第27話:死地

教会歴五六二年八月(十三歳)


 俺の近衛騎士達が徐々にロザムンダ王妃とヘルミキスの退路を塞いでいく。

 二人が素直にアルプスインダ陛下を開放しなかった場合は戦いになる。

 俺も急いで王都にやってきたから、近衛騎士隊しか手勢がいない。

 氏族長達が警戒している奴隷徒士兵達はるか後方に置き去りになっている。

 王都近くに公国を持つ氏族がその気になれば、俺を殺す事も不可能ではない。

 自分達で俺に殺しておいて、追い詰められたロザムンダ王妃とヘルミキスが、ロアマ帝国軍を味方につけて俺達を殺したと言い訳する事も可能なのだ。


「駄目です、ロザムンダ王妃殿下。

 ロアマ帝国に受け入れてもらうにはアルプスインダを連れて行く必要があります。

 なあに、何の心配もありませんよ。

 レオナルドのようなガキに俺達を殺す勇気などありません。

 それに氏族長の多くは味方してくれているのです。

 ここで時間稼ぎをしていれば、直ぐに応援に駆けつけてくれます」


 なるほど、そこまで準備を進めていたという事か。

 氏族長の誰かがこの計画に気がついて、アルボイーノ王を助けに来た場合も、ロザムンダ王妃達が追手に捕まった場合も、打開する方法を用意していたのか。

 だが、本当にそうかな、ヘルミキス。

 証拠や証人を隠滅する一番の方法は、お前達も一緒に殺してしまう事なのだぞ。


「止めて、ヘルミキス、素直にアルプスインダを開放して。

 私は父上の遺体がこれ以上辱められなくなっただけで満足しているの。

 ここでアルプスインダを人質にするような卑怯なマネはしたくないの」


「もうそんな事を言っていられるような状態ではないのですよ。

 全てを手に入れてロアマ帝国貴族として豊かに暮らすか、惨めに殺されるかです」


 ヘルミキスは精神的に追い詰められているようだな。

 確かにアルプスインダ陛下を連れて逃げなければ、ロアマ帝国に受け入れてもらえないだけではなく、黒幕の氏族長達に殺されてしまう。

 

「だったら俺が我が氏族に受け入れてやるよ。

 父上がなんと言おうと、俺が受け入れて安楽な暮らしを約束してやる。

 ナポリならば父上の力も及ばないから、安心して暮らせるぞ

 本当は俺の実力を知っているのだろう、ヘルミキス。

 我が十五万の奴隷徒士兵がいれば、ロアマ帝国であろうと氏族長であろうと、ナポリに手出しする事などできない。

 アルボイーノ王から奪った財宝の所有も認めてやる、どうだ」


「レオナルドの言う通りにしましょう、ヘルミキス。

 ロアマ帝国が本当に約束を守るとは限らないのですよ。

 彼らは自分達の皇帝すら殺すのですよ。

 我々との口約束など簡単に破るかもしれません。

 ロアマ人に比べれば、レオナルドの方がずっと信用できます」


 ロザムンダ王妃がヘルミキスを説得してくれている。

 ちっ、時間切れか、百以上の騎馬の馬蹄が伝わってくる。


「わっはっはっは、私達の勝ちですよ、ロザムンダ。

 氏族長達が救援に駆けつけてくれましたよ」


 逆賊とはいえヘルミキスも歴戦の騎馬民族だ。

 俺と同じように地面から伝わる振動だけで騎馬の数が分かる。


「殺せ、国王陛下を弑逆した者どもを皆殺しにしろ」


 残念だったな、ヘルミキス、黒幕はお前も殺して口封じする気のようだぞ。

 

「ロザムンダ王妃、黒幕は貴女も殺して自分達の事を隠蔽する気です。

 アルプスインダ陛下と一緒に逃げてください」


「駄目だ、ロザムンダは逃がさない、お前は俺のモノだ」


 ヘルミキスはよほどロザムンダ王妃に執着しているようだ。

 アルプスインダ陛下を放り出してロザムンダ王妃に掴みかかっていった。

 この時を待っていたのだよ、愚かなヘルミキス。

 複合弓の使い手をアルプスインダ陛下の射線が向かない場所に配置してある。

 ロザムンダ王妃を巻き添えにしてでもアルプスインダ陛下をお助けする。

 父親の仇を取れたのだから死んでも本望だろう、ロザムンダ王妃。


「ぎゃっ」


 ヘルミキスが全身に矢を受けて落馬した。

 複合弓の使い手も騎馬民族だから、馬を傷つけないように矢を射ている。

 それどころかロザムンダ王妃まで無傷なのには正直驚いた。

 流れ矢にあたって死ぬことを覚悟していたのだが、生きているのなら活用させてもらおうではないか。


「ロザムンダ王妃殿下、アルプスインダ陛下を連れて逃げてください。

 弓騎馬はお二人を御守りして逃げろ、急げ」


 俺の命令に従って複合弓の使い手たちがお二人を護りながら落ちていく。


「逃がすな、逃がすのではない、直ぐに矢を射かけろ」


「アルボイーノ陛下を弑逆した逆賊を許すな。

 両殿下を殺して自分達の謀叛を隠蔽する気だぞ。

 命を賭して両殿下をお逃がしするのだ」


 俺の叱咤激励を受けて、近衛騎士達が敵に突っ込んで行った。

 無理に相手を殺す必要などなく、両殿下が逃げる時間を稼ぐだけでいいのだ。

 だが、単に時間稼ぎするだけで終わる気はない。

 俺も十三歳になって随分と身体ができてきた。

 蜻蛉切とは比較にならないが、ロアマ人鍛冶に命じて槍を作らせた。

 鍛錬も欠かさずに行ってきたから、もう誰にも負けないはずだ。


 山中鹿之助程度でも十三歳で敵の首を取って手柄にしているのだ。

 俺の前世には、山中鹿之助など比較にならない強さの本多平八郎がいる。

 徳川四天王、徳川十六神将、徳川三傑と称される本多平八郎がだ。

 十三歳の時に桶狭間の戦いの前哨戦で初陣を飾り、大高城兵糧入れを成功させる、見事な軍功を立てている。


 単なる猪の武者の蛮勇ではなく、指揮官としての武功を初陣で立てているのだ。

 数々の勇者豪傑と一騎打ちしただけでなく、死ぬまでに大小合わせて五十七回もの合戦に参加して、かすり傷一つも負わなかったのだ。

 それは単なる武芸だけではなく、軍勢の駆け引きも名手だという事だ。

 敵に囲まれるような失敗をする事なく、だが勝機には単騎で敵陣に突撃するする。

 そういう戦況判断もできる最高の戦術指揮官なのだ。


「国王殺しの逆賊め、絶対に許さん、氏族ごと滅ぼしてくれるから覚悟しろ。

 両殿下を追うのなら好きにするがいい、好都合だ。

 一人でも遺体を残して行ったら、それを証拠に族滅させてやる」


 俺の言葉を聞いて指揮官が焦り出した。

 既に多くの敵戦士を殺しているし、落馬させて戦闘不能にした敵も多い。

 誰か一人でも俺に確保されたら、国王殺しの一味だと断罪され、十五万の奴隷徒士団が氏族を滅ぼしに来る事くらいは理解できるのだ。

 両殿下を敵が殺した後で、国王陛下と両殿下を弑逆して氏族を俺達が族滅させたら、次の国王になるのは父上となるだろう。


 生き残っている全族長で会議になるだろうが、父上の戴冠に反対したくても、戦力的にも道義的にも許されない。

 アルボイーノ王殺しの証拠や証人が出て来なくて、生き残った黒幕の族長がいたとしても、反対すれば王殺しに関与したと言い張って討伐する事が可能だ。

 そうさせないためには、両殿下を追うのではなく、俺達を皆殺しにしなければいけないのだ。

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