【手紙】一応ヒロイン登場

 1549年2月下旬

 上野国箕輪城

 長野業政(関東管領の元で四苦八苦する苦労人)



 儂とて、このまま北条と戦って勝てるとは思ってはおらぬ。


 じゃが、250年の長きに渡る関東管領殿への忠義、十有余年続いた北条との戦これを今更変え、コロリと転ぶのは坂東武者の矜持きょうじが許さぬ。

 享徳の乱よりこっち、コロコロする奴腹の多い中で忠義を尽くしてきたことが我が長野の誇り。


 それもここまでとあきらめておったが、いずれ転ぶとしても我が長野一族一塊で行動した方が、同族相争うことはなかろう。


 そう思い、最近頓に力を伸ばしてきた大胡に眼を付けた。政賢は長野の血だが、大胡の家そのものを長野に取り込もうとした。


 それが此度の縁組じゃ。

 それを断ろうとするのか? 

 この者は。


「某の見立てでは、今後、まず安中と小幡が結託、平井を攻めると思いまする。本来ならば那波が西上野の国衆を調略することと並行して、揺さぶりをかけるはずでござった。

 しかし」


「おぬしが喰ろうた」


「はい。そして安中・小幡は孤立いたした。それで諦める2名ではござるまい。必ずや北条に転びまする。その際の手土産。それが初の平井攻め」


「じゃが、倉賀野は倉賀野衆の縄張り。それ以外の緑埜みどの(藤岡付近)は全て管領殿の直轄地。北条との連絡は付かぬ。もしもの時は後詰を期待できぬ。それでも反旗を翻すか?」


「はい。2名の目標を鑑みれば自ずと。あ奴らは長野の下に付きとうはないでしょう。決して。ですから長野より先に氏康の馬前に膝を屈せねばなりませぬ」


「……」


 何を言いたいのか……だんだんわかってきた。


「然るに長野が結束して居れば、反旗を翻すのを憚られるでしょう。攻められる危険がある。ですが結束力が弱い、特に某の大胡既に兵1400がありますが、この旗幟きしが長野に染まらねば2名は平井を攻撃、寝返りましょう。よってあ奴らの運命を握っているのは某と業政殿であるかと」


「……では、あ奴らを暴発させるために、婚儀は致さぬと? それになんの意味がある? 長野だけで北条と対峙いたすか? その後結局臣従か?」


 この若武者……結局、何が言いたい? 

 やはり解らぬ。


「単刀直入にいえば、狸寝入りしていただきたい。某が北条と対峙いたす故。無駄な損害を出さず、ここ上野を独立した勢力に! そのために一時的に北条に屈してくだされ」


 !!


 なんと大胆な。そして自信過剰ともとれる策。しかし揚々、この若武者を見殺しにするような真似、武士として容認できぬ。


「そのような自信があれば、一緒に戦えばよかろう! なぜいかぬ?」


「ここ、利根川の西側の地。南と北、どちらかから攻め込まれて勝てますかな?」


 そこか!?


 確かに西への備えは、狭隘きょうあいな山岳地帯で奇襲・伏撃が容易。じゃが北は全くと言ってよいほど防備に使える地形がない。

 南も幅の狭い鏑川かぶらからす川程度しかない。

 これを寡兵で守るのは至難の業。


 しかし利根川の東は違う。

 白井(沼田)から厩橋(前橋)の南5里までは高さ5間以上の崖がある。その下流は数々の河川が合流し、とてもではないが徒・馬匹の渡河はできぬ。

 もし渡るとすれば厩橋城の付近しかない。そこには堅城、厩橋城があり長野一族のこの若者の祖父が詰めている。


「しばし、狸になってくだされ。そのうちあの平井の馬鹿殿が安中小幡だけでなく、北条の本隊に平井を追い出されましょう。

 すると……今、秘密裏に越後の長尾へ救援要請を送っている管領殿が、兵を借りて舞い戻って来ましょう。その時、悪者は安中と小幡。駆逐される。

 いや、させる。

 そしてほぼ長野のみが生き残れます」


 なんという深読み。

 これを先程その存在を教えてくれた情報網で掴み分析したのか?


 これはかなわぬ。

 その先を聞きたくなった。


「して、その後はどうやって独立勢力となるのじゃ?」


「謙……景虎さん、強いけどまだ本人出てこれるほど領地が安定していないのでぇ~。負けちゃって憲当のりまさくん、↓おっ持ち帰りぃ↑~~~♪

 で、関東管領を殺さず追い出せま~す!」


 しゅぴっ、と音がするような勢いで立ち上がって

 右手を上に伸ばして……


 なんじゃ? 

 この軽さは??


「だから。お嫁さんもらえないんですぅ~~~

 ザンネン……」


 今日はいろいろ疲れる。

 何か今まで違うものを見ていたらしい。


 この若侍も、上野の情勢も……


 ◇ ◇ ◇ ◇


 1549年3月中旬

 上野国新田金山城

 楓(政賢くんのお嫁さんらしい)



 先週、父上が私に嫁に行けと仰られました。

 いつかはこの時が来るとは思っておりましたが、まだあと数年は先かと安心していました。


 私は今年で15。

 この年齢で嫁ぐのもよくあること。


 しかし、いささか急なのではと思います。まだ由良家には私しか子はおりませぬ。母上が必死で止めたそうです。果ては薙刀を持ち出し、父上に斬りつける寸前にまで及んだそうです……

 気丈な母がここまで取り乱すとは。

 薙刀騒ぎはいつもの事ですが、今回はひどい事にならないかと冷や冷や致しました。


 嫁ぎ先は西上野の大胡家。国衆としては大身だそうです。つい先年、那波を平らげ勢いのあるお家だという事。


 母上に言わせると、それでも北条を撃退したことで眼をつけられている危険な立場にいるとか。この由良の家も北条に眼をつけられています。

 だから一緒に力を合わせて対抗するために私が嫁ぐと。


 大胡の御殿様は、御歳15。

 わたくしと同い年です。

 それでいて隣の国衆を滅ぼした豪の者だそうです。さらに多数の北条勢を跳ね退け、多くの者を討ち取ったとか。きっと大男で髭が鐘馗様のような方なのでは、と、尻込みいたします。


 できれば、お優しい方、明るいお方に嫁ぎたかった。

 それも詮無き事。


「大胡の使者の方がおいていきました、姫様への御贈り物だそうでございます」


 何でしょうか?

 女子の喜ぶようなものを送ってよこしても、きっと側近の者が選んだものでしょう。あまりうれしくはありませぬ。


 玉手箱のような、美しい螺鈿らでんで飾られた四角い文入れをいただいたようです。


「何が入っているのでしょう? 姫様、楽しみですね」


 そうお付きの絹が促す。

 結び紐を丁寧に解き、両手で蓋を外し中身を覗くと、中には沢山の手紙? 

 切封のついた立派な手紙が40通以上!


 重なった手紙の一番上から封を切り読んでみました。


「……昨日、姫の輿入れ後の用意にと、街の木地総出で諸道具を作り申した。是非に使うてくだされ。勘定方・瀬川正則」


「……姫の好物が鏑漬けと聞き及び、場内にて畑を作り、かぶを作り始め申した。殿も泥だらけになり……武具周旋方・冬木元頼」


「……某は姫の手慰みになればと、お手玉を作り申した。またこれから貝合わせの絵を……東雲尚政」


「……儂は何もできませぬ故、今様いまようの舞を披露したく練習中に候。

 次席家老・後藤透徹」


「……姫の健康を願い、今新たなる本草の組み合わせを調合いたして居る故、安心して大胡に……城代家老・大胡道定」



「だいじょぶ。こわくないよ~。みんないい人ばっかだから。ずっと幸せにするからね。新郎(仮)の大胡政賢です!!」



 ……


 この47通の手紙、全ての大胡家臣からとのこと。


 びっくりするとともに、皆さま私が心細くあろうと思い、ご自分のできることを私のために準備してくださっていることに深く感銘を受けました。


 何やら普通のお家に嫁ぐわけではないという事だけは分かりました。

 ですが、心細さはどこかに逃げて行ったようです。


 大胡と、大胡政賢さまはどのような所、お方なのでしょう?


 🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸


 やはりもらってうれしい物はメールよりも……

 https://kakuyomu.jp/works/16816927860630530111/episodes/16816927860635996681

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