応援コメント

【直江】軍神の実像」への応援コメント

  • 意外と農繁期も戦争を大規模でやってますが、賦役としての戦争参加義務がある村は参加者を決めておいてあったようです。(必ずしもじゃないでしょうけど

    その他参加報酬で銭と4日以降のご飯がもらえる傭兵(大方流民でしょう。あと戦争に巻き込まれた田畑を持つ村とか)と侍身分によって構成されていた模様です

    もっとも、攻め込まれたら田畑が荒れてそこの農民が離反しやすくなりますし攻める方も村人が亡くなれば金による手当をせねばならず…

    戦を起こすに当たっては税の臨時徴収やら荷物の運搬などの賦役が発生することもあり乱取りでもしなきゃやってられない気持ちだったことは間違い無いでしょうね^^;

    あと農繁期に戦うのは防御側への経済的名誉的権威的ダメージが大きく青田刈りで兵糧的経済的戦争やられて前線になった村が廃村とか天地返しまでやられて田んぼの徹底破壊とかすごい記録があるそうです

    作者からの返信

    @hoshino_takemiさま。
    貴重な情報ありがとうございます!

    そうですね。それも見越しての40万石で1万人と言うデータなんでしょうね。なりふり構わない動員だとその倍は出兵できるとか。

    仰る通り「敵領地で戦う」これが大事。
    信長なんかなるべくやっていたそうで。誰かが回顧録で書いていた筈。

    大胡はこれから大変だぁ><;