【情報】何事も情報ですよ

 1555年12月下旬

 上野国和田城下(現高崎)

 坂田屋甚八(元武田御用商人)



「お前さん。お仕事お疲れ様。昼餉のお弁当、こちらへ置いておきますね。来年は昨年より稼ぎましょうよ。あんな甲斐の猫に引っかかれたぐらい、何ともないでしょ?  逆に尻尾を掴んで投げておやりよ」


 うちの奥方さんは、甲斐の山梨からここ上野国和田へ移り住んでから、少々「かかあ天下」という気風の影響を受けてか、肝っ玉が据わってきました。


 昨年、大胡様の仕掛けた銭の罠にかかり晴信様が膨大な借財をされた折、御用商人であった我が坂田屋は譴責けんせきを受け、甲斐から一文無しで追い出されてしまいましたよ。親父様は傷心して帰らぬ人となりました。


 それを見越してか大胡様からは、


「何かあったら大胡へおいでよ~。甲斐よりもっともっと楽しい仕事用意しているからね、ふふふ♪」


 とのお誘いを頂いていた。


 元々、親父様が蔵田屋さんに乗せられて始めた東国商人協会。

 あまり気乗りはしなかったし、こんな結果となって大胡様にはあまりよい印象を持っていなかったが。


 和田城下に設置準備がなされ始めていた「東国商品取引所」の仕組みに目を回すと共に、

「ここを取り仕切って全国の相場を操ってみたい!」

 という気持ちで居てもたってもいられず、大胡様に土下座して、ここで働かせていただく事を願い出ていた。


 以前からも厩橋城下にて先物市場が開かれていたのだが、ここは本格的に日ノ本中の225種類に及ぶ産物の価格を「先に」決めて、それを基準として交易時に商いの目安としている。


 言い換えれば、各大名領地の米を始めとした必需品の価格が高いときにはそこへもっていき、低いときにはここから買い付ける。


 これを東国商人協会に参加している商人だけで行うという仕組みなのだ。


 これに対抗できる商人はいるだろうか? 私には思いつかない。


 大胡様の言葉ではないが、


「戦は物量作戦が基本! 商人の商売も銭を多く持っている方が有利でしょ? でもそこは情報戦で補っちゃうわけ~」

 ということなのでしょう。


 流石、3歳の小さき頃より米を転がし巨利を得ていたという鬼才。考えることが凡人ではないですね。


「頭取様。あと7日ですね。この市場が動き始めるのは。来年4日には毎日忙しくて眠れなくなるかもしれませぬな。その働いた分だけ、市場が大きくなった分だけ利益がうちらに還元されるわけですから、やり甲斐がありますね」


 黒板という、値を書き込む小さな板を目いっぱい担いで、この大きな部屋へ入ってきた副頭取が私に声をかけつつ、ニヤニヤしながら忙しなく動き回る。


 私らは殿の言葉で「いんさいだあ」というらしい。

 私の所に全国各地の情報がいち早く寄せられるため、自分で指値をすれば容易に儲けが出るのだ。よってここで働くものは一切の交易ができなくなっている。


 残念にも思えますが、ここで日ノ本全土の商いを操っているという万能感には比べ物にはならないですね。


 大胡様は、この仕組みを使えば容易に荷止めができるとお考えですが、他に打つ手がなくならない限りそれはやらないとの事。


 それよりも「大胡札」の普及に精力を使ってほしいと仰っている。

 今上洛されている大胡様は京に市を作り、そこに大胡札の交換所を作るご予定。その市を守り大胡札を守り、そして普及させることが目的だとか。


 その仕組みを聞いたのち基本的な質問をしてみた。


「商人や庶民は大胡札を使うのか?」と。


 その答えが、


「それは通貨の基本原則で【質の悪い銭】の交換比率が質の良い銭と同じなら、良い銭の「退蔵」が起きます♪ ましてや鉄の増産と消費は今後止まることないから、どんどん流通するわけ。すると市場には大胡札ばかりになりま~す。悪貨は良貨を駆逐するのです~」


 成程と思いましたよ。

 永楽銭を実質的にビタ銭にしてしまおうと。


 西国商人は唐国へ一隻船を送るだけで5万貫文くらいは平気で永楽銭を持ってこれる。これを潰すのが狙いですね。


 さぞや怒るでしょうね、西国商人の皆様は。

 これは見ものですね。ははははは!!


 ◇ ◇ ◇ ◇


 1555年12月下旬

 上野国那和城

 真田幸綱(大胡本拠地那波城城代・諜報担当)



 2枚の小さな紙を見比べている。

 両方とも素ッ破が品川から河越の太田殿まで届けてきたものだ。


 その後伝書犬にて運ばれてきた。3名の者が送り出されたというが、そのうち2名のみが河越までたどり着いた。


 今、南武蔵では相当な防諜が為されているらしいな。

 

 この紙は符牒じゃ。

 それも毎週変わる符牒の一部だけ、出立時に教えられる。伝令の素ッ破が敵に倒されても、それをすり替えることは出来ぬ。

 その結果がこれじゃ。


 一方は正真正銘の伝言。

 もう一方は途中ですり替えられた符牒の紙。


 奥歯に仕込まれていたものだから、本当の伝令は既に消されているであろう。瞑目すると共に偽の伝令が伝えてきた言葉を思い出す。


「真田殿は主戦力を引き連れて、河越にて決戦の覚悟を持って臨んでほしい」


 業政殿の言いそうな言葉じゃが、品川を「死に場所」と決めたらしい業政殿。

 そのような事は言わぬであろう。


 品川で武田にできうる限りの出血を強い、できうる限り戦を引き延ばす。そして殿の帰りを待ち、それから決戦を、と望んでいるであろうに。

 

 もう一人の符牒は合っていた。


 そちらの伝令も見知った顔ではなかったが、途中で倒された素ッ破の者に繋ぎを頼まれた以前から草として埋められていた者であったらしい。


 そちらの者が伝えてきた言葉は、

「品川を出来る限り守る。主力機動部隊はじめ大胡勢全ての作戦、如何様いかようにも真田殿の差配にてお願いしたい」


 とのこと。


 晴信もようやるわ。

 この真田を相手に諜報戦で引けを取らぬとは。されば武田の三ツ者、逆手にとって慌てさせてくれる。

 

 自由裁量を得たこと、感謝じゃ。



 大胡55万石、兵13000名、

 自由に動かせるなどとは夢にも思わなんだ。

 腕が鳴るわ!


 ◇◇◇◇


 ああ。遂に嫁入新聞が廃刊に><;

 https://kakuyomu.jp/works/16816927860630530111/episodes/16816927860664863176


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