【忍城・8】逃げろ~。そしてまたあの戦法……

 1559年4月下旬

 忍城北方12町(1.2km)

 吾妻幸信



 赤い煙弾が上がった。


 斬首成功か。やったじゃねぇか、新田の野郎。

 今度彼奴の好きな麦酒を腹一杯飲ませてやるぜ、彼奴の銭でな!


 ん? 

 指揮棒の先に付いている房が揺れる。南風が北風に変わった?


 雨が降るかもな(注)? それまでに脱出して上杉勢から遠ざかる。

 既定路線だ。


 そして湿地に足が取られている連中を狙撃する。

 大胡の戦ぶり、軍神とやらに見せてやるぜ。


「大隊長。敵騎馬武者が100騎程、敵本陣より急接近。後備えもこちらへ向かってきます!」


 騎馬武者の連中、馬を降りやがったな。

 騎乗したままだと撃ってくれと言わんばかりだからな。だがそれならば逃げるだけだ。予定では敵最左翼200を叩いてから離脱するはずだったが、大回りして逃げるか。


「来た道よりも大回りをする! 道案内。小道で良いから案内してくれ」


 近場で雇った農民を道案内にここまで来た。

 その道案内が青い顔をしている。


 どうした?


「大胡の隊長さん。大変です。北で大雨が降ったようで。小道がぬかるんでいますだ。馬じゃ通れんです」


 !!!!


 北の雲を見る。

 しまった。

 既にだいぶ前から雨が降っていた? 


 あの黒雲、遠くであったから油断した。早く脱出しないと完全に孤立する!


「全隊。傾注! 行けるところまで騎馬で退却! 泥濘で前進できない場合は馬を捨てよ! 徒で何としても敵最左翼をかわす! 遅れるな!!」


 小雨が降り出したのか?


 いや、俺の汗だ。

 顎から滴り落ちる。

 まさか、伏兵は居まいな。


 これだけ左翼中軍が壊滅的打撃を受け、その後方から射撃と斬撃を喰らっている最左翼。動けるはずがない。そしてそれを助けずに、ずっとじっとしていられる兵などいるか?


 辺りを見渡す。

 この状況で索敵は出せん。

 しかしゆっくりと行動するわけにもいかない。

 敵の追っ手100が迫っている。

 こちらの兵の数が裏目に出た。

 1000もの手勢をこの泥濘の地で素早く動かす事、できようはずがない。


「大隊長! 敵騎馬100の後に1000程の兵が追随! 駆け足で迫ってきます。距離、およそ5町! 合わせて2000以上!!」


 北から圧迫してきた。

 敵の足元はまだぬかるんでいない。

 急速に間が縮まってくる。


 どうする?

 どうする??


 落ち着け! 俺!

 小道を大規模な集団が通るからいかんのだ。反転攻撃は愚の骨頂。孤立するし態勢を整えるまでに戦闘が始まる。


 下手をすれば鉄砲が泥で濡れる。

 近接戦ならば重装備の敵に良いようにやられる。


 ええい!

 しかたない。


「全兵員、傾注!!!! 散開して逃げる! 第2、第3中隊は西方本隊へ向かえ! 第4中隊は馬を捨て装備を捨てて荒川を渡れ! 忍城へ逃げろ。第1中隊は悪いが俺に付き合って地獄で閻魔大王の首を取る手伝いをしろ!!」



 地図です

 https://kakuyomu.jp/users/pon_zu/news/16816927860918197848




 応!!!!


 明らかに第1中隊の連中の声がでかい。


 もうな。

 命を粗末にすんじゃねえぜ。


 皆で地蔵のように座って捨て奸すてがまりかよ。


 第1中隊300名。1小隊60名で十分だな。


「第4小隊! 捨て奸すてがまりだぜ! 俺と共に捨て石だ! 流石に軍神。せめて敵の精鋭を倒してから逝ってやろうぜ!」


 こういうのは中之条が得意だったんだが。この部隊が長いと肝が据わっちまうようだ。最後に旅団長の酒、くすねておけばよかった。

 末後の酒、欲しかったなぁ。


 皆も欲しいだろう。

 あの世に行ったら俺の驕りで麦酒をかっ食らって、また死んでやる!


 🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸



 注)

 ご都合主義です!

 天候はこの時期南から変わってきます。

 物語の構成上こうなりました(*ノωノ)


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