【決意】ミクロな決死戦

 1548年8月30日巳の刻(午前9時)

 赤石砦内

 長野政影(政賢のCIWS)



 殿は時折、先ほどの様に子供に戻るように見える時がある。


 お道化ている時の殿も子供の様であると言えばそうなのであるが、喜怒哀楽を隠す為の道化芝居なのであろう。


 ようやく某にもわかってきた。福にも確かめてみよう。


「政影~。ここじゃ敵が見えない~。矢倉に上ろう♪」


 それは危ないと嗜めるが、聞いてもらえないのは分かりきっている。


「やっぱり、正面にも物見櫓が必要だったなぁ」


 殿は南東の角にある矢倉へ上り、矢盾に隙間を作りそこから敵を見ている。矢盾の上から顔を出したいと仰ったが、流石に危険なので押しとどめた。


「ここの目の前が決戦場になると思うんだけど、もっとよく見えないと采配が振るえないよ~。助けて政えも~ん、何とかしてよ~」


 また意味不明なことをおっしゃる。

 某の名前まで違う。


「必要な時は、政影。僕をおぶれ。これは命令だ」


 真面目な物言いになり、厳命された。ここは命を懸けるという事か。


「多分、ここが引き返し不能地点。もう殺るか殺られるかしかない。生き残り戦略だけではもう限界だ。

 氏康を喰う!

 政影、ついてこい!」


 勿論、6年前より腹は決まっている。

 大きく頷いた。


「あ~、いいこと思いついた。僕のセリフの後にね、こう続けてね……」


 そして、後ろで手を組んで空を見上げた殿。


「俺は天下を手に入れられると思うか?」


「政賢様をおいて、何者にそれがかないましょうぞ」


「きもちいいなぁ~。銀河で英雄できちゃいそ~♪」


 殿は一人、腹を抱えてひとしきり笑った後、こうおっしゃった。


「さあ、おおばくちのじかんだぁ~~~~~!!」


 先ほどまで微かに震えているように見えた殿の背中は、堂々たる武将の背中に変わっていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 同日同刻

 南部正面後藤隊左翼前列第1分隊

 大野忠治

(後に出世するかもしれない?)



 左の腕に結わいつけられた布に書いてある自分の名前。初めて読めるようになった文字だ。


 腹いっぱい食えるとのお触れで応募した常備兵。入隊してから少しだけ文字が読めるようになった。親に言っても「そんなもんいらねんじゃねえか?」とだけ言われた。


 だが俺はこの文字が読めることを誇りに思う。もう無知な百姓じゃねえ。そう大胡の殿さまがしてくれた。

 だからご恩返しをする。


 その殿の大声が聞こえた。


 「おおばくちのじかんだぁ~~~」


 博打か!

 上州もんは博打が大好きだ。のるかそるか。やったろうじゃねえか。


 松山城の時よりも、数での不利が大きいという。身震いがしたが、これは武者震いというらしい。


 俺はもう、武者だ!


 3間半の長柄を、思いっきり力を込めて握った。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 同日同刻

 左翼東出入口前

 是政隊弩弓小隊第3分隊

 粕川新造(そのうち大胡に居ついてしまいそうな雑兵)



 弩弓は連射が効かない。

 一般に支給されている型式は、両足で先の取手を踏みつけて体全体の力で弓を引く。これだと普通の呼吸3回(15~20秒)程度の間は必要だ。


 しかし、これまでに大量の弩弓と、それに番える矢を準備できた。


 今、俺の前には20丁の弩弓がある。

 準備してある矢は一人に付き200本。


 まだ後ろの補給係が持ってくる準備をしている。

 これでもまだ不安があるが、射つのが間に合わなくなったときは長柄に持ち替えるだけだ。


 そして、今回は普通の野戦とは違う仕掛けがしてある。

 矢の届く長さに合わせて地面に白い布で目印がつけてある。そこまで敵が踏み込んだら第一射。決められた角度で射出させる。


 これでほぼ確実にその場所の兵の胸元を通る。そのための訓練もしてきた。



 俺たちは雑兵ぞうひょう


 銭で雇われた傭兵だが、これだけ準備してくれると負ける気がしねえ。後ろにも強ええ、奴らが控えているしな。大胡では、わざと逃げる以外は逃げなくて良さそうだ。


 大船に乗っているつもりでいるぜ、大将!


 ◇ ◇ ◇ ◇


 同日同刻

 右翼桃ノ木川右岸叢内

 甚兵衛(素ッ破の下忍)



 俺ら素ッ破は、仕事の多くが情報工作。


 戦働きはあまり好かん。

 影に生きるもんだ。

 風魔とは違う。


 此度の戦に駆り出されるのは正直、勘弁してほしいと思っている。だがお頭が引き受けてしまっている。もう後には引けぬ。


 お頭の言うには、今回は待ち伏せ。叢での不意打ちにのみ専念せよという。


 相手は風魔だ。


 桃ノ木川の西、草むらに隠れ大きく回り込んでくると殿さまは踏んでいるそうだ。

 確証はないが、来なければそれで仕事は終わりという事だ。


 どちらでも準備することは同じだ。自然の障害物に沿って味方が潜む。どうせ向こうも一網打尽にされないように、散開して移動してくるだろう。


 それを一対一で潰していく。


 体術はこちらに一日の長がある。地形も知悉しているこちらが有利。これで負けたら我ら素ッ破は笑いものよ。

 あとはどれだけ損害を減らすことができるかだ。そこは小頭の指揮次第だ。


 頼んだぞ、小頭の旦那。



 遂に、垪和はが勢の法螺貝がなった。

 長い一日が始まろうとしていた。


 🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸


 異なる世界線でも戦場では……

 https://kakuyomu.jp/works/16816927860630530111/episodes/16816927860633905422




 銀河を二人で手に入れる伝説の真似らしい。でもフラグではない。






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