第34話:ランゴバルド艦隊

教会歴五六四年十月(十五歳)


「よくやってくれた、予想以上の艦種と船数だ。

 これからも大変だと思うが、頑張ってくれ」


「お褒め頂き光栄でございます、レオナルド様、

 時間がかかってしまいましたが、ようやく御命令を果たすことができました」


 総船大工の男が、謙遜しながらも誇らしげな表情で返事をしてくる。

 総船大工が誇る気持ちも当然だ、それだけの仕事をやってくれた。

 沿岸用の漁船しか建造した事のない男に、ロアマ帝国海軍の軍船だけでなく、俺の覚えている先進的な帆走外洋船まで建造しろと言ったのだ。

 しかも今まで自分よりも立場が上だった、ロアマ帝国海軍の軍船を建造していた船大工を配下にしろという無茶振りをしたのだ。

 円形脱毛症ができてもおかしくないプレッシャーだっただろう。


 そんなプレッシャーに打ち勝って、見事な船を建造してくれた。

 ロアマ帝国海軍の主力船、五段櫂船を一〇隻と三段櫂船を一〇隻。

 これは外洋を航海するのが苦手な櫂走の大型ガレー船で、波風の強い海では使えないが、ロアマ帝国に対しての威嚇に使うのなら十分だ。

 ロアマ帝国海軍に比べれば圧倒的に隻数は少ないが、騎馬民族でもロアマ帝国海軍に匹敵する軍船を建造運用できる証明になる。


 だが俺がストレーザ公国艦隊の主力と考えているのは沿岸櫂走船ではない。

 波風の強い外洋でも使える、外洋帆走船を主力にしたいと考えている。

 その最初の艦種がクナール船とゴクスタ船だった。

 北欧のヴァイキングが使った交易にも海戦にも使える船だ。

 建造速度の面を考えても、大型ガレー船より早く量産できる。

 交易で利益をあげる事を考えてもコストパフォーマンスが大切だ。


 だが、外洋帆走船を主力船にするのには大きな問題があった。

 船の帆に使う丈夫な帆布を大量に作る事ができないのだ。

 少数ならば、俺が付きっきりで時間をかければ作る事ができる。

 だが俺には民を飢えさせないという、何よりも優先しなければいけない事がある。

 だから、選抜した人間に帆布の作り方を教えてやらせるしかなかった。

 いや、それ以前に綿花を大量に栽培しなければいけなかった。


 優先順位を明確にして、まず何よりも先に民を飢えさせないための穀物栽培をおこなうのは当然だが、天候不順になる事も考慮して多めの作付けを行う。

 今後も大量の奴隷が逃げてくる事を考慮して生産計画を立て、放棄耕作地に奴隷徒士団を使って穀物を植え、荒地も耕作地に開墾する。

 長期保存が可能な穀物をできるだけ使わないようにするために、手漕ぎの小舟を使った沿岸漁業や地引網漁を頻繁に行う。


 つい民を飢えさせない事に考えが逸れたが、今は船に集中しよう。

 綿布が量産できるようにすると決意して、先進的な船を研究開発する。

 風上に間切りながら帆走できるダウ船やコグ船はもちろん、ジャンク 船を量産できるだけの熟練船大工を育てる。

 港で船を建造する人数だけでなく、各船に乗って何かあったら修理ができるだけの、数多くの船大工を育成するのだ。


「試作建造艦艇の特徴」

三段櫂船 :二〇〇兵(漕ぎ手一七〇・兵士三〇):沿岸船

五段櫂船 :四二〇兵(漕ぎ手三〇〇・兵士一二〇):沿岸船

クナール船:三五兵(漕ぎ手三二):帆走と櫂走の両用外洋船・木釘船

ゴクスタ船:三二兵(漕ぎ手三二):帆走と櫂走の両用外洋船・木釘船

ドーニー船:一二兵:帆走外洋船・漁船・縫合船

ダウ船  :三二兵:帆走外洋船・縫合船

コグ船  :三二兵:帆走外洋船・縫合船

ジャンク 船:二〇〇兵・帆走外洋船・縫合船


「ランゴバルド艦隊(ストレーザ公国艦隊)」

三段櫂船 :一〇隻

五段櫂船 :一〇隻

クナール船:五〇隻

ゴクスタ船:五〇隻

ドーニー船:二〇〇隻

ダウ船  :一〇隻

コグ船  :一〇隻

ジャンク 船:五隻


「大役を担わせる事になってしまったが、バルバラとレナならやり遂げてくれると信じている、頼んだぞ」


「お任せください、レオナルド様。

 レオナルド様のご期待に応えられるように精一杯頑張ります」


 生真面目な狼人族のバルバラが俺の瞳を真っすぐに見ながら応えてくれる。

 美しい銀髪が朝日に輝いているのに見とれそうになってしまう。

 母上は妹の侍女にしたかったようだが、俺がバルバラ執心しているのを知って諦めてくれた。

 単に美しいだけではなく、とてつもなく強い戦士で、俺の寝所を護る最後の盾となると考えてくれたのだろう。


「レオナルド様、信じて期待してくださるのはいいのですが、ロアマ人貴族が襲ってきた時に我慢しなければいけないのですか。

 私はレオナルド様以外に抱かれるのなんて絶対嫌だからね」


 甘えたで気まぐれな性格だが、とても身持ちの堅い獅子人族のレナが、朝日に豪奢な金髪を輝かせながら、少し拗ねたように話しかけてきた。

 レナより先にバルバラの名前を口にしたのを拗ねているわけではない。

 二人は命懸けの戦場で肩を並べて戦い、背中を預けられる戦友なのだ。

 ベッドの上でも肩を並べて俺と愛し合ってくれる仲良しだ。

 失敗できない重大な使者としてロアマ帝国の首都に行くので、ロアマ貴族の無理難題を聞かなければいけないと誤解しているようだ。


「バルバラ、レナ、大切な二人を性奴隷のように扱う事などないよ。

 例え相手がロアマ帝国の皇帝であろうと、二人を辱めるような事をしようとしたら、遠慮なくぶち殺していいよ。

 その時には俺自身が軍勢を率いてロアマ帝国を滅ぼしてやる。

 だから俺の妻として誇り高く堂々とした態度でロアマ帝国に行ってくれ」


「分かった、俺はレオナルド様のモノだから、手出ししてくる奴は誰であろうと八つ裂きにしてやる」


 レナらしい返事をしてくれる。


「分かりました、レオナルド様に恥をかかせるような事はしませんし、させません。

 仰る通り、私たちに手出しするような者がいれば、例えそれが皇帝であろうと咽を噛み千切ってやります」


「ああ、遠慮せずにかみ殺してやれ。

 ただ、絶対に死んではいけないよ。

 もし身を任せなければ生き残れないような危地に陥ったら、貞操など考えずに、誰が相手でも幾百人が相手でも身を任せるんだ。

 生きてくれていれさえすれば、必ず俺が助けに行く。

 さっきも言ったように、軍勢を率いてロアマ帝国を滅ぼしてやる。

 いや、ロアマ人を皆殺しにしてこの世界から消し去ってやる」


「ありがとうございます、うれしいです、レオナルド様」


「私もうれしい、レオナルド様」


「それと一番大切なのは、使者として援軍の条件を話し合うためにロアマ帝国に行く事ではなく、ロアマ帝国までの航海で交易をして富を手に入れる事だ。

 二人の勘が危険だと訴えたら、使者の役など放り出して帰って来ればいい。

 いいね、絶対に無理をしてはいけないよ」


「「はい、無理しません」」

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