第9話 エッッな自撮りよりも
夜。授業で集中できなかった分をとりかえそうと復習をし、一区切りついたところで休憩がてら久しぶりにスマホゲームで遊ぶ。
画面に映っている凜奈を見て俺は思った。
――夕愛に似てるよな。
「……いや、あれ?」
違う違う、順番が逆だ。夕愛が凜奈に似ているんだ。なんでそんなことを思ったんだろう。
そのとき通知が来た。夕愛からだ。通知バナーには『写真を送信しました』の文字。
通知をタップしアプリを開く。
「ぅぉっ!?」
画像には夕愛が写っていた。いわゆる自撮りというやつだ。しかしその服装が問題だった。
クリーム色のキャミソールとショートパンツ。きれいな鎖骨、なめらかな胸元だけでも目に毒だというのに、前屈みになっているせいか豊かな胸の谷間が露わになっている。手のひらで目元を隠しているのが妙にインモラルだ。
シュポ、と効果音が鳴り、キス顔の絵文字が送られてきた。
こういう場合どう返事をするのが適当なんだ? 「ありがとう」だと、ありがたく使用させていただきます、みたいにとられそうだし、「セクシーだね」だと、スケベなおっさんのねっちょりした返信みたいで気持ち悪い。「きれいだね」は、単純に恥ずかしくて言いづらい。
問題なのは、これらがすべて俺の素直な感想だということだ。気持ちは素直に伝えればいいと世間ではよく言われるが、素直だからといってすべて受けいれてもらえるわけではない。それは俺も身をもって体験している。
返信に困っていると、夕愛からのメッセージが追加でやってきた。
『こういうの嫌だった?』
絵文字のない文章。それゆえに夕愛の不安さが伝わってくるようで、俺は慌てて返事をする。
『ちょっと驚いてただけ』
『よかった』『リクエストある?』
『リクエスト?』
『うん』『どんなポーズでもするよ』
――どんなポーズでも、だと……?
俺好みの容姿をした美少女に好きなポーズをとらせることができる。ゲームではなく現実に。俺は前世でどんな徳を積んだのだろう。
頭の中にありとあらゆるセクシーポーズが駆け巡った。髪をかきあげるポーズ、横座りして床に手をつくポーズ、女豹のポーズ、寝そべって頬杖を突くポーズなどなど。
しかし最後に浮かんできたのは、友だちとの立ち話のときに夕愛が見せた自然な笑顔だった。
せっかくポーズをとってもらえるのに笑顔の写真を送ってもらうのか? それはもったいなくないか? しかしあまりにエロいポーズをリクエストしたら軽蔑されないだろうか。
などとまごまごしているうちに、次のメッセージが送られてきた。
『ないみたいだからオススメのポーズを送りますね』
時間切れ。残念なような、ほっとしたような。
『オススメって?』
『全裸で足を広げてるポーズ』
――……は?
ちょっと待て、想像をはるかに超えてきたぞ? 俺のが少年誌のグラビアだとしたら、夕愛のは紐とかで封印されて中が見られなくなっている系の雑誌のやつだ。
それはさすがにやりすぎだ。止めるべき。そう理性は訴えたが、本能がそれを拒む。
脳内で天使と悪魔がマウントのとりあいをしているうちにスマホからシュポっと音が鳴った。画像が送られてきてしまったらしい。悪魔側の判定勝ちだ。
見たい。見たいが、そこは超えてはいけない一線のような気がする。
――うう……。
でもさすがに見えちゃいけないところは加工で隠すだろうし、向こうが見せたいと言っているのだから見てあげればいいのでは?
葛藤のすえ、俺は薄目でぼんやりと画像を見ることにした。セルフモザイクだ。
――……ん?
たしかに肌色の多い画像だ。しかし違和感があった。
俺はしっかりと目を開く。夕愛の言ったとおり、仰向けになり、一糸まとわぬ姿で開脚する姿がどアップで写っていた。
犬の。しかもオスだ。
着信の音楽が鳴って俺はびくりとなった。夕愛からのビデオ通話だ。俺は受話器のマークをフリックした。
さっきの絵文字みたいににんまりと笑う夕愛の顔が画面に大写しになった。
『うちのワンコ、見てくれた?』
「……ああ。柴犬か?」
『そう。名前は信長』
夕愛が画面を覗きこむ。
『どうしてムッとしてるんですかあ? もしかして……、わたしの裸じゃなくて残念だったとか?』
「そんなこと……!」
いや、あるわ。ふつうにある。期待してなかったなんて言ったら完全に嘘だ。
返事に窮する俺に、夕愛はいっそう嬉しそうに破顔した。
『あ、信長、おいで』
画面外に向かって犬の名前を呼ぶ。足元にさっきの信長くんが来たらしい。
『よいしょ』
と、抱きあげる。信長という名前のわりにずいぶんと愛くるしいつぶらな瞳をしている。夕愛は頬を寄せた。
『ほら誠汰くんだよ。信長、挨拶して』
「あ、信長さん、こんばんは」
俺は会釈をした。
『なんでさん付け?』
「だってあの信長だぞ?」
『あの信長ではないけどね? あとあの信長だとしたら
夕愛も信長に対し一定の敬意は持っているらしい。
と、そのとき。
『きゃっ……!』
夕愛が悲鳴をあげた。信長くんがぺろりと彼女の耳を舐めたのだ。
『ちょっと、もう!』
叱りつけるが信長くんはやめない。むしろ意固地になっているかのように夕愛の耳に鼻を突っこんで舐める。
『なんか、この子、耳を舐めるのが好きで……。ちょっと! ひゃん……!』
ぺちゃぺちゃと水っぽい音がこちらまで届く。
さすがに俺も犬に責められている美少女を見て興奮するほど性癖はこじれていない。ただ夕愛の口から発せられる「ん……」とか「あんっ」「やめて……」などの切なげな声が聴覚から俺の本能を刺激してくる。ちょっとしたASMRだ。
信長くん、グッジョブとしか言えない。
『はい! 終わり!』
と、腕を伸ばし、信長くんを遠ざけた。
『まったくもう、変なこと覚えちゃって。めっ、だからね?』
叱られているのにパタパタと尻尾を振る信長くん。夕愛は微苦笑をした。
――あ……。
完全に心を許した相手に見せるくつろいだ笑顔。誰かに見せるためじゃない素直な気持ちの発露。グラビアみたいなポーズも魅力的だが、俺にはこんな夕愛の顔のほうがグッときた。
俺はその画面のスクリーンショットを撮った。カシャ! と音がする。すると夕愛が「おや?」というような顔をした。
『今なんか撮りました?』
「え? あ」
知らなかった、通話でも聞こえるものなのか。
「いや? 気のせいじゃないか?」
『嘘、聞こえたもん。スクショしたでしょ。素直に言いなさい』
信長くんを相手にしていたからか、俺に対してまで命令口調になっている。
年下の女の子に説教されるのは、なんというか、思ったより嫌な気分ではない。怒りながらもどこか甘えてもらっているような、そんな感覚だ。俺は軽いマゾなのかもしれん。
「まあ、撮ったけど」
『やっぱり! どうせ変な顔だと思ったんでしょ』
「まさか、全然」
むしろ可愛いと思ったから。
『どうだか』
「勝手に撮って悪かった。消しとく」
『……消さなくてもいいけどさ』
どっちだよ。
『だって、誠汰くんが撮りたいって思ったんでしょ? なら、いいよ』
照れたように目をそらし、身体を揺する夕愛。俺はその姿もスクショした。
『ちょっと!?』
「だって撮っていいって」
『じゃあ誠汰くんのも撮らせて』
俺はフロントカメラを指で押さえた。
『誠汰くん!?』
その悲痛な声に俺は思わず吹きだした。
「俺、そろそろ勉強にもどるから」
『勝ち逃げするんだ?』
勝ち、なのか……?
「夕愛もちゃんと勉強しろよ」
『あ~、あ~、聞こえな~い。ベーだ』
ぺろっと舌を出し、通話が切れた。
「ふっ」
思わず笑いが漏れる。
俺はスマホを脇に置き、シャープペンを握りなおす。
その後の復習は今までの不調が嘘のようにはかどった。
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