第35話:結婚
教会歴五六五年十月(十六歳)
「予言者レオナルドはこの者達を妻として、終生幸せにする事を誓うか」
「誓います」
「アルプスインダ、ロザムンダ、アリナ、バルバラ、レナ、デミの六人は、終生予言者レオナルドに仕え、裏切る事なく命懸けで護ると誓えるか」
「「「「「誓います」」」」」
俺達は占領したローマの教会で結婚式を挙げている。
ギリス教を信じていた神官達は皆殺しにされていた。
ギリス教団に悪魔魔者と悪し様に罵られていた俺が殺したわけではない。
だが、殺されるように策謀をめぐらしたのは俺だ。
ローマという都市を奴隷徒士団で包囲して、蟻の這い出るすき間もなくした。
天然痘で大打撃を受けたローマに食糧を運び込めないようにしたのだ。
二年間にわたる包囲戦を行った結果、当然の事だが、都市ローマの内部は酷い飢餓状態となったが、一番先に飢えるのは奴隷や貧しい者になる。
彼らが飢えている状況で、ギリス教団の神官達はなんの策も行わなかった。
悪魔魔者と罵る俺が、奴隷や貧民の炊き出しを行って飢えから救っているのに。
それどころか、飢える者を横目に高位神官は飽食の限りを尽くしていたのだ。
そんな悪行は、俺の手先が噂を流す以前にローマ中に広まっていた。
ローマの貧民や奴隷の飢餓状態を見極めて、俺は包囲軍に叫ばせた。
城門を開けて逃げてきたら腹一杯食べさせてやると。
身分は奴隷のままに止めるが、絶対に飢えさせることもないし、天然痘で死なせる事もないと、予言者として誓ってやった。
その誓いに間違いのない事を、先に降伏して毎日十分な食事が与えられている、ロアマ人奴隷やボローニャ人に叫ばせた。
餓死寸前で力のない奴隷や貧民に、警備兵を押しのけて城門を開ける力などない。
だから奴隷や貧民は、城門の警備兵に城門の外に逃がして欲しいと懇願した。
だが無慈悲なロアマ帝国軍兵士は、懇願する奴隷や貧民を足蹴にした。
ロアマ帝国軍兵士だけではなく、ギリス教団の神官が、悪魔魔者に助けを求めるのかと飢えに苦しむ人々を激しく罵ったのだ。
飢餓状態のローマで、飢えに苦しむ貧民を直接激しく罵ったギリス教団の神官は、地位が低く肥え太ってはいなかった。
だがその背後で偉そうにしている高位の神官は醜く肥え太っていた。
餓死寸前の子供を持つ奴隷の女は、母性と飢えのために判断力を失っていた。
何としても子供を助けたい奴隷女は高位神官に食事を恵んで欲しいと縋りついた。
悪魔魔者ですら飢える者に炊き出しをしているのだから、ギリス教団の高位神官ならば、恵まれない私達に食事を恵んでくれるだろうと詰め寄ったのだ。
子を持つ母親として当然の行為は、情け容赦のない暴力を生んだ。
飢えて歩く事もままならない母子を高位神官は蹴り飛ばした。
母親が掴んだ服が穢れたと激しく罵りながら蹴り飛ばしたのだ。
それを見聞きしていた取り巻きの下位神官達が、高位神官の機嫌を損ねないように、倒れた母子を落ちていた木の棒や石で容赦なく殴りつけた。
哀れな母子はその場でピクリとも動かなくなったが、下位神官達は止めなかった。
その場に集まっていた奴隷や貧民は、しばらくは呆気に取られて動けないでいた。
だがあまりに非道な行為に、一人の奴隷が叫び声をあげながら、下位神官達に殴りかかったが、一度殴る事ができただけだった。
直ぐに下位神官達に取り囲まれて殴る蹴るの暴行を受ける事になった。
ここで一気に情勢が動き、その場にいた多くの奴隷と貧民が、叫び声をあげながら神官達に襲いかかったのだ。
飢えに苦しみ立っているのがやっとの奴隷や貧民達だったが、怒りが頂点に達したのか、常識では考えられない早さと力で神官達に襲いかかった。
命の危険を感じた肥え太った高位神官は城門の警備兵に助けを求めた。
情け容赦のない兵士は、一瞬の力は発揮したものの、餓死寸前で持久力のない奴隷や貧民を皆殺しにした。
その時は奴隷や貧民が城門を開ける事はなく、神官達を殺す事のなかった。
だが神官とロアマ帝国兵の残虐非道な行いは、瞬く間にローマ中に広まった。
ギリス教団のローマ総教主、自称ギリス教皇とロアマ帝国軍司令官が即座に手を打ち、奴隷や貧民に詫びて炊き出しを行えば、まだ何とかなったかもしれない。
だが二人には、そんな殊勝な考えなど浮かばなかった。
むしろ奴隷や貧民を罵り、明日どのような罰を与えるか考えていた。
しかしローマ総教主とロアマ帝国軍司令官に明日はなかった。
怒り狂った奴隷と貧民がなりふり構わず教会と司令官の館を襲ったのだ。
神が救ってくれる事もなく、助けてくれるはずの神官や兵士に縋っても、汚らわしいと殺される奴隷と貧民には、もう後がなかった。
襲撃に成功して食糧を奪う以外に生き残る道などなかったのだ。
多くの兵士が厳重に警備している城門を襲って外に出るよりも、教会や指令官の館を襲う方が、また生き残れる可能性が高かった。
当然の事なのだが、奴隷や貧民の方が貴族や神官、金持ちよりも圧倒的に数が多く、それに完全武装の兵士に護られていなければ戦う力などない。
飢餓状態で動きの悪い者達が相手でも、圧倒的な数の力には勝てない。
怒りに我を失った者の火事場の馬鹿力には侮れないものがあった。
最初にローマ総教主のいる大神殿で虐殺が起こり、次に略奪が始まり、噂と共にローマ中の教会が襲撃され、虐殺と略奪が野火のよう瞬く間に広まった。
ぞして実際に混乱の中で広範囲に火事が起こってしまった。
ロアマ帝国軍司令官の館には警備の兵士がいたので、一方的に奴隷や貧民が勝つことはなかったが、圧倒的な数の力に徐々に司令官側が不利になっていった。
司令官は警備兵の一人を城門や城壁を警備している部隊に走らせた。
俺達ランゴバルド軍を防ぐことよりも、奴隷や貧民達の襲撃を撃退する事の方が、その時には大切だったのだ。
俺も火の手が上がるのを見て城内の変化には気がついていたが、ロアマ軍の策略の可能性もあったので、兵士に城門を攻撃させる事も城壁を登らせる事もしなかった。
悲惨な状況になっている事くらいは、豊臣秀吉が行った三木城の干殺しや、島原の乱の原城で起こった飢餓の事を知っていれば、簡単に想像できた。
それに、非情な考えではあるが、同士討ちしてくれれば、どちらが勝っても我々が有利になるのが分かっていた。
火の手が上がって二日後に、勝利した奴隷や貧民が降伏を申し込んできた。
翌日に降伏を申し込んでこなかったのは、貴族や金持ち、神官に対する報復に酔っていたからだろう。
だから俺は直ぐには降伏に応じなかった。
降伏の条件として、ローマの中を奇麗に清掃する事を命じた。
自分が行ったわけでもない破壊と略奪と虐殺の惨状など見たくない。
大量の穀物を与えて安心させた事がよかったのだろう。
生き残った奴隷や貧民は、死体をかたずけ血の痕跡を消していた。
特に予言者である俺が拠点とする大神殿は徹底的に掃除をさせた。
お陰で妻達に嫌な思いをさせる事なく結婚式を挙げる事ができた。
政略や後継問題を考えた結婚ではあったが、愛する女性もいるので納得している。
問題はこの結婚で引き起こされるオーク王国との外交問題だった。
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