インスタント
細井真蔓
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雷が鳴っている。
それから、大雨。どこかの熱帯雨林にテレビのチャンネルを切り替えたように、突然降り出した。ずぶ濡れの服を風呂場に投げ散らかし、やかんを火にかける。
さっきまで風も吹いていなかったのに、今は横殴りに窓を叩く雨音と、それを掻き消す大気の唸りが、閉め切った部屋の中にまで響いてくる。雨の染みたパンツを脱ぎ捨て、裸でコンビニの袋からカップラーメンを取り出し、蓋を半分開けてテレビを付けた。
「今やドルフは飼育員の顔を見ると、水面からジャンプでお出迎えです」
時々コツコツと窓を叩く音。嵐に巻き上げられた小枝の類が、飽きもせず何度も濡れたガラスをノックするのだ。明日の朝には、迷惑な来訪者でごった返したベランダを見て、きっとうんざりするのだろう。
咳き込むように蒸気を吐いたやかんをつかみ、カップに熱湯を注ぎ込む。それにしてもひどい嵐だ。台風でも来ているのか。天気予報は見たことがない。テレビはいつも付いているが、付いていないのと何も変わることはない。小枝が窓を叩く音が騒がしい。小石がぶつかっているのかもしれない。いや、それよりももっと、どん、どん、と、固い空気の塊が、並んで順番に体当たりをしているような喧しさだ。カップラーメンの蓋を閉め、やかんを載せる。
破裂音。目の前を何かの破片が飛んでいく。全身を揺らす衝撃。思わず身を縮める。これは、風圧だ。何が起こったのかわからないまま、反射的にやかんを押さえる。カップラーメンは無事だ。凄まじい圧力に抗いながら、力のやって来る方を振り返る。
窓が割れている。その奥に、宇宙を覗き込んだような、深い闇が見えている。中心に、何かが浮かんでいる。さっき窓を叩いていたのは、これだったのか。人の頭蓋骨に、あらゆる角度から棘を貫いたような奇怪な容貌の、異形の訪問者。前衛芸術のオブジェか、出来損ないのハリセンボンを思わせる得体の知れない何かが、平凡な部屋に突然開いたブラックホールのような闇の中から、ぴくりともせずこちらを見つめている。余りの風圧に、目が開けていられない。髪の毛が強風に煽られて、頭皮が引きちぎられそうだ。ふと、意識がゆらぐ。一瞬の後、全てが消え去った。
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