【平井】ドラゴン襲来?

 1552年1月上旬

 上野国緑埜みどの郡平井金山城(現藤岡市南部)

 温井ぬくい孝昌

(古参の憲政直臣)



「後詰はまだか!?

 越後は? 

 足利は??

 白井はどうじゃ!!??」


 今日も関東管領様は吠えていらっしゃる。側近としてお仕えして、はや10有余年。戦場でもお傍に侍り護衛をしておったが、このところ益々癇癪が酷くなっておられる。

 酒量も増え、ほぼ毎日日中も常時酔っ払っておられる。


「残念ながら。

 関東管領様。そろそろここ平井を退転する際の御動座先を決めねばなりませぬ。某が考えますに白井長尾か足利長尾が……」


 がつっ。


 管領様が投げつけてきた盃が儂の額に当たった。額から流れてきた液体は酒ではなく血の味がする。黙って畳に転がっている盃を拾う。


 そこへ火急の知らせ。


「上様! 御岳城が落ちましてござります!!

 それを聞いた倉賀野16騎が、すべて北条方に寝返りましてございます!

 北条勢は余勢を駆って鬼石方面より北上中!

 さらに安中と小幡が西から進軍を始めました!!」


 これはもういかぬ。

 儂は進言をした。


「関東管領様。もう退転しかございませぬ。それとも北条へ投降いたしまするか? 退転先は白井(沼田南)長尾がよろしいかと。吾妻川と利根川が要害となっており、北条を寄せ付けますまい。

 あとは大胡が……」


「ええい! 

 大胡は嫌じゃ。

 絶対に行かぬ。

 白井に行くぞ! 

 供をいたせ! 

 旗本にもそう伝えよ!」


「それが旗本のほとんどが既に退散しておりまする。お供できる者は50名いるかどうか」


 儂もその50名には入らぬ。手土産を持って北条へ行くか。怒り狂っている馬鹿殿を尻目に「若殿」の部屋に赴く。



 温井孝昌。上杉家の世継ぎ龍若丸を連れ、北条方に寝返る。龍若丸の消息は今のところ不明。


 上杉憲当。

 北上野の白井長尾家に身を寄せる。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 1552年1月下旬

 越後国春日山城

 直江景綱

(景虎の懐刀)



 頭を下げる儂の前に殿が座る。護摩を焚いたらしい残り香が、ふわっと微かに漂った。


「関東管領様は平井を退転なされたか」


「北上野の白井へと居を移されたと、軒猿の早便にて」


「雪の中ご苦労じゃったと伝えてくれ」


 殿は、床下にいるものへ聞こえるように言った。

 小姓が殿の手に盃を持たせ、酌を始めた。


 少し酒量を減らして頂かねば。

 体に障る。


 いくら言うても聞いてくださらぬ。

 まだ判断体力とも支障はないため仕方ないが、それも若いからじゃ。こうも常時飲まれては早死になさることに。


 折角この越後がまとまったのじゃ。そう簡単に身罷られては家臣領民が困る。


「先程、毘沙門天様の啓示を見た。儂が平井に関東管領様をお戻しして、坂東の武者共が再び憲当様の御前にひれ伏すさまを」


 またか。


 皆はこの啓示を有難がり、その進むべき道は神の啓示、だから義は我にあり、必ずや勝利は我が手に。

 と、盲信している。


 今までそれで勝ってきた。

 確かに天啓を得たかのような戦いぶりは

「軍神」

「越後の龍」

 と呼ぶに違わぬ。


 だが戦は戦場だけでは決まらぬ。

 これを言っても聞かぬのは、一度も負けたことがないからだ。


 確かに負けねばよい。


 が、戦をしていないときに敵は何もしないわけではない。商いに口を出し、家臣の内紛を煽り、外交調略でどんどん攻めてくる。戦は昔から変わらぬものよ。


「雪が解けたら越山する」


「お待ちくだされ。まだほとんど準備ができておりませぬ。戦備えは何とか致しまするが、土地勘のある者、現在の情勢、調略、すべてがまだ」


「5000も連れていけばよかろう。白井の長尾と親戚である者を選べ。それで事足りる。あとは大胡じゃ」


 大胡?


 あの大胡、北条と敵対しているはずの大胡であるが、なぜ関東管領殿を助けぬ。


「大胡は管領殿に嫌われておるらしい。いくら忠勤に励んでも無視され、此度もお役に立てぬと申しておった」


 大胡は毎月、御用商人蔵田屋を通して焼酎などを贈ってくる。殿はそれを愛飲されており、なかなかに好意的である。


 儂らにも見せてくださらぬが、贈答の際、桐の箱に特別製の肴と共に文が入っているらしい。


 どのような文なのかはおっしゃられぬ。


 しかし、ちらっ見えたとき『文ではなく』のようにも見えた。


「大胡は儂が越山すれば共に謀反者を攻めるという。

 安中と小幡だけは許さぬとも申して居る。最初に裏切った那波は既に誅殺した。後は首謀者のあの者だと。長野一族は救ってくれとも」


 なにやら言いくるめられている気もするが、実際の情勢には合っている。さらに言えば大胡は跡を継いだ政賢殿がまだ負けたことがない。


 そればかりか寡兵で北条の大軍を3度に渡り退けた。

 敵士分には厳しいが、足軽雑兵・領民には寛大で大変慕われていると聞く。


 まさに殿の好みの国衆であろう。

 好意をもって当然だ。


「4月になったら、出陣だ。手配せよ」


 黙って頭を下げる。

 本来ならば、景信様を旗頭に宇佐美殿あたりを付けて越山させれば済むもの。今回は北上野の豪族と近しい、越後の国衆からの要請もある。

 だからご自身で動くのであろう。


 しかし、腰の軽いのは殿の良いところでもあり、危なっかしいところでもある。儂らが周りを支えるしかあるまいな。


 🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸


 謙信の真相を知りたい。

 異なる世界線でもいいから。

 https://kakuyomu.jp/works/16816927860630530111/episodes/16816927860636488361


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