【収益】バタフライエフェクト
1551年10月中旬
相模国小田原城
北条長綱(氏康の叔父。氏綱の弟。後の幻庵宗哲)
「峠を越したようですな。脈がしっかりしてきました」
甥も氏康の手首を握り、脈をとっていた医者が言った。
10日前、自室で急に倒れ、お抱えの主治医が手を付けられぬというほどに脈が乱れていたという。
たまたま小田原に出向いていた名医と言われるこの医者に極秘裏と念を押して、診てもらうことになった。
甲斐の医者という事であったが、口は堅い」との定評があり、儂の判断で氏康殿を見てもらうことになった。
この永田徳本という医者の処方する薬と施術によって一命を取り止めたらしい。
「あと1月程度は絶対安静で過ごすことです。あまりものを深く考えなさらず、熱海の温泉にでも逗留することをお勧めいたす」
少なからぬ額の銭を、口止めを兼ねて渡そうとしたが「某はどの患者でも16文しか頂かぬようにしておりまする」と、頑として拒んできた。
「叔父上。武蔵はどうなった? 兵は派遣したか?」
「儂が何とかするから気にせんでゆっくりすることじゃ。直ぐに山内上杉を討つんじゃろう? だったらそれまではしっかりと休むことじゃ」
上半身を布団から起こし、肩掛けを羽織った姿で薬湯を飲む姿は、まるで兄が臥せっていた時の様じゃ。
まだお主にはやることがある。ここで倒れている暇はないぞ。きちんとできることをやりとげ、政親に渡すまでは死んでいる暇はない。儂のやれることはすべてやる。
だから頑張れ、と心の中で叫んでいた。
「今年中に兵を発する。今なら上野は容易に崩せる。これ以上待ってはおれぬ。武蔵が収まったらすぐに山内上杉攻めじゃ。叔父上、武蔵を頼む。準備ができ次第儂も出立する」
「わかった。
それまでは遠山を呼び戻したから準備を任せろ。ゆっくり休むんじゃ。死んでいる暇はないぞ」
薬湯を飲み干して氏康は返事をした。
「ああ、大丈夫じゃ。儂の体は儂が一番よう知っておる。まだまだいける」
背筋に力が入ってきたようじゃ。
まだまだいける。
◇ ◇ ◇ ◇
1551年10月中旬
駿河国駿府
太原雪斎(今川の軍師。黒衣の宰相)
「ほう。これがそうか」
義元様がお渡しした砂金の粒を、
「はい。山師が伊豆の湯ヶ島の沢にて見つけたものです。徘徊するサンカの者から教えてもらったとのこと」
今月初め、金銀を目当てにした山師がサンカから伊豆で砂金が沢山拾えると聞き、湯ヶ島付近を探索し始めたら大量の砂金が見つかった。
それを北条家に持ち込むとともに、我が今川家にも持ち込んできたのだ。
何故?
と思ったが、サンカから
「世話になっているので、今川に知らせてほしい」
と頼まれたという。
サンカが世話した憶えはないのだが、サンカ自体はどこの勢力にも加担しない漂泊の民だ。
あまり深く考えても仕方あるまい。
頭の隅にでも置いておき、もっと重要なことに思考を向ける。
「これは今川にとって座視できぬな」
「はい。伊豆は脅威となりまする。北条の……」
「懐が温かくなるの」
砂金ならばすぐ取れる。
甲斐の黒川金山のような鉱山を掘るようなことは当分要らぬ。川を
行く行くは掘ることにもなろうが、まずは砂金を取るだけでも大きな収入だ。
今、北条は資金難に陥っている。うち続く戦、出陣により領国が疲弊しきっている。今月に入り武蔵で一斉に一揆がおきた。
「北条の様子はその後どうじゃ」
「はい。一揆はすぐに収束いたしましたが、どうも不審な事ばかりにございます。誰かが策謀した痕跡がございます。熊野と伊勢の歩き巫女と御師が背後にいるかと」
「熊野……。熊野を動かせるのはどこじゃ? 伊勢も見当がつかぬな」
いろいろと背後がありすぎてどの勢力であってもおかしくない。
が、このような時は「誰が得をしているか」を見ればよい。
そう答えると
「では、今川ではないのか? 宰相殿?」
笑いながら殿はおっしゃる。
今川はもちろん、北条に敵対している者は全て得をしていると言ってよい。
逆に言えば北条にしっかりしてもらい手を握ろうとしていた今川としては、その必然性が減ったともいえる。
東の脅威が低くなった。
「この砂金、欲しいの」
義元様が呟く。
「そうは思わぬか? 宰相殿」
「伊豆を欲しいと?」
「可能かの?」
どうだろうか?
欲すれば大きな確率で手に入るであろう。
北条の敵を操ることができれば、北条包囲網ができるか?
問題は武田だ。
武田との婚姻が滞りなく済めば、伊豆は獲れる。
問題はない。
そう義元殿に伝える。
「西はどうじゃ?」
「そのことですが……
まだしかとは言えませぬが、信秀の健康がすぐれぬとの噂」
「誠か?」
拙僧は、昨日届いたばかりの知らせを伝えた。
どうやら甲斐の名医が秘密裏に招かれたとのこと。
晴信殿も幾度となく診察されており、傷をよく癒してもらっているとか。
誰を診たのかはまだ定かではないが、信秀である可能性は高い。
「もしそれが本当ならば、今、東に手を付けるのも吝かではないの」
拙僧は義元殿の言葉に無言で頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇
1551年11月上旬
尾張国那古野城
織田信長(言わずと知れたのぶながにゃんです。言葉足らずはテンプレ)
ズガァアアアーーーン!!!!
「申せ!」
「はい。この肩に押し当てる銃床にて大変撃ちやすくなっておりまする。
またこの手前と先についている照門と照星を合わせることで狙いが定め易くなっておりまする。さらに国友や堺の物に比べますと数多く発射いたしても暴発する恐れも少なくなっておりまする。
それから……」
磐梯屋という、この種子島を売り込みに来た商人が話している。
これはもう種子島ではなかろう。別の武器じゃ。
この早合というものも大したものだ。これがあるとないとでは格段の差ができる。
連射速度が倍は違う。
「この名前は!?」
「大胡筒にございまする」
「いくらじゃ!?」
「1丁40貫文にて商わせていただこうかと」
国友よりも安いだと??
堺筒の半値に近い。このような質の高いものをなぜ?
「なぜじゃ!?」
「はい。正直に申します。一つは火薬を手前から買い付けていただけないかと。もう一つは然るお方からのご依頼にて」
そうか、火薬は継続的に利益が出る。
それを見越したか。
やりおる。
「だれじゃ?」
「はい。上野の国衆、大胡政賢様にて。これは織田殿のみへの商いと申し付けられました」
大胡か!
先だっての館林の戦で北条一の武将綱成を討ち取ったと聞く。その時に大量の種子島を使用したとも。それだけの火薬をどうしたか探りを入れていたところだ。
津島の商人はもちろん、美濃や堺の商人にも探りを入れてみたが、どこにもそのように大量の火薬煙硝の商いは為されていない。
もしや、大胡で煙硝が作られているのか??
「儂にだけと?」
「はい。大胡の殿は、儂は武器商人ではない、との仰せで。後々お付き合いしたい方への贈り物という意味合いで、お安くお売りするとのこと。
また敵対する者には売りませぬ。
よってご自身の領地の周りのお方には、ほとんどお譲りして居りませぬ。祖父である厩橋の長野様と舅である由良様に300丁を、お送りなさっておられまする」
それだけこの種子島の有効性に気づき、それを大量に生産活用している。
この大胡政賢、尋常ではないな。
手を握るのが上策であろう。
「100丁買う。いくらじゃ」
「はい。4000貫文となりまするが……」
何か言いたそうじゃな。
「100丁だけでよろしいので?」
!!
「何丁まで買える!!??」
「500丁まで。〆て20000貫文にて」
銭がないわ!
せめてあと1年は、儂が親父殿の跡を継いでからならばなんとかなる。
そう言おうとしたが……
「しかし割賦でも承っておりまする。年率18割の利子ですが……」
高いわ!!!!
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異なる世界線上ではやはり色々とバタフライ効果が
https://kakuyomu.jp/works/16816927860630530111/episodes/16816927860636430427
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