コスプレにあふれるハロウィンの夜、親友の初恋相手を探す話
さーしゅー
前編
『私を見つけられたら、付き合ってあげる』
異質さえ、異質じゃなくなる、人混みの中。
十月三十一日。ハロウィンの夜。街は仮装の人々で溢れた。特に今年は日曜日だからか、いつも以上に多く見える。
ドラキュラやバイパイアなどテンプレ的なコスプレから、今年話題になったアニメキャラクターだったり、その年話題になった芸能人だったり、とにかく人々の格好は賑やかに染まっている。
そんな怪しく楽しい人混みの中、俺はある人を探していた。
肩まで伸びる黒い髪に、大きく透き通った瞳。普段は無表情ながらに、時折覗かせる笑顔が眩しい。
その美少女は、親友が一目惚れし初恋した相手。
『私を見つけられたら付き合ってあげる』
そんなメッセージを受け取ったのがつい数時間前のこと。
あまりにも急な連絡で、そんな短時間で気持ちの整理なんてつくわけもなく、勢いのまま家を飛び出した。
探し始めて数十分。まだ彼女は見つかっていない。俺は必死に探しながらも、見つからないでと、心の奥底で願っていた。
だって、大切な二人が天秤にかけられても、到底選ぶことなんてできないから。
* * *
出会いは最低だった。
GWを数週間すぎて、何の変哲もない休日。学校の最寄りから数駅ほど離れた駅だった。
駅と外の境界線、ぽつぽつと立ち並ぶ柱には、広告が賑やかに飾られている。
その一つのそばに制服を纏った彼女が立っていた。
同じクラスであって、整った顔立ちに、クールな佇まいに惹かれていたのは否定しない。だけど、俺はもっと違うところで彼女を知っていた。
俺には工藤大輔という幼稚園以来の親友がいる。
背は普通、比較的にガタイが良くて力が強い。そんな見た目に反して、気は弱くて不器用で優しくて。
どちらかというと控えめな彼だったが、唯一積極的なものがあった。
それが、冬本澪だ。
同じクラスになってからというもの、一目惚れだったらしく、あの手この手で近づこうと頑張っている。例えば、同じ委員会になってみたり、連絡先をもらおうとしてみたり。
そして、何かをするたびにその恥ずかしさの反動なのか、ありのままを俺にぶちまけていた。
もちろん、不器用男のささやかな挑戦談が面白いわけではない。だけど、彼らしくて微笑ましくて、悪い気はしていなかった。
そうやって、彼の話。彼の語る冬本さんの話を何度も聞いているうちに、俺は冬本さんを知っている気になっていた。なんとなく親近感を覚えていて、まるで冬本さんと良く話す感覚に陥っていた。そういう意味では、俺が身勝手に知っていたのだ。
だから、声をかけた。
俺は迷いなく彼女へと近づいていくと、スマホに目を落とす彼女に向かう。
「冬本さんじゃん」
なんの気無しに、まるで知り合いに話しかけるような口ぶりで。軽く手をあげながら声をかける。
だけど、振り向いた彼女は首をかしげ、その長い黒髪を揺らす。
当たり前だった。だって、俺は大輔の話を聞いていただけで、実際に冬本さんとはなんの関係もないのだから。
そんな事実に自分自身、すぐに気づいた。
「あっ、ごめんね……」
俺はすぐさま目を逸らす。
彼がせっせと恥ずかしさをぶちまける気持ちが、痛いほどわかった。実際のところ、恥ずかしさで今すぐ消え失せたいし、この恥ずかしさを一人で抱えるなんて、苦しすぎた。
今すぐにでも彼に電話して、このことをぶちまけたい。ポケットの中のスマホを握りしめたが、俺が冬本さんに会っているなんて聞いたらいい気がしないだろう。彼に対しての配慮が足りない行動だ。それに、実のところ最近はそういう話も減っていて、こちらから話やすい雰囲気でもなかった。
俺はとにかく消え失せたくて、一歩目を踏みだした、その時だった。
「藤中くん? ちょっとお話ししてもいい?」
「はいっ?」
俺の口からは想像以上に変な声が漏れた。
もちろん、お話を持ちかけれられたことは驚いたけどそれ以上に、名前を知っていたことも驚きだった。あまり俺はクラスの目立つ方ではなかった。そんなモブ男の私服姿なんてナチュラルコスプレであって、誰にも気付かれないとの自負さえあったのだ。
一瞬のうちに、アイデンティティまで崩壊させられて、勢いで頷いてしまった。
それが、彼に対してどれだけ遠慮が足りない行為か知っていながらに。
「工藤くんの友達だよね?」
「うん」
休日にもかかわらず彼女は制服を着ている。紺のブレザーから覗く赤いリボン。チェック柄のスカート。どれも彼女に似合っていて、近くで見ると余計に惹かれ、すぐに目を逸らした。
「工藤くんからよく聞いているよ。藤中くんは友達想いで優しいって」
「そ、そうなの……」
あくまでもそれは工藤が言ったことを冬本さんから伝え聞いているだけ。それなのに、まるで彼女から聞かされているようで胸が高まる。なんなら工藤から面と向かって口にされても、胸が高まるかもしれない。別な意味で。
「藤中くん『サントモ』好きなんだって?」
「まあ、うん……」
『サントモ』は『三度の飯より友達がサイコウ!』の略で、あまり有名ではないバンドの名前だ。そんなことより、工藤は俺のことをまあ色々ベラベラと話しているみたいだ。たぶん、話が尽きたらここぞとばかりに使っていたのだろう。でも、褒めてもらえるなら悪い気がしなかった。
「結構知ってるんでしょ? 工藤くんが耳タコって言ってたよ」
前言撤回。あんたも冬本さん話は耳タコなんだよっ! なんて心の中でこっそりツッコンでみるけど、あまり気にしていなかった。どちらかといえば、冬本さんが前のめりになっているところが気になった。
「知っているって言っても、案外ミーハーだから」
俺はその目線と話題を躱すように言葉を紡ぐ。実際のところメジャーになる前から知っているから、『サントモ』を語らせれば、一時間早口で話し通す自信はある。そして、二度と近づいてくれなくなる自信もある。だからこそ、深入りはしない。それに、相手は友達の好きな人、余計に深入りは避けたいところ。だけれど…………。
「メジャーデビューする前から追っかけてるのに、ミーハーなの?」
彼女は俺の言葉をまるで嘘と断定するかのように、俺の瞳の奥を覗き込む。工藤は俺のどこまで喋っているんだよ! よっぽど話がなかったにしろ、もっと別のこと話せよ。
俺の中の工藤をツッコミまくっているけど、現実はなにも変わらず。彼女は目を逸らしてくれず、透き通った瞳に吸い込まれるほど見つめられ、とても躱すことなんてできなかった。
「まあ、好きかな。結成したての少し大雑把なメロディから、今の最近の流行りに影響を受けつつも染まらないメロディまで好き。具体的な曲名を言うなら、『友達の唄』のようなベタベタなものも好きだし、最近の『サイダーの夢』のように路線変更したのか首を傾げたくなるような曲でも、彼ららしさが表現されている様な曲が…………」
口を止めた時、時すで遅し。
想像通り、予想通り、まあまあの人通りで早口をかましてしまった。
「好きかな」の一言でよかったのに、ミーハーを全力否定するために無駄に隅々の話を交える。詰め込む。
俺はまた消えたくなった。今すぐに固体から液体を飛んで気体になってしまいたい。俺は二酸化炭素になりたいと心の中でつぶやく。そんな心の中に反して、彼女の声は明るい。
「『サイダーの夢』いいよね! 確かに「友達どこ行った」ってネットでは書かれていたし、私も初めて聞いた時はなにこれって思ったよ。だけど、何回か聞くうちに、あっこれ結局いつもの『サントモ』の曲じゃんってなって、すごく好きなったんだよね。それで……あっ、ごめん」
彼女の普段は、友達と小さな声で会話する程度。クラスでこんなボリュームんの声を聞いたことはなかった。儚さの中にもしっかりと芯がある、透き通った声だと知った。
案の定、彼女は頬を赤く染めて、あたりをキョロキョロと落ち着かない様子で見渡す。
たぶん同じ気持ちなんだと思う。
「あ……恥ずかしいと思わなくていいよ。なんていうか……俺だってもっと早口だったんだから」
俺はわざとらしく胸を張ってやった。まあ確かに早口は恥ずかしいけれど、『サントモ』に対する愛を表現できたとするならば、自分の中でも勝ちではないだろうか。何に勝ったかは知らないが。
実際は冬本さんの方が早口だった、だけど、そんな事実はどうでもいい。彼女にこんな思いをさせるわけにはいかない。それなのに……。
「いーや、私の方が早口だった。だって、『サントモ』の愛は負けてないからね」
彼女は頬を赤く染め、軽く笑ってみせた。彼女が語りたかったのはたぶんお互い様ってことなんだと思う。だから俺も形式的な返事を返す。
「それはどうかな? 俺の方が早口だったからな。『サントモ』の愛も俺の方が上だな」
彼女は「えー」っと笑いながら口にした。
その笑顔に二人の間の雰囲気はほころび、そこはかとなく居心地の良さを感じた。
それと同時に、吐き気がするくらいの悪寒も背負った。
俺は軽く咳払いをすると、肩掛けのカバンをかけ直し、二歩ほど離れる。
「ところで、冬本さんは何の用だったの」
少し強引な話題転換だったかもしれない。彼女は驚いたようにあたふたと口にする。
「えっ、あっ私? ……えーと。待ち合わせかな」
「そうなんだ……」
まあそりゃ冬本さんレベルだと、彼氏の一人や二人くらい……。そうなると、工藤のことなんて……。俺の心はもやっと気持ち悪さを感じた。でもそれは誇大妄想だ。そもそも、待ち合わせと聞いただけで男と決めつけるのは傲慢だ。それに、工藤ではないと決めつけるもの傲慢だ。でも、今の心は何となくモヤモヤとする。
「藤中くんは?」
考え事の中聞こえた彼女の声は、やけに近くて距離も近づいている様な気がした。
「まあ、買い物かな……」
まさしく『サントモ』の新しいCDを買いに行くなんて口が裂けても言えない。俺は適当に濁すけれど、彼女は疑いの目をしている。俺はもう二歩下がると、すかさず口を開く。
「待ち合わせなんでしょ? 突然邪魔しちゃってごめんね?」
この日本語を訳せば「忙しいから、もう行くね」。たぶん誰でもわかる日本語のはずだ。微妙に疎い工藤だってわかる。だけど、彼女は分かってないみたいだった。いや、分かってくれなかった。
「謝らないで? どうせ待ち合わせ遅れるって言っているし」
彼女は二歩ほど間を詰めてきて、俺の肩掛けに触れる。
彼女から逃げるように視線を逸らすと、賑やかな柱から離れていて、人通りに若干飛び出している事に気づく。
「いや、ほら、ここだと邪魔だから、もう行った方がいいかなって」
「じゃあ、あそこ行く?」
彼女が指差す先。誰もが見覚えのある緑のロゴ。超有名カフェチェーン。
「行かない! 待ち合わせしてるんでしょ?」
できるだけ優しく接しようと思っていたけれど、これには流石に少し強い声音になってしまった。
「大丈夫だよ。ほら?」
彼女はブレザーのポケットからスマホを出すと、ディスプレイを俺に向けてきた。
『ごめん! 電車が遅れた。三十分くらい遅れる』
九時五十七分のメッセージで、今は十時十二分。おそらく十時の待ち合わせだから、十時半までは時間があると言うことなのだろう。だけど、俺は言葉を失っていた。全く別の点で。
「工藤……」
「そうだよ? 工藤くんのチャット。今は工藤くんとの待ち合わせ」
俺は言葉を失った。別にこれは彼に失望した訳じゃなく、単に驚いていた。最近話がなかったけど、まさかそこまで進んでいるなんて思わなかった。
俺は頭を押さえながら、もう一つの驚きを口にした。
「あいつ……よく遅れるの?」
彼女は返事の代わりに黒い髪をふわりと靡かせた。確かにあいつは俺との待ち合わせで間に合ったことがほとんどない。だから、俺も待ち合わせから十五分くらい遅れて行ったり工夫をしていたりするけれど、好きな人にやるとは……。
「最初の頃は十分前には来ていたけど、最近は来ないね?」
彼女の声音はさっきとは打って変わり、冷たいものになっていた。俺のことじゃないのに、何だか心に来て、慌てて弁明する。
「あいつ、ああ見えて、人の気持ちが分かるいい奴だから」
「知ってる。だから、こうやって待ち合わせしてる」
彼女は無表情ながらに語らえた。それを聞いて俺は何だかほっとしてため息を吐いた。その息は少し冷たい。
「それで、私時間があるんだけど、本当に行かない?」
「行かない」
「なんで? 別に急ぎの用事じゃないんでしょ?」
彼女は平然とした顔で口にする。彼女はこの状況を分かっていなくてそんなことを言うのか。はたまた、分かった上で言っているのか。
俺には彼女がわからない。そして、自分の気持ちがもっとわからない。
複雑に交差した、甘さと苦さと気持ち悪さ。そのどれをとってもロクな事にならない。
「まあ、じゃあね……」
俺は逃げると言う選択をとろうとした。
今逃げないと逃げられなくなる。直感的にそう感じた。だから俺は、歩き出そうとする。
だけど、右手が引っかかって前に進めない。
「私さ。別に制服にこだわりなんてないの。一番なにも考えずに済む服なんだよね」
唐突に俺の右腕を掴んだ彼女の左手。その弁明もなしに、彼女は右腕を大きく広げて制服を見せびらかす。布切れが目の前でひらひらと揺れて、俺は思わず目を逸らす。
「買い物に誘われてから来たのも久々でさ。大体は「眠い」って言って断ってるんだよね」
「そう……」
「でも実際のところ、最近は話もなくてさ。向こうも口下手だし、こっちも話を振らないし、膨らませない。だから、買い物中は結構眠いかも」
俺は彼女が何を言いたいのか分からなかった。話のタイトルを付けずに、箇条書きのように話を投げかけられている様なもの。でも一つ、純情を踏み躙られていることは分かった。
「どう言うつもりだ」
俺は少し低い声を出した。それは何に対しての怒りなのかわからぬまま。
でも、彼女は動揺する事なく、遠くを見つめて、ため息を吐いた。
「彼って鈍いの? それともわざとなの?」
彼女の言葉は冷たかった。そして、厳しかった。俺は一言も口にできない。
「人の気持ちがわかる優しいやつっていうならさ、私の気持ちくらいわかると思うんだよね」
現実は厳しかった。彼が途中から何も言わなくなったのは言えることがなくなったからなのかもしれない。だけど、諦めきれなくて、こうしてしがみついていると。
「じゃあ、なんで冬本さんは買い物に付き合っているの?」
「じゃあ藤中くんは、工藤くんにはっきりそれを伝えて欲しいの?」
「違う」
「違わないじゃん?」
俺は黙った。もう彼をフォローできるどころか、自分の口さえ開けない状態。逃げたいのに、右腕はがっちりと掴まれている。確かに無理に振り払えばもしかしたら振り払えるかもしれない。でも、腕を掴むことの代替行為なんていくらでもあるように思えてしまった。
俺はかろうじての望みを信じて、左腕の腕時計に目をやる。
「そろそろ時間になるよ。もう一人で待っていた方がいいんじゃないか?」
俺は警告するように低い声を出した。時計は確かに十時二十分を示していた。
彼女がわざとこんなことをしているのはとっくに気が付いている。だけど、俺は切り捨てることなんてできなかった。
でも、彼女はたった一言。
「ダメ」
彼女は口で漏らすと、さらにもう一歩近づいてきた。
「こうしていると恋人みたいだね?」
「ゾッとすることを言うのはやめてくれ」
俺は慌てて一歩離れる。だけど、彼女は俯いていた。
「藤中くんは助けてくれないの? 私って結構不器用なんだよ?」
その言葉が一番取り繕っていない声だった。だけど、今更そう簡単に信用できない。
「じゃあ、こうしよう。今ここで手を離してくれたなら、来週の土曜日の十時半だ。そこで待ち合わせ。二人でちゃんとお話をしようか?」
彼女は不意に顔を上げた。その瞳はほんのりと赤づいているようにも見える。彼女はゆっくりと右手を離した。俺はすかさず、逃げるように歩き出す。
「私のことを嫌いだったら来なくていいから。いや、来ないで」
後ろから叫び声が聞こえた。俺はそれに返事するでもなければ、ただひたすら駅の外へと歩き出した。
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