第29話:戴冠

教会歴五六二年九月(十三歳)


「我、ランゴバルドの王、アルプスインダはランゴバルドの神に誓う。

 古き間違った風習を改め、神の教えに従った新たな風習にする。

 その証拠として、神の使い、神の代弁者であるレオナルドを宰相とする。

 怠惰と臆病を憎み、騎馬民族の誇りを忘れず、常に馬と共に生きる。

 ランゴバルドの神に従う下位神を信ずる民を虐待しない。

 ランゴバルドの神と同じように、弱い者を護る強さを貴ぶ。

 同時に、ランゴバルドの神の教えに反する者を許さない。

 卑怯な行いでアルボイーノ王を弑逆した氏族を許さない。

 必ず族滅させてランゴバルドの神に捧げる」


 アルプスインダがランゴバルドの神に誓っている。

 敵が王を弑逆した謀叛人であることを強調して、アルプスインダの方が正義であることを強調するためのデモンストレーションだ。

 アルプスインダには神が味方していると宣言して、戦わずして勝つためでもある。

 前王を弑逆した族長達を皆殺しにした理由を全ランゴバルド人に知らせると同時に、新王の力と方針を知らせるための戴冠式を行ったのだ。

 

 反王家を露にしたクレーフィ一派は、王都に集まっていた精鋭は皆殺しにした。

 氏族長を護る近衛戦士は精鋭ぞろいだったが氏族の全軍ではない。

 だから俺と父上が集めた騎馬兵団と五万もの奴隷徒士軍に勝てるはずがなかった。

 いや、そんな大軍がいなくても、リッカルド叔父上が指揮する王家近衛戦士団だけでも敵を皆殺しにできただろう。


 だからといって騎馬兵団と奴隷徒士団の動員が無駄だったわけではない。

 中立派の氏族長やジェノバ公に対する大きな圧力になった。

 俺と父上がその気になれば、王都に集まった氏族長達を皆殺しにできるのだ。

 いや、王都に集まった氏族長達だけではない。

 中立派が領地を持っている南部にはナポリを拠点の五万の奴隷徒士団がいる。

 俺達を敵に回したら、彼らが中立派の公国に攻め込むのだ。

 そんな状況では、俺達が提案した事に反対する事などできない。


 だから中立派もジェノバ公達もアルプスインダ陛下の宣言を黙って聞いている。

 古き風習を改めて新しい風習にするという事に誰も反対しない。

 族長でもない俺を宰相にする事にも反対しなかった。

 神の代弁者、予言者と名乗った俺が宰相になるという事は、俺が実質的な王になる事だと分かっているだろうに、誰も反対しなかった。


 これこそが圧倒的な軍勢を持つ事の真の意味だ。

 本当に戦いをなくしたいのなら、敵が戦いを諦めるほどの、強大な軍事力を持たなければいけない。

 俺は口先だけの平和主義者になる気はない。

 口では平和を唱えながら、内心では自分が権力を手に入れたいだけで、内乱を引き起こして人々を戦いに巻き込む卑劣漢になる気もない。


「宰相レオナルド、私の代わりに軍勢を率いて叛臣を討ちなさい。

 今回の戦いは前王アルボイーノの復讐戦なので、氏族達の協力は無用です。

 氏族長達はそれぞれの公国に帰り、領地開発に力を入れてなさい」


 俺が教えた通りにアルプスインダ陛下が族長達に命じている。

 これで王の権力が族長達の上にあると全ランゴバルド人に印象付けられた。

 それに、我が国と王家の立場から見れば、氏族長達の協力は邪魔なのだ。

 協力してもらったら、分け前を渡さなければいけなくなる。

 我が国も王家も氏族長達の公国を圧倒する力が欲しいのだ。

 いなくても勝てる氏族長達の協力など拒否して当然だ。


 それに、氏族長達が加わると必ず破壊と略奪が行われる。

 そんな事をさせてしまったら、俺が必要としている労働力を得られなくなる。

 破壊と略奪を止めようとすれば、中立派やジェノバ公達と争う事になる。

 いつかは戦って滅ぼすか屈服させるかしなければいけないが、今じゃない。

 敵対勢力は各個撃破した方がこちらの損害を少なくする事ができる。

 まずは敵対した氏族の残党を滅ぼす事から始めるのだ。


 そんな俺の考えなど、中立派やジェノバ公達も分かっているだろう。

 本来なら敵対した氏族の残党と手を組み、我が国や王家を滅ぼしたいだろう。

 残党討伐に出征した俺の背後を襲いたいはずだが、それはできない。

 中立派達が俺の背後を取ろうと動いたら、ナポリの奴隷徒士団五万が動く。

 ジェノバ公達が俺の背後を取ろうと動いたら、父上が奴隷徒士団五万を動かす。

 俺自身が率いる奴隷徒士団五万と挟み撃ちにされて滅ぶのは目に見えている。


 王都にいるアルプスインダ陛下を狙うという手もあるが、王都にはリッカルド叔父上が率いる王家近衛戦士団と、元々王家に仕える騎馬兵団がいる。

 我らランゴバルド軍が包囲しても三年以上籠城を続けた首都ティーキヌムに、王家の兵力が豊富な兵糧と持って籠城するのだ。

 簡単に落城させられないのは中立派やジェノバ公達にも分かる事だ。

 ティーキヌムを包囲している時に、その背後を父上や俺に襲われたら、全滅する可能性さえあるのに、襲ってくる事はないと思う。


 もちろん油断せずに十分な警戒はしてある。

 従属民の地位を与えたロアマ商人を各公国内に送り込み、中立派やジェノバ公達の行動を逐一報告させている。

 練達の馬術を誇る戦士に遠征軍の周囲を警戒させ、奇襲されないようにしている。

 本国とナポリにいる奴隷徒士団を領境に駐屯させて各公国に圧力かけ、欲に駆られた戦士が判断を誤って、氏族長の方針に逆らって俺達を襲わないようにしている。


 俺はそこまで準備を整え、五万の奴隷徒士団を率いて叛乱氏族を討ちに出征した。

 氏族長と近衛戦士を討たれた氏族の残党が、逃げられるようにゆっくりと軍を進めたが、予想通り残党は逃げ出した。

 襲う事も逃げる事も身軽にできる騎馬民族の彼らが、絶対に勝てないと分かっている相手に、玉砕覚悟で戦いを挑むとは最初から思っていなかった。

 必ず逃げ出すと思っていたが、問題は逃げ出す場所だった。


 以前いた草原地帯に逃げたら、強大になったアヴァール騎馬王国の奴隷にされる。

 オーク王国方面は、王子の誰かが王配になる約束のアルプスインダ陛下を殺そうとしたので、逃げ込んでも必ず探し出されて殺される事になる。

 古に住んでいた北方は、諍いを起こして住んでいられなくなったから逃げ出した場所だ、とてもではないが逃げていく事はできない。


 我が国の本拠地に近いジェノバ公の所に逃げ込む事もできない。

 そんな事になれば、俺達はいい口実ができたとジェノバ公国を滅ぼす。

 直ぐに滅ぼす事はないが、叛逆者共の領地を安定させた後で、叛乱者の残党を匿った罪で攻め滅ぼす。

 そんな事くらいジェノバ公も分かっているから、絶対に残党を受け入れない。

 国境に入ったとたんに皆殺しにするだろう。

 それは南部の中立派も同じで、絶対に残党を受け入れない。


 そもそも俺が指揮していて、残党に陣を突破されるはずがないのだ。

 突破されたとしたら、ジェノバ公や中立派を滅ぼすための罠だ。

 そして今回は罠を仕掛ける気がないので、残党に陣を突破させたりしない。

 だから彼らが逃げだせる方向は、東の山を越えてそのまま草原地帯に向かうのはなく、海沿いに南下するアマ帝国領だけだった。


 追撃する俺達に追いつかれないように山越えをするには、家畜と持ち運びできる財産以外は置いていかなければいけない。

 よほど気に入ったロアマ人奴隷以外は置いていくしかない。

 多くのロアマ人奴隷を連れて行くには、彼らを喰わすための食糧も持って逃げなければいけないからだ。

 

 俺が散々族滅だと口にした効果もあり、敵対した全氏族が戦うことなくロアマ帝国領に向かって逃げだした。

 俺は戦う事もなく広大な領地を直轄領にする事ができた。

 農業改革を実施するのに必要なロアマ人奴隷も手に入れることができた。

 俺達に謀略を仕掛けたロアマ帝国に、生き延びるために破壊と略奪をしなければいけない、捨て身の騎馬民族を送り込む事にも成功した。

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