【御猿】元祖?人誑し

 1556年3月上旬

 上野国八斗島界隈

 木下藤吉郎

(天下を盗まれそうな天下人)



「よう、おめえも偉くなったもんよの。あの竹阿弥の子が尾張の殿さんと大胡の殿さんとサシで話し合えるとはよ」


 飲み屋で話す内容じゃないが、サンカの小屋はもうこりごりじゃ。早う出世してええし嫁さんもろうて、ガンガン稼いでおっ母と妹に楽させてやりてぇ。


 この仕事をうまくこなせれば、殿は下っ端でも重要なお役目を任すという。


 しかしこの仕事も重要じゃろう。


 大胡100万石との繋ぎ。

 織田家にとって生死を分かつ命綱じゃ。

 だがそれをわかる奴は、いたとしても要職過ぎて動かせん。


 だから儂じゃ。

 お市様は幼いが敏いお姫様じゃ。大胡の様子、逐一儂に知らせてくれよう。

 文も書くという。


 しかしまいったなぁ。

 あの大胡政賢というお方。


 信長様と似ている、というかもっと奇抜だ。

 衣装や行動がではない。目の付け所とその対応策じゃ。


 お市様の部屋を少々母屋から離して置き、高さも格式も上の部屋、他の正室と側室との形式的な差と実質的な特異性を保たせる。


 外交が絡む側室ならば、普通は目が行き届く場所にて飼い殺しのような生活を送らせよう。


 しかし大胡の殿は完全な離れではなく、普段は母屋で暮らさせるという。

 だからその離れは皆で共有しているような部屋でもある。


 別荘か。


 幾重にも配慮しているな。恐れ入る。きっと女子にも好かれるのじゃろうて。

 儂も見習うか。


「でもよぅ。お前もよく儂らに付いてこれるな。あの山道、里のもんの足だと20日は掛かるぞ。それを儂らと同じ3日で走るとは」


 これも信長様が儂を適任だと判断した理由じゃ。

 見つからずに大胡との繋ぎを素早くとれる。

 

 サンカの男は酔いつぶれて静かになった。


 儂は昼間の事を思い出した。

 大胡の殿との初のお目見えであった。



「やっぱりのぶにゃんは『君』を送って来たのね。流石は天才だぁ」


 よく分からなかったが、どうやら信長様とこの『儂を』褒めているらしい。

 儂は信長様の偉大さを強調するために『自分の外見や失敗談』をネタに笑わせようとした。


 じゃが大胡の殿さまには不興であったらしい。


 しまったな。

 大胡では皆平等という風潮があるらしい。

 それはこの政賢という男の信念らしい事、忘れておった。


 まだまだじゃな、儂も。


「じゃあさ。それだけ自分からそう呼んでほしいというならば仕方ないな。今度から「お猿さん」と呼ぶね。

 でもね。

 この「大胡では」自己卑下するようなこと、あまり言わないでね。聞いている人の常識がそっちへ行っちゃうのは嫌だなぁ」


 あらかじめ信長様より、大胡様の軽い口調のことはお伺いしていたから吃驚はしなかったが、問題はそこではない。


 口調は剽軽ではあるが、儂とは違い『凄み』がある。


 これが100万石の力か。

 いや、そうではないだろう。


 この男の内面からにじみ出る信念。

 此奴が強烈なのか。

 これはめったなことは出来ん。


 少しでも機嫌を取ろうと思ったが、生半可なことは通用せん。


 斬り合いと同じくらいに本腰入れねば、取り入るどころか見透かされて繋ぎのお役目すら出来ぬようになるな。


「まあ、それはそれとして。

 君には「ちょっとだけ」興味があるんだ、僕。のぶにゃんから噂聞いてさ。で、ちょっとだけ試させてよ。その切れ味」


 何を言うのであろうか?


 まさか、この儂を調略? 

 そのような訳ないか。


 儂は単なる足軽頭並の使いっぱしり。

 二重間諜にでもするしか使い道はない。


「いあいあ……

 あ、この言い方は邪神が出てくるからやめようと思ったんだっけ。可愛い女の子邪神に這い寄られるならいいけど……ああ、こっちの話ね。

 えとね。

 二重間諜にさせようとは思っていないから、念のため。

 単なる質問です、はい。

 ズバリッ! 

 天下を平らげる人の一番大事な要素、なぁ~んだ?」


 天下を平らげる!? 

 お傍に仕えている儂に、最近になって信長様が言葉の端々に『天下布武』という事をにおわせる事がある。


 どうやら大胡様の影響を受けているらしい。

 それを何故、このような軽格の儂に問うのじゃ?


「恐れ多いことながら、某にはちと‥‥」


「いや、その問い。お猿さんに聞いてみたいのです。

 これマジよ」


 なぜかは分からぬが、ここは真剣勝負。

 失礼にならぬよう腕を組みそうになるのを必死でこらえつつ、暫し沈思黙考する。


 そして


「明るさ、

 で、ございましょうか?」


「その心は?」


「人が寄ってきまする故」


 すると大胡様は手を叩いて喜んだ。

 どうやら合格らしい。


 内心、ほっとする。


 なんという緊張であろうか。

 真剣を持っての斬り合いのほうがまだましじゃ。

 斬り合いは苦手じゃがな。


「そだね~。

 そう答えるよね。君だったら。でもそれはすぐには使えないんじゃないの? 

 それだけじゃ人は付いてこない」


 そうか。

 大胡様の今までの歩みをたどればよいのか!


 儂は『まずは内政と人の和」』


 次に「軍備」


 次に『合戦での勝利』

『威信の確保』

『人材登用』

『軍備拡張と人財育成』と、大胡様のたどった政策をなぞって、最終的には明るさが人を引き付けると答えた。


「……よく勉強しているねぇ。それ、僕がやってきたそのままじゃん。

 じゃあ、次の質問いい? 

 これから大胡は何をすれば天下を平らげることが出来る?」


 これは!?

 他家の家臣にする質問か??


「これ、結構難しい質問だから、今度会うときまでの宿題ね、うふ。

 もしそれ僕が納得できるものだったら、スカウ……引き抜きしちゃうよ。

 勿論のぶにゃんに断ってさ。最低でも5000石相当の職を用意するよ。

 大満足の満点回答なら1万石でお傍に置いちゃう! すりすりなでなでしちゃうからね」


 それこそびっくりするような好機じゃが

『それでは信長様に申し訳ない』

 と申し上げた。

 必死で内心の驚愕と野心を仕草に表さぬように。


「だいじょぶ。とれーどだから。

 必要な人材と交換か将又金銭とれーど。出世前だから、どらふと1位指名ですねぇ」


 よくわからぬが、有用な人材として目を付けられたらしい。

 信長様の元での2年目のご奉公。

 とても目をかけていただき、頑張ればそれだけの見返りのある家中だと思うていたが、ここでもお呼びがかかるとは。


 松下様の時と比べ、なんと運が向いて来たことよ。


 この機会を逃してはならぬ。

 じっくり考えよう。


 弟や世話になった小六殿にも相談してみよう。

 儂は綺麗な装飾が施してある半透明なぐらすに入った果汁入り焼酎を一気に飲み干した。


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