ゆるりと育むツボミ

てぶくろ

ゆるりと育むツボミ

時刻は夕方。

公園のベンチに、一人の少女が座っている。


小さな背丈を包むのは、学生服ではなく怪しげなローブ。怪しげなローブに良く似合う大きな帽子と、長い杖を携えている。


少女は鼻歌交じりに空を仰ぎ、足を前後に振りながらベンチに座っていた。時々公園の入口に人影を感じると、そちらをちらっと見てはすぐに視線を夕焼けの空へと戻す。


そんな少女の背後――公園の裏手側から迫る影があった。

両手を僅かに広げ、足音を立てないように慎重に近づく人物は少女まであと一歩の距離まで近づくと――


「驚かすつもりでしたか?」


少女の口から、実に楽しげでどこか嬉しそうな声が発せられる。


「――しゅう」


ローブの裾をポンポンとはたいて、少女は地に足をつけて人影を正面に捉える。

蒼色をした両の瞳で、相手を見つめにこやかに微笑んでみせる。


「なんで気づかれたのか、なんて顔しないでくださいよ」


やれやれと言わんばかりにため息をつく少女は、相手の横に並び優しく手を取ると公園の出口に向けて歩き始めた。


まだ2人だけ――気づかれてる気はするが、公言していないそんな2人だけの秘密の関係。

家まで一緒に帰る、ただそれのためだけ2人は公園で待ち合わせをし、可能な限りゆっくりと今を楽しむ。

そんな2人だけの特別な時間。


2人並んで家路へと向かう道すがら、


「――ときに」


少女はいつもよりも、ほんの少し小さめな声でポツリと話し始める。


「...あの時の返事を、私はまだ聞いていない気がするのですが...」


帽子のツバで顔が隠れており、少女の表情はうかがえないが声と手が僅かばかり震えている。


「...勇気が要りました...謝りたかったし、嫌われたく...なかったし...わけがわからなくなって...」


ポツリポツリと紡がれる言葉、相手を掴む手に無意識にも力がこもっていく。


「...しゅうは...私の事――」


その続きの言葉を紡ぐことは出来なかった。

帽子の上から頭をポンポンと優しく撫でられ、見上げてみれば相手はどこか気恥しそうにはにかんでいる。


そして、何かを言おうと口を開――


「やっほーー!!」


聞きなれた声が2人の後ろから飛んできた。

ハッとした2人はできる限り自然に――そう、自然に杖を振るっていた。


頭を打ち据えられたが、手加減されていたのかあまり痛そうではない。だが大袈裟に「痛い!」と騒ぐのをきっかけにいつもの光景が繰り広げられる。


そして、

探偵部の面々で帰路に着く。


イタズラな風が少女の帽子をふっと空へと飛ばしたが、赤い髪の少年がそれをキャッチする。


帽子を被るまでの短い間、夕日に照らされた少女の顔は真っ赤に染まっていた。





――季節外れで



――紅葉のように真っ赤な



――誰も知らないサクラの花が



――今、小さく開き始めた。





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ゆるりと育むツボミ てぶくろ @tebukuro_TRPG

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