第12話 合格しました

 放課後、俺は河川敷のベンチでスマホゲームに興じていた。夕愛は家の用事があるらしい。


 イヤホンをはめて、音ゲーパートをプレイする。Bluetoothのイヤホンは便利だが、若干の遅延が発生してしまう。俺はゲームのためだけに有線のイヤホンを常に携帯している。スマホもイヤホンジャックがあるものを選んだ。すべてはこのゲームのため。


 数日ぶりのプレイだが、終盤までノーミスだ。やはり身体が覚えている。


 フルコンボまであと一小節、といったところで、急に肩を叩かれた。


「うおぅ!?」


 親指があらぬ場所をタップしてコンボが途切れた。


 曲が終わる。当然、ベストスコアの更新にはならず。


 ――なんだよ、調子よかったのに。


 若干の怒気とともに振りかえる。


 石水さんだった。俺はイヤホンをはずす。


「あ~……。こんにちは」


 俺は彼女から目をそらし、ぼそぼそと言った。あんなふうに言い合いみたいな感じになってしまい、ちょっと気まずい。


「どうも」


 しかし石水さんは気にした様子もなく隣に腰かけた。


「そのゲーム知ってる」

「あ、そ、そう。石水さんも――」

「パパがやってた」

「パ、パ……」


 そんな古いゲームではない、はず。サービスが開始してまだ五年……、いや、六年? 七年まではたっていなかったような……。


「ずっとやってるの?」

「うん、まあ」

「ほかには?」

「ほかはやってないかな」

「ひとつだけ? オタクっぽいからもっといろいろやってるかと思った」

「オタクっていってもいろいろいるからね。最新の流行を渡り歩くひとも、ずっとひとつのコンテンツを深掘りするひとも」

「あんたは深掘り派?」

「うん。というか、それしかできないんだよね。新しいコンテンツに興味がないわけじゃないんだけど、やっぱりこれが好きなんだよなあって」

「ふうん……」

「無器用だろ?」


 自嘲気味に笑う。


「そうだね」

「肯定……」

「まあでも、悪くないと思う」


 ――……なにが?


 無器用より器用なほうがいいと思うが。


「だから俺なんかに石水さんみたいな子はもったいないよ」

「あのさ」


 石水さんは眉間にしわを寄せて俺をにらんだ。


「なんかちょくちょくそういう自虐するけどさ、やめなよそれ」

「え?」

「自分を落とせばあんた自身は楽かもしれないけど、あんたのこと好きな奴の気持ちまで裏切ってるんだからね」


 石水さんは怒っている。でも今までみたいな理不尽さはない。だからこそ本気の怒りなのだとわかる。


「……ごめん」


 図星を突かれたような気がして、俺は素直に謝った。


「でもまさか石水さんがそこまで俺のことを本気で好きだなんて思わなかった」

「は? あんたのことなんて好きなわけないでしょ」


 石水さんはさっきの比ではないくらい顔をしかめた。


「……はい?」

「自虐するくせにたいした自信だね」


 石水さんは立ちあがった。


「だいたいわかったから。もうあんたにつきまとったりしない」


 ――……ええ?


 なんだこの急転直下の展開。


 俺は去っていく石水さんの背中を呆然と見送った。





 休みの日、古本屋を巡り、小腹が空いたのでファストフード店で間食していたら、見慣れた顔が店に入ってきた。


 夕愛だ。すぐに俺に気がつき、まるで犬が尻尾を振るみたいに小刻みに手を振った。しかしこちらにやってこなかったのは、彼女が連れを伴っていたからだ。


 その連れは石水さんだった。


 ――は?


 チキンナゲットを持っていた手が震えた。


 いや、待て、落ち着け。俺はなにもやましいことはしていない。石水さんの告白はきちんと断ったし。第一ふたりが友だちだなんて知らなかったわけだし。


 かといって堂々とここに居座る度胸もない。さっさと食べてとっとと出よう。そう考え、ナゲットを口に詰めこみ、ドリンクで流しこむ。


 しかしカップの中身はバニラシェイク。


 ――流れん……!


 どろっとした液体で、かえって口の中はぱんぱんになる。


 焦りに焦っていると、なんと俺の正面に石水さんが座った。


 ――なにしてんのこの子……!


「相席いい?」


 俺はリスのようにせわしなく咀嚼し、なんとか口の中を空にすると、カウンターで注文する夕愛に聞こえないよう声をしぼって言った。


「ど、どうだろう。俺、もう出るし……」

「なにおどおどしてんの?」

「い、いや、なんというか、その……」


 俺はさらに小さい声で言う。


「石水さん、ゆ――漆原さんと友だちだったの?」

「そうだけど。ついでに言うと、夕愛とあんたがなんかこそこそやってるのも知ってる」


 俺ははっとした。


「もしかして……、『きぃちゃん』?」

「石水喜依きえ。夕愛には『きい』って呼ばれてるけど」


 ちょっと前に夕愛が『きぃちゃんに監視されてる』と言っていたのを思いだす。


「なんでそんなこと」

「どれのこと?」

「全部だよ。漆原さんを監視したり、俺に告白したり」

「心配だったから」


 石水さんは胸の下で腕を組み、夕愛のほうに目をやる。


「あの子、男に遊ばれては捨てられてる。もう見てられなくて、だからわたしがどうにかしないとって」

「それで俺を試した……?」

「またクズだったら、弱みを握ってでも別れさせようと思って」

「……結論は?」

「あんたに女で遊ぶ度胸はない」

「ぐぅ……!」


 的確すぎて反論する余地がない。


「で、でもひとつまちがってる。俺たちはべつに付きあってない」

「あんたがやってたゲームを調べたんだけど、夕愛に似てるキャラがいたよね」


 ドキィッ!?


「さしずめ夕愛があのキャラに寄せたか、あんたがあのキャラに寄せさせたか」


 なんだこの子、ギャル探偵か?


「どっちにしろ言えるのは、夕愛はあんたのこと好きってこと」

「でもそれは――」

「あー、もういい」


 石水さんはこちらに手のひらを見せた。


「わたしが気がかりだったのは、あんたが夕愛を傷つける奴かどうかってことだけ。そうじゃないってわかったから、あとはそっちで好きにやってよ」


 ――ええ……? 勝手ぇ……。


 あまりの自由さに呆気にとられていると、石水さんはちょっと気まずそうに目を泳がせた。


「あと一応言っておくけど」

「なに」

「ごめんね」

「はい?」


 急な謝罪に俺はニワトリみたいに首を突きだす。石水さんはふてくされてぼそぼそと言う。


「テストみたいなことされてウザかったでしょ?」

「それはべつに。むしろ石水さんみたいな子が漆原さんの友だちでほっとした」


 振り回されはしたが不愉快ということはない。それにきれいな子に告白されるのは何度経験してもいいものだ。


 石水さんはぽかんとした。


 そしてふっと笑う。


「変な奴」


 彼女の笑う顔を初めて見た気がした。俺はちょっと気になっていたことを尋ねる。


「それにしてもさ、あんなにしつこく食いさがる必要あった?」

「だって、あんなにあっさりフるから。わたしにだってプライドくらいはあるし」


 と、少し口をとがらせる。今度は俺が笑う番だった。


「えっ!?」


 そのとき横合いからすっとんきょうな声がした。


 夕愛だ。彼女はハンバーガーの乗ったトレイを持ち、目を丸くしている。石水さんを見て、俺を見て、また石水さんを見た。


「ふたりって知りあいなの……?」

「同じゲームをやってて」


 石水さんはしれっと言った。


 ――パパがな。


「ええ、まじで? 超嬉しい!」

「なにが嬉しいの?」

「だって、わたしの好きなふたりが仲いいんだよ? そんなの嬉しいに決まってるじゃん!」


 などと夕愛は無邪気にはしゃぐ。


 石水さんはちょっと照れくさそうな苦笑いを浮かべた。多分、俺も同じ顔をしているに違いない。


 めぼしい本は見つからなかったし、ふたりと鉢合わせて一時はどうなることかと思ったけど、なんだかんだと今日はいい休日になった。

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