【決戦】1553年。さあ、せんそーの時間だ~

 1553年11月下旬

 上野国大胡城南西1里(4km)。

 長野政影

(政賢の側使え)



 政賢まさかた様が前方に展開し始めた北条氏康率いる兵10000を見ている。


 行軍を終えて野戦をする準備だ。

 桃ノ木川に沿って備えを展開している。


 横陣だ。


「うまくいったかなぁ。

 なんとか間に合ったようだね~♪」


 そう。

 ここは桃ノ木川を大胡城に向けて進軍する際の、いくつかある渡河地点の一つ。

 忘れもしない、父が討ち取られた場所でもある。



 大胡勢が後退を繰り返しながら、ちょうどこの事前設営された場所に着陣して準備万端整えて迎え撃つ。

 遅いと追いつかれて大損害。

 早いと他の渡河地点を探られて迂回されてしまう。


 この陣地ならば、2200の大胡勢でも、5倍近い10000余りの北条勢に対抗が可能であると殿はおっしゃる。


殿軍しんがりの後藤様が手際よく」


 我が大胡勢最強の備えを率いる、家中一等の印・朱槍を与えられている猛将だ。

 今までに何度も北条の備えを突き崩している。

 正しく北条から最大の警戒をされている人物でもある。


「さすがお仁王様だね。焼酎を1樽上げなくちゃ。

 ま~た荒れるなぁ。

 酒乱には飲ませたくないけどねぇ~」


 いつもの癖で殿は頭を傾げ、茶筅髷をいじっている。

 また整えて差し上げねば。

 この戦が終わったなら……。


 おっと、

 このような言い草は「旗を立てる」からいけない、とかおっしゃっていたな。

 まずは、目の前のことに全集中だとも。




 風が強くなってきた。


 右手の赤城の裾野から吹き降ろす赤城おろしが、殿の陣羽織をはためかせる。

 流石にこの高さでは吹きさらしでなくとも体が風に持って行かれる。


 ここは2間の高さがある、四隅を杉の丸太で支えた急造の物見櫓だ。

 前後左右には手を掛ける横木をつけているが、普段でも足がすくむ高さ。


 全面には矢盾が固定されている。

 しかしこの強風では人によっては、真っ青になって何も考えられないであろう。


 だからといって、

 大将が物見をするという突拍子もないことをする大名はいない。       


 我が殿以外は……


「くれぐれも矢盾の上には乗りださぬようにお気を付けくださいませ」


 殿は自分の保身には、とんとご興味がない。


 だから某が片時も離れずにいること。

 これは亡き父の遺言でもある。

 そうでなくても某はそう致すが……



 この方を守りたい。

 天寿を全うさせたい。

 そしてどのような生涯を歩まれるか見てみたい。


 故に、

 できる限り仔細に書き残すつもりだ。


 なぜならばこの方は、「面白い」のだ。

 全てが奇妙奇天烈で何を始めるか全くわからない。


 たった12年で7000人程度の大胡領を、18万もの人々がにぎわう領地にしてしまった。

 これからも、もっと面白いものを某に、皆に見せてくださるに違いない。


「政影く~ん。日記、書かなくていいの~?」


「殿がそのような格好でおられますので、某が常に太刀を抜けるようにせねばなりませぬ」



 殿はいつもの如くとても軽装だ。

 兜もつけず、皆に「これだけは!」と言われて、一番軽い大胡胴を申し訳程度に身に付けている。


 勿論、太刀も佩いていない。


 理由を聞くと、

「政影くんね~。僕がそれ振り回して何か役に立つと思うかい?」


 と、ひとさし指を縦に突き出し、左右に振りながらおっしゃる。

 殿は、童の頃から全く武技は身につかない方だ。

 師匠である上泉殿もお手上げと、あきらめている。



「とにかく、飛んでくる矢は任せたよ~」


「鉄砲の玉以外は切り捨てまする」


 いざとなったら、この人一倍大きな身体で防いで見せる。


「よろしくね~♪」


 某はこちらの方を振り向いていた殿よりも早く、その異変に気付いた。



「殿。動きましたぞ」


 敵の後備え2000程が、右手に進路を変えていく。


「あ~そう来るよね。普通は」


 後備えの進路には、上泉城がある。

 そこを抜けば一気に我らが故郷大胡。

 城を迂回したとしても、時間はかかるが2000ならば山道の進軍、無理ではない。




 広範囲の地図です

 https://kakuyomu.jp/users/pon_zu/news/16816927861732432369



 地図です。

 https://kakuyomu.jp/users/pon_zu/news/16816927859189629958



「一応、仕掛けはしてきたけど、使いたくないな~。最後の時まではね」


 上泉城は小さい。詰めている兵も農民兵200だ。

 士気は高いが、10倍の敵にどこまで持つか……


「さて。氏康くんが仕掛けてきたんだから、そろそろこっちも動こうかな。早くかたづけて、お家で作りかけの大皿に絵付けをするんだ」


「殿、それは旗を立てる、というものでは?」


 殿は、はっとした表情になったのち、照れ隠しか、また髷をいじり北条方を向いてこうおっしゃった。


「フラグは折ればいいっ! 

 秀胤! 

 皆に演説する! 

 準備を」


「はっ」


 参謀の上泉秀胤殿が、伝声管のついた巨大な拡声喇叭を用意した。


「全員! 傾注!! 

 これより殿からお声を賜る!! 」


 秀胤殿から渡された伝声管を右手に、左手を後ろ手に組みつつ殿は胸をそらし。


「え~、ごっほん。

 あ~あ~、大胡のみなさ~~ん。

 聞こえてるかな~?

 これから大事な決戦がありま~す。

 兵力差に尻込みしている人います?

 あの北条氏康だから怖い人もいますか?

 でも、大丈夫。安心してね。

 僕たちは負けないよ。

 負けないように12年間、

 皆さんと一緒に頑張って準備してきました。

 自信をもって戦いに臨みましょ~。


 ではっ! 

 目をつぶって深呼吸。

 吸って~吐いて~

 自分に内なる鬼神を呼び起こせ!

 此処を先途と命を燃やせ!

 家族のため、未来のため、何でもいい。

 守れ、護れ、燃え上がれ。

 敵を叩き潰せ!


 大胡魂を見せてやれっ!!」



 ぉおおおおおおおおおおお!!!!!

 ずんっずんっずんっ!!


 2200の雄たけびと思えない大音声が。

 4400の足が踏みならす地響きが河畔を揺らす。


 いったい、この19歳にしては小柄な体躯のどこからこのような全身を震い立たせる大音声を出せるのだろうか?


「さ~て。せんそーのじかんだ~♪」


 軽いのか重厚なのか、一目では判断付かない存在。まったく、よくわからぬ人だ。それでいて人心を一気に掌握する力。


 これだから見てみたい。

 この方がどこまで行くかを……最後の最後までついていこう。


 この方の夢

『国家というものを造る』ことが出来るのかを確かめるため。


 巻きあがった土煙が左に流れていく中、砂塵が目に入らないように額に手を当てて敵陣を見据えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る