が、我らの元に集い、宇宙を銀河を世界を全ての頂点に立つ悪の軍団となるその日まで今日の贄を大切に食し運命の日に感涙の咆哮と共に解き放ちましょう。ああ、感謝、感謝、感謝……悪の軍団よ」


 祈るように胸に手を当てて目を閉じたミルヴィアは喋り続けていた。


 (こわっ!? もしかしてと疑っていた……やっぱり、宗教組織なのか!)


 まだ食前の挨拶続いていたのかと手に持ったスプーンを置いて、ミルヴィアの真似をしようとした僕の手首をライアが掴んだ。


 「真似しなくていい、これは勝手に姉さんがやっているだけ。軍団の中で、ここまでやっている人は誰もいない」


 「え、そうなの」


 「だから、さっさと食べて」


 無意識に手首を掴んでしまっていたのか、パッとライアは手を離すとメットの首の根っこの部分にあるらしい小さなボタンを押した。

 かしゃんと軽い音がして僕は反射的にその方向に目をやってします。だって気になるだろ、彼女たちのヘルメットの下はブラックホールになっているのか、それとも、その目の機械的な光のようにサイボーグのような機械仕掛けの顔が存在するのか、まさかまさかSF映画のグロテスクでバイオレンスなエイリアンなのか。


 「そんなに、見つめないでよ」


 ――鼻から下だけヘルメットが開放されていた。何なら、メットの影に隠れて口の構造すら不明だ。


 「ごめん、その頭のヘルメット……と呼んで正しいのか自信がないんだが、食事の時ぐらい頭のそれは外さないのか?」


 「食事中とはいえ仕事中だから……。もし急に攻撃されて上空に放り出されても、スーツが身を守ってくれる。それに、このスーツはボスから頂いた体を守る為の大切な仕事着。私達は、この服に誇りを持っている。だから、仕事が終わるまでは最低限しか脱ぎたくないの」


 知らず知らずのうちに感嘆の声が漏れた。

 組織というのは、トップから遠くなればなるほどに繋がりは薄れていくものだと考えていた僕は上から下までに気配りのできるボスのリーダー性に素直に感動していた。……まあ、悪の軍団としてはどうかと思うが。


 「そっか、ある意味それはそのスーツを着た人間達の信念でもあるんだな。うん、信念を身にまとって戦うライアはかっこいいよ」


 昔からテレビで鑑賞した戦隊モノも、ヒーローを引き立たせるだけの戦闘員達にも美学があった。彼女達が着ているそれは、きっとその美学に近いものを具現化しているのだろう。


 「信念……恥ずかしいことを言うのね……」


 あくまで表情は分からないが、ライアは面映ゆそうに顔を逸らした。


 「余計なことをもう一つ言うが、それは熱くないのか」


 「問題ない、スーツの内部は半永久的にエネルギーが循環しスーツ内を使用者の適温に維持し続けてる。それに、体調の異常を感知したら、スーツが知らせてくれる。私達の事をよく考えてくれた仕事着なの」


 そう言われてみると、あまり熱さ寒さは感じない気がする。自分の肉体が機械仕掛けだからかと考えていたが、自分が着用しているスーツの恩恵を知らない内に受けていたのかもしれない。

 悪の軍団の技術には驚かされる。この技術を流用した服を作り販売したら、数年もあれば城の一つや二つ買えるだろう。ある意味それで侵略ができるんじゃないかな、なんて考えるが、あの星の人間ならその前に戦争の道具にでもされて終わりだろう。この悪の軍団で、作業員の体調を管理する為に使われているものが、地球では同族を傷付ける道具になるなんて滑稽な皮肉だ。


 「そこまで快適なら、そりゃずっと着ている方が楽な訳だ。おかしなことを質問して悪かった、食事にしよう。……て、まだミルヴィアは祈りを続けてるし」


 それなりにライアと会話をしたつもりだったが、ミルヴィアはお経のように悪の軍団への感謝の言葉を並べている。ぶっちゃけ、戦慄を覚える。

 ふと肩を叩かれて横を向くと、ライアはこちらを見つめていた。僕の思い違いじゃなかったら、その視線からは最初に会った時の刺々しさが消えている気がする。


 「仕事、休憩時間が終わっても頑張っていたて聞いたよ。あ……うーん……それと……少し複雑だけど、ヒイロは良い奴だと思う。話し相手ぐらいには、なってあげるから。……おわり」


 「う、うん? ありがとう?」


 恥ずかしさと優しさの入り混じった感情がライアから感じ取れた。

 もっと頑固な子かと思っていたが、そう感じていたのは自分だけだったようだ。順応力の高さは、宇宙の各地から思想も種族もバラバラの者達と野望を果たそうとしているだけはある。組織を上手く回すことを考えれば余計な摩擦を起こす方が不利益が生じる、そのことを理解し数時間の間に成長したライアに感激した僕は情動を抑えきれずに言った。


 「必ずライアに認められるような悪の軍団の一員になってみせるよ」


 「う……ごほっごほっ……お、おわりって言ったのに……。ヒイロ……恥ずかしすぎる奴……」


 咳き込むライアの姿に微笑ましい思いになる。

 精一杯、組織の為に活動する彼女達のような人達が座るはずだった場所に僕は腰かけようとしている。そんな彼女達の想いに報いる為にも、休憩終わりの仕事は時間内に終わらせようと心に決めた。


 ちなみに、詳しいことは割愛させてもらうが弁当の料理は目を閉じて食べると美味だった。

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