【花護哀淡恋】ある初代皇帝の手記

嵐華子@【稀代の悪女】全巻重版

童話~手記30才

~初代皇帝の手記に挟まれていた古い童話~


 王家の墓守番。

彼女は【花護】。

いつからいるのかわからない。

いつからそう呼んでいるのかもわからない。


 彼女は晴れた望月の晩、酒を片手にふらりと王家の墓地に現れ、元は王族であった亡者と語り明かす。

黒い外套を目深に羽織り、誰もその素顔を知らない。

ある者は老婆だと、ある者は熟女だと、ある者は少女だと、ある者は幼女だという。

わかっているのは花護が彼女であるということだけ。

どれが本当の姿か誰も知らない。


 王家に者達よ、覚えておくといい。


 もしも自らの力で切り開けない困難が立ち塞がったら花護を頼ってみるのもまた一興。

望月と酒に酔いどれる彼女なら、気紛れに亡者の叡智を授けてくれるかもしれない。


 もしも人生に迷ったら、彼女に花占を頼んでみるのもまた一興。

望月と酒に酔いどれた彼女なら、気紛れに占うかもしれない。


 けれど彼女を見つけても自分から話しかけちゃいけないよ。

彼女が気紛れを起こして話しかけるまで、じっと待つんだ。


 生者が彼女の意志を無視しちゃいけないよ。

彼女の力を手に入れようなんてもってのほかだ。

生者はただ彼女が気紛れを起こすまで、じっと待つんだ。


 彼女は亡者のお気に入り。

彼女も亡者がお気に入り。

気紛れを待たなきゃ亡者の呪いをかけられちゃうかもしれないよ。


彼女は王家の花護。

が死する時だけそこに現れ、亡者の世界に酔い誘う。


 彼女を見つけても魅せられちゃいけないよ。

それは長く哀しい時間になるからさ。



~初代皇帝の手記~


7才


 双子の兄王子が私の目の前で殺された。

刺客の短剣が胸に刺さり、おびただしい血が滴る。

同じ体躯の彼を腕に抱いて恐怖に震えるしかなかった。

刺客は俺にも短剣を刺そうとする。

けれど刺さったのは刺客の額。


「あなたの最期の願いは叶えたわ。

さあ、私と逝きましょう」


 黒い外套。

鈴を転がしたような軽やかな声色。

微笑む口元。

私に、いや腕の中の兄に向けられた細腕。


 導かれるようにが立ち上がる。

彼の体は透けていて、その胸には短剣も血もない。


 手を繋いだ彼等は大小の影となり、消えた。


ーーーー

15才


 多くの兄弟姉妹を時に蹴散らし、時に同士討ちさせ、時に直接手にかけて掴み取った血濡れた立太子。


 王と王太子のみ許される禁書庫への扉を開けて、遥か昔の何者かが綴った1枚に書かれた童話を手に取る。


 花護····彼女の事だ。


 私の転機となったあの日を想う。

きっと彼女の中ではすらいない。

けれど私は確かに


 その日は晴れた望月の夜。

私は王家の墓地に1人向かう。


 彼女は墓標が並ぶ丘に腰かけ酔いどれる。


 私は少し離れた木陰に座り、時々垣間見える大小様々な影と愉しげに酒を酌み交わす彼女を眺め続けた。


 8年ぶりに穏やかな時を過ごせた。


ーーーー

17才


 避け続けた婚約者が選定された。

その日は晴れた望月。


 彼女は最近お気に入りらしい、瓢箪と呼ばれるらしい入れ物に入った透明な酒を小さく平らな器に入れてちびちびと飲む。


 外套から出た今日の手は前回と違って白魚のようで皺がない。

前々回と違って幼くはない。


 小さな影が彼女に近づくと、彼女が初めてこちらを見る。


 ああ、やっとようだ。


 彼女は小さな器の酒をグビッと飲み干し、一瞬で離れて腰かける私の前にしゃがんで現れた。


 外套のフードに隠れて顔はわからない。

口元は7才のあの日に見たのと同じ、艶やかな赤い色。

背は思ったよりも小さく小柄だ。


 器を差し出し、受け取ると酒を注がれた。


 飲めという事だろうと飲み干す。

甘めですっきりとした味わいだが、それなりのきつさがある。


「お祝い」


 真っ白な手の平に器を返すとあの日のように鈴を転がすような声で一言だけ告げ、再び一瞬で元の丘に戻って酔いどれ、消えた。


ーーーー

20才


 王妃が服毒死した。

私達に刺客を差し向けた他人の王妃。 

ずっと半分しか血の繋がらない弟を王太子にしようと画策し続けた王妃。


 弟が私の目の前で事故死したその時、彼女が現れてずぶ濡れの弟に皺のある手を差し出した。


 その手を握る半透明の手は乾いていた。


 その場に居合わせた誰も彼女と弟には気づいていない。

濡れて呼吸を止めた体に追い縋る王妃すらも。


 いや、国王だけは一瞬彼女を目で追ったのか?


 その明け方、王妃は私の目の前にふらりと来て毒をあおった。

彼女は現れなかった。


ーーーー

23才


 避け続けた婚儀の日。

正式な王命によって強制力をもって定められたその日、護衛という見張りが常に私の側につく中で執り行われた。


 前夜は望月。

けれど大雨。

ずぶ濡れで待ち続けても彼女は現れなかった。

その日はどうしても彼女に逢いたかった。


ーーーー

30才


 王が、父が病死。

ベッドで眠るように息を引き取った。


 しばらく呆然と傍らの椅子に座っていると彼女が現れ、父に向かって白く綺麗な手を差し出す。


 半透明の若々しく逞しい手が彼女に伸び、華奢な体を抱きしめた。

はずみで銀紫の髪が一房フードから溢れた。


「久しぶりね、ヴァン。

逝きましょう」


 彼女はぽんぽんと背中を軽く叩いて体を離すと初めて目にした満面の笑みを浮かべた父の手を引き、黒い影となって消えた。


 それからほどなくして、私は頑なに貫いていた白い結婚を止めた。

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