【気合】戦を極める人
1548年8月30日午の刻(午前11時)
赤石砦東方雑木林
上泉伊勢守信綱
(政賢に夢の中の戦場へ引きずり込まれた哀れな剣聖です)
夢を見ているようだ。
自分の人生が違う方向に捻じ曲げられた気がする。
しかし、悪い気はしない。これも道を究めるというものだろう。
6年前までは、剣の奥義を極めたい。
そのためには諸国の強者の剣技と試合わせ、弟子も取り多くの者に己が剣術を伝授する。だからいつかは出奔せねばならぬと思うていた。
先の大胡の殿が若殿と一緒に討ち死に為された時が潮時かとも思った。
だが自分の至らなさから逃げる気かと自問し、悶々とした毎日を過ごす儂の前に奇妙な童が表れた。剣術は全くできず。
足腰もふにゃふにゃでよく転ぶ。
しかし剣の太刀筋を理解し説明できる。
戦場での剣。槍。弓の使い方、長所短所を的確に言い当てる。
頭だけ別の生き物の様だ。
儂は次第にその童に魅入られるのを感じた。
大胡松風丸、いや大胡政賢、我が殿だ。儂の人生を捻じ曲げたお人の名前だ。
「お師匠。そろそろ潮時かと」
弟子の神後が声を掛けてきた。
意識を引き戻された。
いかぬ。
戦場で呆けていては皆に示しがつかぬ。
砦の矢倉から火矢が放たれた。
突入の合図だ。
「皆の者。心は落ちついているか? 深呼吸せよ。丹田に気を溜めよ」
皆が大きく息を吸い、そして吐いた。
「よし! 参る!」
ここは南からの侵入を針金で防いでいる松林の中。
下生えに隠れていた儂らが立ち上がると、目の前1町にて激戦が繰り広げられていた。
那波勢400と是政隊200。
その脇を固める招集兵200。
招集兵は時折弩弓を射かける。
もう双方、幾人もの脱落者が足元に転がっている。
那波勢が圧倒的に多い。
このままでも押し切れると思うが、それだけでは戦には勝てぬ。儂の指揮する斬込隊50は、手槍を脇に掻い込みひたすら駆けた。
あと10間の所まで来てやっと敵が気付く。
「敵方50! 右手後方より奇襲っ!!
もう遅い。
長柄が揃うまでにはたどり着く。
那波宗俊の首まであと3間。
「上泉伊勢守信綱! 推して参る!! 那波殿お覚悟!!!!」
儂の戦道が始まった。
極めるまで止まらない。
◇ ◇ ◇ ◇
同日同刻
赤石砦東正面
大胡是政
(最大火力を誇る部隊も弾が尽きれば走るだけという部隊を率いる足の速い人です)
那波勢が崩壊した。
俺の隊と死闘を繰り広げている時に、東より上泉殿の無傷の斬込隊が突っ込んだ。完全に士気が崩壊した。既に敗勢濃厚だった上に奇襲を喰らい、逃げ惑う敵兵。
その背後を容赦なく追撃する。
大将那波宗俊殿は落馬後、姿が見えぬ。
まあいい、捨て置いて先に進撃しよう。もう兵たちは体力が残っていない。だが戦う必要はない。
このまま一直線に敵本陣の東へ向かう。
ただそれだけだ。
殿から
「戦は気合!
気合だ~気合いだ~~!
気合負けした方が負け~。
だから相手の士気を砕けば、どんなに大軍でも烏合の衆で~す♪」
と言われた。
なるほど。
川越の時のお味方がそうであった。
今も、我が隊よりも人数は多いにもかかわらず逃げ散っていく那波勢。今度、皆で気合の入れ方を、どこぞの寺に指南してもらおう。
地図です
https://kakuyomu.jp/users/pon_zu/news/16816927861987210207
◇ ◇ ◇ ◇
同日未の刻(午後2時)
垪和左衛門太夫
(今回もまた本陣を薄くしてしまう、おつむのちょっと足りないかもしれない武将です)
右翼が崩れた。
宗茂の奴、焦りすぎたか?
高々2~300の敵に700が追い散らされておる。
もう那波一郡、奴では支えられぬの。あれでは。
その東門から出た兵300以上が南下してくる。これに当てるのは……本陣の500か?
いや、目の前で敵の主力と思われる、あの巨体の武者が猛威を振るっている。
成田の軍勢が殆ど千切れた。大将の泰季殿も行方知れず。
敵は、もう本陣目の前まで来ている。ここで本陣1000から兵を出すのはまずかろう。
既に予備として控えていた500は前備えに手当してしまった。
後備え500を差し向ける。
前方より
「垪和左衛門太夫! その首、おいていけ~~~~!!!!」
と、大音声で叫ぶ巨躯の鎧武者が近づいてくる。
槍の一振りで複数の足軽が吹っ飛ぶ。もう矢が残っていないのが口惜しい。誰か止める豪の者はいないのか??
「殿! 某が参る! 御免!!」
馬周りの者の中で一番の手練れが馬に飛び乗りそのまま突進する。
巨躯の武者に、槍をつけようとしたその時、巨躯に似合わない軽業で身をかわし、そのまま槍を振り回し、あろうことか馬周りの強者を馬ごと吹っ飛ばした!
「まだまだ、物足りぬわ~~。
もっと強い奴はおらんか~?
北条も大したことないの~~~~!!」
本陣も委縮し始めた。
人は超人的な者には原初的な恐れを抱く。
まずい。
崩れる!
「殿!
左手より、左翼戻ってまいります!! 助かった!!」
目を凝らすと左翼700がこちらの窮状にいたたまれず命令無視をしてまで駆けつけてきた。
儂の失策じゃ。
もっと早く引かせればよかったか?
じゃが、新手の出現に敵の士気も衰えたと見た。
「支えよ~~~~っ!
力の限り支えよ~~~!!
左手より新手1000が横槍をつけるまで支えよ~~~~!」
力の限り叫んでいた。
このまま前面の敵が崩れれば勝ちじゃ。全てが取り戻せる。
そう思うた……
🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸
お気楽な人にのせられないように
https://kakuyomu.jp/works/16816927860630530111/episodes/16816927860634330509
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