【遠州】新顔さん。いらっしゃ~い

 1556年7月上旬

 遠州灘元今川水軍関船船上

 伊丹康直

(完全に寝返った元今川水軍の指揮官)



 まさか義元様が首を取られるとは思うておらなんだ。

 精々、大胡と織田とに挟まれ領国を減らしていくだけのものと考えておった。


 それがどうじゃ。

 既に三河は殆どが織田の勢力圏。松平の去就が分からぬが、駿河はほぼ完全に大胡のものとなっている。


 今では今川の確たる領土は遠江のみ。早いうちに内応しておいてよかったわい。


「いや~。内心ヒヤヒヤ物だったよ。折角半年で少し溜まってきた火薬、ほとんど使っちゃったよ。これちゃん、頑張ったぬん。ほめほめ」

 

 大胡の殿さまは大層な変人という噂、本当であった。

 言動がまるで童。いや、もっと奇妙である。

 しかしそれを家臣の誰も奇妙と思うておらぬ。

 儂ら新参者は引いてしまうのう。


 今、船上にて思い思いの場所に腰を掛けての話が始まっていた。


「でさあ、最近新しく大胡に来た人。今回の作戦で気づいたこと、疑問に思った事、言ってみてよね♪」


 これは下令なのか?

 軽い言葉で話しているが重要な質問なのであろう。皆が顔を見合わせ、順番を見計っている。


 その中で無造作に声を発する大男がいた。

 でかい槍を後ろに立てかけている。


「大胡の殿さんよう。なんでこんな傾奇き者を好き好んで引き取ったんだ? あんた相当な数寄者だぜ」


 ぶ、無礼であろう!


 この大男。

 前田利益と言ったか。


 なんでも大胡の参陣への褒美としてもらい受けたという。噂では遠州半国程度は出すのでは? と思われていたにもかかわらず。既に駿河が大胡に制圧されていたからだ。


「それはね。……うちの大男とサシで対決させたいなぁと。というのは冗談で~。やはり『れあこれくたあ』の血が……これも冗談か。君って案外頭良くない? それと統率力もある。だからね。うちの戦闘大好き隊長の『らいばる』にちょうどいいかなって。多分君くらいしかいない、好敵手となる人」


 『好敵手』という物がよくわからぬが、単なる敵ではなかろう。


「ひょっとこ斎でいいかな、利益君の呼び名。

 え? 

 いいの? 

 じゃそれね。

 次はそこに居るひょっちゃんの兄貴! もう諦めよう! 弟、大胡に来るようになったんだから。面倒見てね。で、公爵は何が聞きたい?」


 大男の隣に座り、さっきから大男を小突いて黙らせようとしたり出歩かないように引っ張ったりしていた強面の武者、滝川殿が発言し始めた。


「実に良いものを見せていただいた。大胡鉄砲隊の熟練度。知ってはいたものの某が来てからは火薬の都合上、あまり訓練を見ることが出来なんだ故、あのような精密射撃が出来る者が数百人いるとは驚き。ついついあの鉄砲隊を突き崩す方策を考えており申した」


 殿は

「おお、これは凄い!」

 などと言いながら、滝川殿の発言を聞いた後、こう仰った。


「あれ突き崩すには、攻防走のうちの防を徹底的に高めるしかないね。他は極小化。極振りだぁ! 防振り~、僕も痛いのは嫌なので防御力大好き~」


 よくは分からぬが、隣に侍る参謀の上泉秀胤殿が解説してくれた。


 そうか、弾を弾く程の防護をすればよい……

 矢盾などを持った陣を動かすには無理があろう。

 だがそれを強引にやるのが鉄砲対策なのであろうか。


「次~。光秀君は何と呼ばれたい? 色々考えたんだけど思い浮かばなくてさ」


 殿の真正面に座っている30がらみの、少し頭髪が寂しくなりかけている眉目秀麗な如何にも『できる』という秀才顔の武将が答えた。


「お任せいたしまする。他の家中であるならば見栄を張り、良きあだ名をと思うのでしょう。しかしこの大胡ではそのような事は要らぬ気遣いと出浦殿から聞き及びました。世間の評価も同じ。故に某は、どのようなあだ名でもよいと思うておりまする」


 長い説明だな。

 いかにも秀才らしい。


 これでは気難しい主人の元では苦労しよう。

 これ以上髪の毛が寂しくなるのは辛かろう。


「それじゃ直感でつけちゃうね。う~ん。何がいいかなぁ。遠州……蜜柑……金柑、あ、これじゃ正史と同じじゃん」


「それが宜しゅうござる。金柑で如何でござろうか。金柑は甘酸っぱくてほろ苦い。 だが香りが良い。あくまで添え物。金柑そのものを食する者はあまり居りませぬ。いるとすれば何かの加工が必要。今の某にぴったりでござる」


 「ひえええ。なんという謙虚さ! 君本当に本能寺しちゃった人?」

 と、殿がまた難解な発言をしておられる。

 早う慣れなければならぬな。


「じゃあ、取り敢えずキンカンといえば『救急箱!』。これどう? 僕も救ってもらったし。他の人が危険な時、助けるお薬的な人。たしか医療にも興味があったんじゃない?」


 明智光秀というこの武将。納得がいったらしく、黙って一礼をした。


「次は、はんべーちゃん。此度の作戦、大局的に観てどう思った?」


 上泉秀胤殿の隣で腰を下ろしている参謀見習いの若侍の番だ。


「はい。大戦略的な目標である京までの制海権確保と、同盟国である織田家を引き留めておくことで大胡の威信が確保されました。

 今回の大高城前での大殺……射撃戦は更なる大胡への恐怖を世間へ与えた事でしょう。ただやり過ぎたことによる一向宗をはじめとした宗教勢力からの反発も予想されます。ここへの手当が必要かと。

 射撃戦そのものについては他の方に評価をお譲りいたしますが、概ね満足のいくものかと思いまする。

 三河の情勢は流動的なので省きます。

 駿河は元々の作戦では織田支援として風魔とサンカ、猛犬部隊などの混成部隊による伊豆侵攻と葛山様の内応に呼応して、後藤様の2個中隊を小田原から陸路で派遣する内容でした。

 しかし事態は窮迫。今回の作戦変更となりました。

 これにより支配地域がまた増え、内政と守備範囲が広がったことで更なる軍備増強が必要。

 そして……」


 よくしゃべりやがる。

 隣の上泉殿が止めなければずっと喋っていただろう。

 すげえ奴もいたもんだ。


「やはり今孔明! よくこんな短い間に、そこまで大胡の状況分析出来たねぇ。たねちゃんありがとん。これからも指導宜しく~♪」


 そうか。

 参謀として師事しているのか。

 でもこれは後々すごい奴になるぜ。



「伊丹ちゃんさあ。『いたみん』でいい?  あのさ、あのお船の絵図面気に入った? ちょっと楽絽風になっちゃったけど。結構、笑いが止まらないでしょ? 僕は描いていて笑っちゃって何度も描き直ししたよぉ」


 あれの事だ。

 南蛮風の船。


「すくうなあ」と言ったか。

「するうぷ」という物もあった。 


「はっ。あれは凄いですな。あの構造ならば外洋、沖乗りが出来ます。黒潮にも負けぬ力強き船になるかと。そして大砲も、側面にずらりと多数載せられますな」


 皆が「おお!」と唸る。


「そうそう。でもすぐには使えないでしょ? 造ったとしても、沖乗りの技術が必要だね。操船技術の慣熟するまで何度も航海しないと。水軍の人数も増やさないと。それまでの代用品と言っちゃあなんだけど、利根川と江戸湾の制海権確保用の船はどう?」


 あれも凄いものだ。


「はっ。あれは誰も思いつきませんな。この日ノ本、いや唐天竺南蛮でも考えますまい。船に鉄を張るなどと」


 そうなのだ。

 関船や、最近瀬戸内で作られるようになった安宅船は火矢に弱い。また大胡の使うような焙烙にも弱い。ましてや大胡の焼玉砲弾など、撃ち込まれたら一殺いちころだ。故に火矢や焙烙が当たるところを鉄で覆う。既に鉄人隊という部隊では、そのような工夫がなされているという。


 殆ど自走できぬが、これがいることで水軍の防御陣が組める。

 利根川などはこれがいるだけで渡河など出来まい。


「やった~! 合格だね。作っちゃお~鉄甲船。そして憧れの『かた~な~』」


 🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸


 注)

『カターナ』とは、故佐藤大輔氏の『覇王信長伝』に登場する、和洋折衷の軍船です。

 作者のみならず、主人公もこれに憧れているのでしょう。

 あの続きが読みたくて、これを書いています。


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