【脱出】ペリリュー島には涙止まらず

 1555年12月下旬

 武蔵国品川湊

 鈴木屋番頭喜蔵(品川を代表する豪商の番頭)



「何故、私共品川の住人が出ていかねばならぬのです! ここで生まれ育った者、ここで商いを営む者は全て大胡様の庇護下にあったはず! それならば手を携えて品川を守るのが当たり前の事ではござりませぬか!?

 皆それを覚悟して自治を選択したのです! いまさら此処を出て行けとは、納得いきませぬ!」


 旦那様が、目の前に居る大胡の副将、長野業政という武将に直談判している。


 今朝になって長野様は、


「大胡兵以外は品川から出ていけ」

 とのお達しを出しました。


 昨日まであんなに和気あいあいと品川の防備を固めていたにもかかわらず、急な変貌。大体が僅か3日前に到着した長野様が、品川防衛駐屯兵団団長である大胡道定様を差し置いての命令。


 旦那様だけでなくここに詰め掛けている商人職人船主荷役夫土木夫は、同じく


「品川の自治を守りたい」

 との願いを持っている。


 私も同じです。

 1年半前、ここ品川は北条の支配から脱し、自治を獲得しました。


 その際に武田・里見との合意で不可侵ではあるけれども、両者に冥加金を支払うこととなるはずでした。しかし武田には身延山ほっけしゅうから、里見には鎌倉公方様からの周旋により、品川の大幅な自治を約束させて無税を勝ちとしました。


 そしてその周旋には大胡様が動いており、自治に必要な武器や傭兵を用意してくださり、更には町の周りに堅固な防護施設を作ってくださっています。


 ここまでしていただいただけでもあり得ない待遇です。

 さらに大胡様は困窮者へのお救い米や職の斡旋をするとともに、品川への銭の投資によって発展を促進することで継続的に人の流入、商人や職人の定住を促してくださった。


 何しろ他では考えられないほど安全で、活気に満ち年貢や冥加金がない街ですから、大胡様の人気はうなぎのぼり。


 北条を完膚なきまでに叩き潰した武威と相まって


「ここは安全だ」

 という評判が立つことの成ったのです。


 そして今、武田と里見が攻めて来るとの噂。

 陸から武田、海から里見。


 でもこの品川は河口の先にある攻めにくい地ですが、御殿山を中心として防御力がありますので、5000程度の兵による攻撃など大したことはありません。


 兵糧も3年分以上倉に納めてあります。

 既に半年以上前から大胡の兵800が駐屯して、訓練に励んでいます。でも私たち町民にできることはたくさんあります。


 食事の支度や荷役、鉄砲の装填と様々な作業があり、兵が戦いに専念できるように後方でお支えすることはとても大切だと、道定様が仰っていました。

 

 それを今になって、偉い立場の人とはいえ新参の武将に出て行けと言われるのは心外というもの。


「ごたごた言わずに早く出ていけ。ここは大胡の領地だ。大胡領は大胡の兵で守る。これが大胡のやり方よ。出ていかぬなら敵とみなして鉄砲でハチの巣にいたすぞ!」


 皆さん大胡の北条に対する残忍な攻撃をよく知っているのでこの長野という武将の吠えるような大声にびくっとなりました。


 しかしその程度ではもう収まらない程、大胡様をお慕い申し上げる住人が多いのです。この1年半、何度も何度も品川に足を運んできてくださった大胡政賢様。


 一緒に土を掘り運び杭を打ち、そして夕餉を共にし、お酒を飲まされて赤くなってくるくる舞って踊り出す。


 そんなことをするうちに、


「こんなお大名の元で暮らせる幸せ」

 がとても尊く、手放しがたいものとなっていました。


「道定様に会わせてください。道定様ならば儂らの事をわかってくださる。この品川、いえ大胡を守る気持ち、上野の者と変わらぬと!」


 皆口々に懇願する。


「道定を連れてこい」


 長野という武将が兵に命を下す。

 しばらくすると、なんと道定様が


「縄を打たれた姿」にて引き出されてきた。牢に入っていたのか身なりは薄汚れ、頭は大童おおわらわです。

(注:落ち武者ヘアスタイル)


 皆が驚きの声と

「おいたわしや」

 との声を上げる。


「道定は儂の命に反した。この儂がこれから品川の主。命を聞かぬ者は如何様な者も、このようになる!」


「そのような事、政賢様が許しますまい!」


「ここ品川は道定様あっての町。道定様をお放しください!」


「あんたがなんぼ偉くとも、品川のもんは付いていかぬぞ!」


 皆がそう口々に叫ぶ。


「ええい、煩いわ! 今日からここは儂の領地じゃ。大胡に忠誠を誓う者は要らぬ。 さっさと出ていけ。殺さぬだけありがたいと思えぃ!!」


 なんと。

 それでは謀反ではないか!!??


 皆も、そのように反応し詰め寄ろうとしたが、左右から鉄砲を構えた兵が出てきて、こちらへ狙いを定めるのを見て後退さった。


「皆、大人しゅう、船で出て行ってくだされ。このままでは殺されてしまう。皆にはずっと生き永らえて欲しいんじゃ。きっと政賢様も、それを一番に考えるはず。業政殿は、儂がなんとか説得して品川を其方らの元へ返して……

 グフッ!」


 道定様が言い終わらぬうちに業政の奴の膝が道定様の腹に突き刺さる。


「なんという!」

「決してお前の遣り様、政賢様が許さぬ!!」

「品川は必ず取り返す! 憶えておれ!!」


 私たちは追い立てられるように湊に繋がれていた船に乗り込み、出港することになった。遠ざかる品川の湊を見つめ、皆、口々にあの反逆者に呪いの言葉を投げかけている。



 その時。

 湊の大通りから大胡兵たちが、すごい勢いで駆けて集まってきた。

 皆大声で何かを叫んでいる。


「生きて、品川を再建してくれ!!」

「大胡を頼む!!」

「政賢様の力になってくれよぅ!!」

「幸せになれよぅ!!」

「雪坊! 怪我すんじゃねえぞ。もうあんちゃんは傷見てやれんからなぁ!!」

「茜~!! 好いとったぞぅ! じゃが他のええ男、見つけろよ~ぅ!!」


 太刀や槍、鉄砲を振り、口々に遠ざかる私たちへ声を掛けてくる。

 その後ろには縄を解かれた道定様と並んで、あの長野という武将!

 2人とも笑顔で手を振っている!!


 ああ……ああ……

 そうか。


 これから武田と里見との戦、そんなに大変なんですね。

 その戦に付き合わせたくないから、だから……


 目の前の景色が滲んで見えなくなってきた。でもしかとこの目に焼き付けねばならない。私らの命を救いその身を捧げ、この品川を守る勇者の姿を!!


 私は零れ続ける涙を拭いては見、また拭いては見、手がちぎれんばかりに振り続けました。



 この日品川を脱出した者、総勢2832名。

 護衛の風魔傭兵隊119名も共に脱出した。


 ◇◇◇◇


 パラオの話の焼き直しです。

 こっちは異世界線上の話

 https://kakuyomu.jp/works/16816927860630530111/episodes/16816927860664932911


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