【安中】国衆はよく転ぶ

 1548年4月下旬

 上野国国峰城(現富岡市)

 安中長繁

(大分年を取った爺)



「来たか?」


 目の前で真新しい座布団に座っている小幡憲重が、鍋のおっきりこみほうとうを口に入れながら儂に問う。


「来た。そちらもか?」


 調略のことだ。


 儂も鍋物をふがふが言いながら食べつつ答える。

 ここ西上野は米がほとんどとれぬ。よって粉ものをよく食する。山の幸をぶっ込んで食べるため出汁がよう出て旨い。


「ああ。しかも北条のみならず武田からも来ておる」


「ふむ。やはり管領家はもういかぬの。頭が軽すぎたわい。儂らの失策じゃ」


 ここの所、管領の阿呆が益々ひどくなっておる。この時期に誰が我攻めなどするか! これで北条になびくものが増えよう。


「それでお主は北条に行くのか?それとも武田か?」


 ここ小幡の国峰城は武田の信州に近い。逆に北条の版図との間には平井の金山と、その直轄領、さらには倉賀野の旗本がいる。これはなかなかなびくまい。


「武田にはまだいけぬな。晴信が回復するまでは様子見じゃ。だからまずは北条を誘い込んで上杉からの離反の名目を作る」


 小幡は上杉に見切りをつけたか。儂と同じじゃな。

 しからば……


「此度の那波城攻め。応ぜぬと?」


「それは早計。まだ寝返るには手柄がいる。何かを土産とせねばなるまい」


 それはそうだが……


「然れば、我らが2名、途中で引き返し、城攻めができなくするとかは?」


「うむ。今はそのくらいしかないわ」


 あまり見せたくはないが我が失策を見せるしかないの。小幡とは領地が近い。今までも一蓮托生であった。


「長野には調略は効かぬ。これまでのいさかいを思えばな。よって大胡によしみをと思い文を送った。調略の誘いじゃ」


「それは良策ぞ。そこから長野への調略もできるやもしれぬ。松風には大胡を継がせてやった恩がある。この通り、先ほど松風丸からご機嫌伺いと称して座布団を送って来よった。儂が尻を病んでいるのを知っているとはの」


 尻に敷いている、真新しい絹で作った厚手の座布団を指で差す。

 それはどうだか、と思うが、


「それに対する返答の文がこれじゃ」


 懐から手紙を出して手渡した。

 どれどれと、小幡は文を開いた。


「なんじゃあ? これは!」


 その文にはたった2文字。

 墨痕鮮やかに


 『やだ』

 と。


「愚弄するにもほどがある! あの童がぁ!」


 これから陣を同じくする者にこれはないだろうと思いつつも、その隠れた意図に気づいたのは幸いじゃった。



「あの童は、いやもう今年には元服かの。

 儂をめたんじゃ。これで儂を悪者あくじゃにさせようと思ったに違いない。那波城攻めができなんだのは安中の爺のせいだとな。然れば儂には出陣するしか手が残されていない」


「……そうとなれば、我攻め前に引き返すか」


「うむ。そのための言い訳として……

 既に北条方へ内通して居る。そして那波城への後詰を増やす事、願い出ているところじゃ」


「なんと。手際がええのう。後詰の大軍が来たので帰るということか」


 儂が頷くのを見た小幡が、


「ではここへ来た目的は儂も一緒に動け、ということか?」


 いま一度ひとたび頷く。

 小幡はしばし考えた後、こう言うた。


「儂も、もう一つの管領家に乗り換えるかの。あ奴はもう使い物にならぬ」


 既に8年前に北条は関東管領の職を古河公方から得ている。儂ら国衆は権威のある、そして勢力の強いものに付くのが処世術じゃ。その中で如何に盤石な地位を作るかが大事。


 此度の乗り換えも、長野より先に北条の馬前に膝を屈する。

 ここが勝負所よ。


「しかし、松風はなぜ上杉家に留まる? 親の恨みがあろうに。長野への義理立てか? 」


 儂だけが知っている。

 親の恨みどころか、「あの阿呆が」刺客しかくを発し、大胡入城の直前に松風を襲わせ、その叔父すらも殺したことを。


 もしや、これにも気づいているのか?

 その差配をしたのが儂だという事にも……


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