女性専用イヤーエステ専門店

machi

耳かき専門店ラヴィアンローズ

六本木のさびれた裏通りに佇む、古びた雑居ビルの3階。

そこに、知る人ぞ知る耳かき店『女性専用イヤーエステ専門店 La vien Rose』はある。

ネット上を探しても、ホームページも美容情報サイトにも一切、その店の情報は存在しない。完全紹介制のイヤーエステ専門サロンだ。

『店長』と名乗る寡黙な中年の男が、たったひとりでその店を営んでいる。


男のサロンは女たちに絶大な人気があり、予約は常に半年待ちだ。

女優やモデル、女社長、大企業重役の妻たちなどが、お忍びで彼の店を訪れる。

店がここまで人気なのは理由がある。男の技巧だ。

男は、耳かきと耳マッサージだけで、客を快楽の絶頂へと導く手技の持ち主だった。


男には不思議な能力があった。

女の耳の形状や温度、触感、耳垢の質によって、

女の健康状態はもちろん、性格や悩み、メンタルの不調を正確に言い当てることができる。

占い師のように女の心身の状態を読み取り、言葉を囁くのも男の不思議な魅力だった。


女たちは、そんな男に心を許す。

それゆえ施術後、男にセックスをねだる女もいるが、男は、その求めに応じたことは一度もない。

あくまでも客は客。男は、耳という器官に没頭する職人でしかない。

若くもなく、美男でも恵まれた体格なわけでもないのに、その男には不思議な魅力があった。

これが先天的なものなのか、耳かき店勤務という長年の生業から生まれた能力なのかはわからない。


街を歩くときも、その男はいつもすれ違う女の耳を見ている。女によって性器の形が一人ひとり違うように、耳の形も違う。実に多様なのだ。



施術室は温かく、グリーンとオフホワイトで統一された調度品が目を癒す。ベッドに敷かれたタオルや枕はふかふかで、どこかからかすかに、オルゴール調のBGMが流れている。


「…よろしくお願いします」


今日の客は、最近TVドラマでデビューしたばかりという若いアイドルだ。同じ芸能事務所に所属しているという、往年の大女優からの紹介で来たという。

ベッドに腰かけた女を、男はしばらくの間観察する。

ほっそりとした体つきにすらっとした背筋。目鼻立ちも整った、正統派の美しい女だ。だが、腰まである長い髪や肌は過酷な撮影のためか、年齢の割にひどく乾燥している。さぞかし、疲れているのだろう。

男と目が合っては、ときどき逸らされる。自信がないのか、自己評価の低そうな女だ。そのうえ、期待も信頼もされていないことが伝わってくる。


「…髪を、後ろで1つに結わえてくださいますか」


男は女に、そう指示を出した。ぶっきらぼうだが、あまり感情を見せない施術がその男のスタイルだった。

耳の形で女性のすべてがわかってしまう男にとって、その行為は、公の場で性器を晒すのに等しい。普段は髪を下ろしている女の、隠れた耳が顕になる瞬間は、仕事とはいえ、最も緊張がはしる瞬間の一つだ。

とはいえ男は、無表情を崩さず黙々と耳かきの準備を進める。金属製と竹製の大小さまざまな長さの耳かき、素材が異なる多種多様な綿棒を、丁寧にサイドテーブルに並べていく。


「は、はい…」


女は少し恥じらいを帯びた声で答えると、女の細い指によって艶のある黒髪が梳かれていく。指が少しの毛束を絡めとって、それを耳の後ろへ掛ける。用意されたヘアゴムで後ろで一つに髪が結わえられた。


重い黒髪のヴェールで隠されていた彼女の両耳が露わになった。数千人の女の耳に触れてきた男が、その耳を凝視し、観察する。


この女の耳は、切れ目が浅く、耳たぶはぽってりとしていて、全体がすこし立っており、正面からよく耳が見える……おそらく、本来は情にも熱く好奇心も強い、フットワークの軽い性格だろう。

耳介の巻きはキツめ…少し思い込みが激しいタイプかもしれない。

全体に油っぽく、耳垢はネットリとしている…セックスでの感度はよいが、若干締まりは甘い。子どもはよく産めそう、といったところか…。


「少し、疲れが溜まっているようですね」


男は、職業的に微笑んだ。


「ええ…長時間のファッション誌の撮影で、疲れているのかもしれません」


女も事務的にそう答える。まだ男への警戒心を解いていないようだ。


「横になってください。まずは、お顔まわりに少し触れながら、耳のまわりからほぐしていきますね」


パシャ、パシャ…


ベッドにあおむけに横になると、照明も薄暗くなり、柔らかいリネンの感触が女の心を少し癒した。ラベンダーの香りが、ふわりと女の鼻をくすぐる。男がマッサージオイルを指先に少し振りかけているようだ。

男の指先が女のこめかみに触れ、線を引くように香油が塗られた。

耳を凝視されていたところを、耳以外の部分に突然触れられ、女は驚いた。

無防備なところを責められ、閉じていた心のすき間を掴まれたような気分になる。


こめかみは皮膚が薄く血管が近く、骨も薄い。無防備な、弱い部分だ。

普段からそこを重めの前髪で隠している女性にとっては、裸を見られているように感じる部分でもある。

悪い思念が集まってしまう場所でもある。

ここが官能の入口だと気づいていない女は多い。

とびきりやさしく、人差し指と中指の腹で押しながらもみほぐす。


指が、こめかみから額に移り、その聡明そうな、広い膨らみを撫でさする。指の腹で線を引くように押し擦ったり、小さな円を描くようにしてこめかみまで降りては昇りを繰り返す。

額も、コリが溜まる。感じやすい繊細な場所だ。

繊細な箇所には、疲労も蓄積してしまう。

女性の頭の生え際や顔周り、首周りには、疲労がたまりやすい。

普段から見られているという緊張がもたらされているのだろうと、男は想像する。


眉をそっとさする。

しっかりと毛量のある、色艶のよい眉毛だった。

毛流れとは反対方向に指をつうッと添わせ、毛穴を刺激すると、

ふぅっと、女の唇からため息が漏れ出た。


フェイスラインや顎にもゆっくりと触れながらもみほぐしていく。これで、顔回りのマッサージは終わりだ。

顔回りのマッサージは、女にお伺いを立てる前戯、といってもよい。

引き出した官能の糸をここから思い切り引っ張り高ぶらせていくのだ。


いよいよ、耳のマッサージに入る。

まずは、耳たぶを指先でふにふにと揉んでやる。女の耳たぶは厚く大きいのだが、冷たく、硬かった。耳介や軟骨も、かたくなに強張っていいる。

ストレスだろう。見られる仕事の女性にありがちだ。


耳珠をそっと親指と人差し指でつまみ、僅かに圧を加える。

ここは耳の手前にある小さな突起で、耳のクリトリスともいわれる場所だ。

おしゃべりな客もここに触れると、たいてい大人しくなる。

コリコリときつめに摘まんでもみほぐすと、

はアッ…

という声が漏れた。


耳珠の裏には、びっしりと短い産毛が生えている。

毛が密集する箇所というのは性感帯だ。

そこを小指でなぞりあげると、女の唇からまた溜息が漏れ出た。

その瞬間を見逃さず、女を仕留めるかのように、男は、女の両の耳の穴に小指を挿し入れた。


「アッ」


指先で柔らかな産毛をさすりながら、グリグリと、指全体を耳穴の壁に押し付けて、耳穴のマッサージを行う。いわゆる、指耳かきとされているものだ。

男の指は細く長く、どこまでも深く女の穴に侵入できるかのようだ。壁は柔らかく、押すと戻る弾力を感じる。


「はぁッ…」


女がそのぽってりとした唇を舐めた。感じ始めている兆しだ。

男の指先がどこまでも伸びて、脳にまで達している気がした。


女の耳の穴の中は、温かい。

耳の外側には頑なさを感じたが、反対に、耳の中は柔らかくとろけるようだ。

このような耳は、普段は平静を装っているが本心では何かを渇望している、欲求不満の女に多い。

セックスレスが長い女にも、このタイプは多かった。


穴の柔らかさも、女によって違う。

左右で穴の大きさが違う女も多い。

その日の体調も関係するが、やはり精神状態が不安定な女は、ひときわ耳に出るのだ。


「耳の外は冷たくて硬いのに、耳の中は柔らかくて温かいのですね…」


「ン…アッ…」


「この耳の奥に…あなたは、何かを秘めている」


男は女の耳元で、そう囁いた。

男の低い声の振動が、触れられて敏感になっている女の耳を刺激する。


男は、細い指先で、1本の竹製の耳かきを取り出した。匙の部分が小さく湾曲も浅く、耳穴を点で刺激することに特化したもので、男の手作りだった。男が作った耳かきは軽く200を超える。女の体調とメンタルに合わせて、男は適格に道具を使い分けるのだ。


「中を少し、覗いても?…耳かきで掃除していきますね」


ライトで照らしながら、耳穴を暴く。


そこは、女の心の暗闇だ。


「アッ…」


秘密の場所を覗かれているような気がして、女は羞恥に顔を赤らめた。


女の華奢な見た目とは裏腹に、耳穴の中には太めでしっかりした毛質の耳毛がビッシリと奥まで生えている。耳穴は平均的な大きさだが、右穴が少し細く、途中で曲がっている。


「…毛がミッシリと生えていますね。あなたは、とても欲が深い人なのかもしれません。あなたは、多くを求めすぎていませんか?」

 

「…い、いやっ…」


男が耳元でささやく言葉の1つ1つが、少しずつ女の心を浸食していく。

耳かきで耳毛を掻き分けるように探りながら、カリカリと壁についた垢を取り始める。


カリカリ…パリパリ…


「右穴が少し曲がっていますね…あなたの心のねじれ、ゆがみを感じます」


「アッ…」


耳かきがある1点を打った時、女の身体が反応した。ぎゅうっとシーツを指でつかみ、快楽に耐え忍ぶ。


「耳じゅうのの毛穴から、脂が噴き出ています。食べ物に気を付けるのは勿論なのですが…それ以上に、これは心が抑え込まれているしるしです。

 押さえつけていた気持ち…あなた自身を、解放するのです…そう、ゆっくりと」


男は女の耳元でささやき続ける。

最近はイヤースコープを採用する耳かき店が増えたが、男の店は、かたくなにそれを導入しない。穴の中への想像力と、男が客に語る言葉で十分なのだ。


「ゆっくり…? どういうふうに?」


半分とろけたような目で、女が尋ねた。


「そうですね…」


小さな琺瑯のボウルに入れた石けん水を、大きめの筆で泡立てる。筆はリス毛でできており、耳洗浄のためだけにつくられた最高級品だ。

あえて女の耳元に近づけて混ぜると、

シャカシャカ…

心地いい音とともに、フローラルブーケの甘い香りがふわりと広がった。


「こんなふうに」


丁寧につくられたふわふわの泡を、そっと耳の縁に乗せる。

その泡を、親指の腹で押しつぶすようにして力強くマッサージする。

クチュクチュ、クチュクチュ…

泡が耳の溝の奥や、耳の裏、耳の穴の奥まで浸入する。

耳奥で小さな泡がパチパチとはじける音に、女は、息をふぅっと吐いた。


「アアッ…」


やわらかいスポンジで、泡をぬぐってやる。


「力を抜いてください。今、あなたの身体を楽にしてあげます。

すべて楽にして。ありのままの貴女でよいのですから…

恥ずかしがらず、気持ちよくて声が出るなら出してください」


女の閉じていた唇が、ぽっかりと開いている。

感じている兆しで、施術が順調に進んでいる証拠だ。


硬めに巻かれた綿棒を手に取り、少しオイルで浸す。

オイルを含んでやわらかくなった綿棒をそっと耳穴の入り口にあてがった。

スッ…スッ…

まずは1点1点を押していく。そのあと、その点を線でつなぎ、面を押していく。


ネチョッ…ヌチョッ…


パリパリの乾いた耳垢がふやかされて、しっとりとしていく。

こういう耳垢は、いきなり耳かきでガリガリと取るのもいいが、

このように綿棒をあてがってゆっくりとふやかし、やさしく拭き取るのもいい。


「匂いが、すこしありますね」


女は頬を赤らめた。


「や、やめてください」


「心の底に押し込んでいる想いがある人の匂いです。

 そういう人はね、毛穴から出てしまうんです…その膿のような思念が」


最初は閉ざされていた耳穴も、リラックスしたことにより今や大きく開いている。

身体に空いている穴は、心への入り口なのだということを男は知っていた。


「あなたは、たくさん仕事をして他人の要求に応えてきて、自分の欲望を押し殺してきたのではないですか…でも、あなたはもう…このままでいい…欲望を解放してあげますから、楽になってください…」


耳元でそう囁きながら、男は、綿棒から金属製の耳かきへと持ち替え、鼓膜の手前を責め始めた。耳かきは耳毛を掻き分けながら、その冷たい金属の先端でコリコリと耳の壁を擦りあげ、ネットリとした耳垢を絡め取っていく。


「アッ…ンアッ…」


すっかり感じている女は、必死で声を押し殺している。初めての女はここで耐え抜くが、常連の女は、恥じらいなく嬌声をあげたり、中には、マスターベーションを始めてしまう女もいる。


女はモデルや撮影の仕事ばかりしていて、しばらく特定の交際相手もいなかった。自分のやりたいことにまい進しているつもりだったが、そのせいで、自分の女の身体のケアを怠ってきたのだ。身体がこんなにも女としての快楽を求めているのに、それを押し殺して生きてきたのだった。


耳かきの先端が耳毛を掻き分け、鼓膜のすぐ手前、ある一点を突いた。

耳穴から、快楽が全身に広がっていく。

「アアアーッ…!」

絶頂を極めた女は気を失った。


 ※


気が付くと同じベッドに横になっていた。どうやら、気を失ってからしばらく眠ってしまったらしい。身体を起こすと、頭はすっきりと冴えていて、身体も軽くなっていた。


「目覚められましたか?よほど、欲求が溜まっていたようですね…」


「あの…店長さん…」


男を見ると、女は先ほどのめくるめく施術と男に与えられた快楽を思い出した。潤んだ眼で、男を物欲しげに見つめる。どこか追い詰められたような表情だ。


「…また、来てくださいね」


男は事務的にほほ笑んだ。


「…はい、また…」


その男のそっけない声色に、我に返ったかのように、女は理性を取り戻した。身支度を整え、支払いの準備を済ませる。


女の身体を知り尽くした男だ。追われることには慣れていた。

それが一時的な女のきまぐれであることも知っている。女たちが揺れ動く気分と感情のままに生きていることも。


今日も、その男は女の耳に触れ、抑圧されていた欲望を解放するのだった。





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