第17話:奴隷売買
教会歴五六九年八月(十歳)
「さあ、金貨五枚はないか、この小娘は美しくなる、それがたった金貨五枚だ。
いないのか、だったら金貨四枚と銀貨六枚でどうだ、そこの旦那、お買い得だよ」
我が公国の首都ストレーザで行われる奴隷市は今日も盛況だった。
理由はランゴバルド王国内の都市で破壊を免れた所がほとんどなかったからだ。
イタリアエルフ王国とロアマ帝国との戦争とその後の圧政と重税。
我らランゴバルド人とロアマ帝国イタリア駐屯軍との戦争とその後に続く破壊と略奪が収まらないうちに、オーク王国軍が侵攻して来て破壊と略奪を行ったのだ。
俺が厳しく監督したストレーザ公国領以外の都市は、古代ロアマ帝国時代の面影が全くないくらい破壊され、廃墟に近い惨状になっていた。
多少の古代ロアマ帝国時代の面影を残しているのは、まだランゴバルド人に略奪されていない、ロアマ帝国から派遣された軍が駐屯している都市だけだ。
アルボイーノ王が攻め落として首都にしようとしていたメディオラヌムもその都市の一つで、オーク王国の侵攻で息を吹き返していた。
ロアマ帝国と争う事を避けたオーク王国は、メディオラヌムを攻めなかった。
その間に援軍が入ったり物資が補給されたりした事で、士気を取り戻していた。
何より女子供や老人を逃がして、戦える者だけが残った事が大きかった。
だから、北イタリアでまともな商業活動を行えるのはストレーザだけだった。
奴隷を購入する資金力があるのもストレーザだけだった。
俺を含めたオーク王国侵攻軍はそれなりの奴隷を手に入れていたが、その全員を喰わしていけるのも、大豊作となったストレーザだけだった。
だからランゴバルド王国内の略奪品が全てストレーザに集まっていた。
その中でも最も数が多かったのが奴隷だった。
オーク王国軍の侵攻で、多くの氏族が持ち運べない財産を失っていた。
だから領地に戻った時に、食べさせていけない奴隷を家畜や金に換えようとした。
特に懲罰を受けたトリノ公達は喰わしていけない奴隷を数多く売りに出していた。
俺と一緒にオーク王国に侵攻した者達は、奴隷を含めた多くの財産を得たが、食糧がなければ奴隷を喰わしていく事などできない。
だから安くても必ず売れるストレーザに奴隷を持ってくるのだ。
良港を持つジェノバ公国は多少豊かだが、それでも余分な奴隷は売ろうとする。
だが今は売りに出される奴隷が多過ぎた。
南に向かった氏族達も新たに手に入れた奴隷を売りに出したので、奴隷相場が暴落してしまっていていたのだ。
俺達ランゴバルド人が侵攻するまでは、ロアマ帝国の首都相場に近い値段だった奴隷が、四分の一から半額くらいにまで値崩れを起こしていた。
そんな安値でも、奴隷を売って貨幣に変えようとする者がとても多かった。
俺達ランゴバルド王国は貨幣を鋳造していないから、他国の貨幣を使っている。
特に重宝しているのはロアマ帝国の貨幣だった。
ロアマ帝国の貨幣は鋳造技術と管理がしっかりされているので、金銀の含有量と重さが統一されて間違いがなかったからだ。
ロアマ帝国周囲の国々がロアマ帝国の貨幣を使っていたのでとても便利なのだ。
七・八グラムのロアマ金貨一枚が三・九グラムのロアマ銀貨一二枚と交換される。
ロアマ銀貨一枚と一二・四グラムのロアマ銅貨と交換された。
ロアマ帝国の奴隷の相場は十歳以下の子供の奴隷が金貨一〇枚
何の技術もない奴隷は男女関係なく金貨二〇枚
多少の技術があるだけの奴隷は男女関係なく金貨三〇枚まで。
速記者くらいの技術がある奴隷で金貨五〇枚
医療や産婆くらいの技術があれば金貨六〇枚
ロアマ帝国の庶民家族が一年間暮らすのに必要な金貨二〇枚だった。
俺が農業改革したストレーザ公国は四〇万人の領民を喰わしていけた。
それが新たな領地を与えられたことで、六〇万人は喰わせられるようになった。
人糞から下肥が作れるようになったので、九〇万人は喰わせていけると思う。
だが、急激に豊かになり過ぎると、王や他の氏族に妬まれる。
最悪の場合は、王都全ての氏族を敵に回してしまう事になり、袋叩きにされて氏族が滅亡してしまうかもしれないのだ。
「お前がこの奴隷達を売っているのか、俺は氏族長の長男レオナルドだ。
ここに来て奴隷を商うのだから、俺の事は調べているだろう」
「はい、よく存じあげさせていただいています」
とても下手糞な敬語を使って揉み手しかねない態度をとっている。
他の氏族の戦士階級ではなく、奴隷売買を任された従属民のようだ。
主人である氏族か戦士は、どこかの酒場で酔いつぶれているのだろう。
氏族や戦士がこの場にいないという事は、多少は余裕のある、俺と一緒にオーク王国に侵攻した連中なのかもしれない。
追い込まれている氏族なら、従属民に奴隷売買を任せたりはしない。
奴隷を少しでも高く売ろうとして売買現場から離れないのだ。
「だったら話は早い、値引きをしてくれるのなら全ての奴隷を買おうではないか」
(なんなら、お前個人に多少の金を渡してやってもいいぞ。
氏族から逃げ出さなければいけなくなった時には、俺が匿ってやる)
俺は従属民を誘惑してみた。
「これはまいりましたね、とても厳しい事を申されます、困りましたね」
「そうか、そんな事はなかろう。
俺はこの市の責任者だから、奴隷の値段は熟知している。
お前が売ろうとしている値段では絶対に売れないぞ。
このまま時間が経てば、どんどん不利になって奴隷の値が下がるだけだぞ。
売れない場合、奴隷を持ち帰る事は許されていないのだろう。
明日売ろうとして奴隷をその辺で寝させるにしても、滞在税が課せられるぞ。
奴隷に飯を喰わせなければ、顔色も悪くなって今日よりも値が下がるぞ。
俺が調べたこの市の奴隷相場を教えてやるから、それを主人に伝えて許しをもらったらどうだ、何なら待っていてやるぞ」
(これはお前個人への褒美だ、どうだ、主人を説得してみろ。
どうせ酔っぱらっていて、ちゃんと奴隷の相場を調べていないのではないか)
小声で誘惑してロアマ金貨を一枚握らせてやると、表情が真剣になった。
俺が本気で言っているのだと理解したようだ。
俺なら弱小公の分家や戦士くらい騙しても許されるのだと理解したようだ。
遊牧民族や騎馬民族と呼ばれている俺達は、普段から信義のある商売などしない。
思ったような値段で売買できない場合は、簡単に強盗に変わるのだ。
目の前の従属民もその事はよく理解しているから、変わり身も早いはずだ。
「分かりました、主人に許可をもらってきます。
おい、レオナルド様に失礼のないように奴隷を見張っていろ、分かったな」
従属民は年若い見習いに厳しく命じて走って行った。
賄賂をもらう事に慣れているのか、見習いに分からないように賄賂を受けとった。
彼のような世慣れた従属民なら、大切な奴隷売買の場を離れて酔いつぶれるような、無責任な主人など簡単に丸め込む事だろう。
以前から主人を欺いて私腹を肥やしていた可能性が高い。
相手によってやり方を変えて、値崩れした奴隷を全て買い取り俺の私兵にする。
今までは高くて手が出なかった若くて丈夫な男性奴隷も買い取り、徒士兵にする。
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