【憲法】危険な戦士団

 1557年5月中旬

 播磨国姫路城

 小寺職隆

(あの播磨生まれの野心家のおと~ちゃん)



 そうか。


 遂に堺は大胡へ一大攻勢を掛けるか。薬の行商人をはじめとした手の者の知らせと一致する。


「小寺様。お頼み申しました事、成りましたでしょうか?」


 目の前に座っている商人。堺で薬種商を営む小西屋の後継ぎだ。今は殆どの商いを取り仕切っているらしい。どうやら暑さに弱いらしく首筋に汗が浮かんでいる。


「まずは懐紙などをお使いなされ。今日はいつもに増して暑いですな。夏もこれだけ暑ければ米が豊作であろうに。いや、逆に空梅雨で干害になりますかな」


 こういった輩には、こういう世間話が良かろう。本題に入る前の意味のない話。誰もこの時期、米の生育など分からん。虫でも湧かなければな。あと1月もすれば少しは分かろうが。


 汗を拭き拭き本題に入った小西屋は、やはり儂が調べた大胡の情報網の詳細を聞きに来た。


 そして儂に頼んであった大胡への対応策の仕上がりについて。



「大胡の手の者は、熊野の歩き巫女。修験者。伊勢の御師。それから薬種の行商人じゃな。あとは掴めておらぬ」


 小西屋は「やはり」という顔をする。

 まあ小西屋も薬種商故、ある程度掴めていたであろう。


「銭と金銀、鉄。その他の商品との交換比率は、主に下関にて積荷の情報を得て先回り、各地の積み下ろし場所にてその積荷の量を元に計算しているようじゃな。その素早さの秘密までは分からなんだ」


 瀬戸内は外海に比べ、あまり風待ちをせずともよい。潮を見るのは大変じゃが。故に人の足よりも遥かに速いはず。それにもかかわらず大胡と手を組んでいる者は先回りして情報を掴んでいる。


 まさか有名な素ッ破を使っているとも思えぬ。

 それほど暇ではなかろう。


「牛頭天王の御札を配り歩いている広峯神社の神官が嘆いて居った。昔のように御札が売れぬ。故に目薬も売れなくなった。お得意様は殆ど熊野と山科の薬売りに持って行かれたと」


 儂の親父殿も目薬を広峯神社と組んで売りさばき富を得て小寺家の重臣となった。


 その牛頭天王の札に代わって熊野と伊勢神宮か。更には山科には公家の後ろ盾がある。邪魔しようにも手が出せぬわ。


「お主に頼まれた各地の物の価格を調べる仕組み。西国の物は、ある程度調べられるようになった。だがそれも大胡と東国商人に先を越されるであろうな。何か秘密がある筈。これを押さえねばどうにもならぬ」


 此奴、まだ商売慣れしておらぬな。

 容易に気持ちが顔に現れる。

 大丈夫か? 小西屋は。


 まあそれだけ真摯に商売をしていると見せることは可能か。


「ではその伝達を邪魔するしかござりませぬな。伊賀者や甲賀こうかの者を雇いましょうか」


 ここまで来てあまり成果がないのも今後の付き合いに影響するであろう。少しばかり知恵を出しておこうか。


「伊賀と甲賀ですかな。儂は少し面白い夢想がありましてな。堺と国友で多くの鉄砲を作るようになって久しいとか。堺の皆は東国ばかりにそれを売りさばいている。

 だがそれはうまく行っておりますかな? 

 大大名は自分で判断して動きますからな。操るのは難しい筈。 だったら『動かせる駒』を作ったらいかがかな? 例えば傭兵を育成するとか。それに鉄砲を持たせる。既に雑賀衆や根来衆が鉄砲をうまく使いこなしているようじゃ。堺の力ならば、より大きく力のある傭兵団を作れるのでは?」


 儂は墨子からの着想を話した。

 此奴はキリスト教とやらにかぶれているらしい。そことの関りから普通の雑兵よりも『士気の高い傭兵』を作り出す事、直ぐに思いつこう。


 聖戦に赴く戦士の集団。

 それも最新式の鉄砲を持って訓練された士気の高い軍勢だ。まるで大胡の様ではないか。儂はそのような者たちとは戦いたくはないのう。

 息子達にも確と教えておかねばならぬ。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 1557年9月上旬

 上野国那和城

 長野政影



「結局主上、ああ後奈良天皇となったんだよね、追合。僕の在り様、認めてくれていたのかな。この大虐殺をして新しき世を作っていこうとする僕の行い」


 先の5日。

 帝が崩御なされた。

 殿は様々な薬を献上したが、あまりお召しにならなかったようだ。献上された羽毛布団も使われなかった。


 ご自分よりも常に他の者を優先させる非常に徳の高い方であられた。しかし薬位はお飲みになられても、とも思う。できる限り大胡からの個人的な贈与は身につけたくなかったのであろう。


 そのことも殿の心に影を落としているのであろう。


 献金をし過ぎたのでは、と。

 無理を押し通して左中弁などという高位の官を頂いたことになってしまった。帝も苦しまれたに違いない。ご自身の理想を体現してくれる若者が現れたと思うたがそれを重用し過ぎた。


「何事も中庸が一番。仏の教えにもあったのにな。この時代、中庸じゃあ変えていけないどころか潰されちゃう。でも潰されちゃいけないものもあるんだよね。最たるものが朝廷。そして皆の明るい未来。これは何としても潰させない」


 殿は縁側に腰を下ろして、狭い中庭を見ている。

 楓様の運動場とは別の場所だ。

 既に頭はザンバラ髪。


 某に背を向けている為、表情は見えぬが肩が少し震えている。体も左右にゆらりゆらりと揺蕩たゆたう様にゆれる。


「坂東の民は、ここ数年の大胡が起こした戦のせいで大変な目にあった。けど今は復興で元気いっぱい。内心は分からないけどね。取り敢えず食べ物と住処、衣服があれば文句はない。そこへ『頑張れば明るい未来がある』という理想を持たせることで新たなる世界を作り出す原動力になってもらう。 

 そのためには富がいる。投資をしないといけない。だけれどもそれを得るためには、また新たなる戦を始めねばならない。そんな日ノ本の在り様を帝はどう思っていたのだろうね」


 某はただ黙って、その言葉を書にしたためるのみ。


「次の帝は順当に第一皇子かな? 献金いっぱい貰っていいように操られちゃわないかな? 取り敢えず践祚と清涼殿の建て替えにお金出すけど、その後、三好とか本願寺なんかが献金して横暴なことするんだろうなぁ。 

 今年31になられたのかな? 一度お会いしてみたいけど、御簾越しで話もできないんじゃ、また殿上人にさせてもらっても無駄かぁ(注)」


 しかしあまりにも殿の独り言が続くので、ついつい声をおかけしてしまった。


「殿。 某、殿の祐筆をさせていただき早15年になります。筆という物は良いものでございまする。言葉はついうっかりと要らぬ言葉を発してしまいますが、文は練りに練ってお相手にお渡しできまする。

 もしよろしければ、いかがでしょう?

 殿の直筆で関白様を通して殿の御心を書いた文を主上にお渡しいただくという事、叶いましょうか?」


 少しの間があった。

 そして。ガバッ! 

 と殿が振り向き、叫ばれた。


「それでいこう! 憲法草案作っちゃおう! 日ノ本の未来。この国に根付く民の在り様。それを如何に変えていくか。その指針を大胡政賢というモノを伝えることで表そう! 未来永劫変わらぬものなんてない。でも今必要なものは沢山ある。今に合わせた憲法草案を作ろう。そうしよう!」


 振り返った殿の顔は勿論、涙と涎でぐしゃぐしゃになっていたが、眼だけは希望の光を宿し、某に向けられた眼差しは気力溢れる光明を伝えてきた。



 🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸




 注:殿上人は参議以上の場合は天皇が変わっても変わらず。だが四位以下だと天皇のお気に入りに殿上人の地位を与える。だから主人公は新しい正親町天皇に対する拝謁はすぐには出来ないのです。


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