第15話:機動略奪戦

教会歴五六九年六月(十歳)


 父上は俺の献策を全て受け入れて王に使者を送ってくれた。

 王と氏族長達がどう考えたかなど分からないが、結果は上々だった。

 いや、王国の事を考えればあまりよくない状況なのだろう。

 王国戦力の半分は南イタリアに攻め込むことを諦めずに王都を離れた。

 王と北に建国した氏族長達は昔住んでいた草原地帯を目指して逃げた。

 南イタリアに行く連中と一緒に逃げたら、怒り狂っている彼らに裏切られて、オーク王国軍に売られると思ったのかもしれない。


 騎馬民族が逃げると決めたら後は早い。

 ゲルをたたんで、奪った財宝を持ち家畜を連れて素早く逃げ出す。

 降伏寸前だったメディオラヌムになど全く拘らない潔さだ。

 こういう点が騎馬民族の強みでもあり恐ろしさでもある。

 後は俺の献策通り、精鋭でオーク王国に攻め込むだけだ。

 智徳平八郎の良心さえ俺の胸に痛みを覚えさせなければ大成功だった。


 いや、分かっていたとはいえ、父上の行動を考えれば大成功とは言えない。

 父上にとって、母上に浮気を疑われる事くらい恐ろしい事はないのだ。

 だから、アルプスインダ王女を領地に引き取る事には消極的だった。

 領地の安全を考えれば、絶対にアルプスインダ王女を確保すべきだった。

 無理矢理攫ってでもアルプスインダ王女を領地に迎えるべきだった。

 だが父上にそこまで願うのは欲が深すぎるだろう。

 だから俺を溺愛してくれている母上にお願いする事にした。


「母上、何としてでもアルプスインダ王女を味方に引き込んでください。

 今回はもう無理ですが、またこのような事があった場合に備えて、何かあればアルプスインダ王女が我々を頼って逃げてくるようにしておきたいのです」


「分かったわ、レオナルドちゃんのためにアルプスインダ王女と仲良くなるわ」


 ランゴバルド人にしては視野が広く聡明な父上だが、限界がある。

 心から愛している母上を奪ったばかりの街に籠城させられないのだ。

 騎馬民族の常識から考えて、護衛をつけて逃げす方が安全だと考えるのだ。

 俺と父上がオーク王国内に攻め込むときに一緒に移動するという手もあるが、それよりは王達と一緒に故国である草原地帯に逃がす事を父上は選ばれた。


 いや、俺が母上に頼んで王達と一緒に逃げてもらった。

 父上の性格なら、絶対に一緒にオーク王国に移動する事を選んでいたから。

 母上から王と一緒に逃げる方が安全だと言われたら、父上に逆らえるはずもない。

 渋々、本当に嫌そうに、仕方なく、泣き出しそうな顔になって認められた。

 それでも、父上は最後の抵抗をされた。

 オーク王国に攻めるのではなく、少しでも母上に近い誘導部隊を選ばれたのだ。


「よく見ろ、襲いがいのあるとても豊かな街だ。

 今オークの軍は我が国を襲っているから、ろくな兵力がない。

 犯し、殺し、奪って攫え、全部俺達のモノだぞ」


「「「「「おう」」」」」


 あまりにろくでもない言葉に智徳平八郎の常識が耳を塞ぎたくなる。

 大塩平八郎も嫌な気分になっているようだが、本多平八郎は違う。

 戦国乱世を生き残った本多平八郎は略奪も虐殺もなんとも思っていない。

 ジェノバ公の戦士を鼓舞する言葉を当たり前だと受け入れている。

 徐々にこの世界に慣れてきた俺も、言葉を聞いた直後は嫌な感情を持ったが、直ぐに胸の痛みがなくなった。


 それに、今の俺にジェノバ公を非難する資格などない。

 そもそもオーク王国軍を撤退させるために逆侵攻を献策したのは俺なのだ。

 今から襲われる人々が非難すべきは、他の誰でもない俺なのだ。

 見も知らぬオーク王国人の事に胸を痛めるより先に、自分が護るべきストレーザ公国民のことを考えなければいけない。

 少しでも早くオーク王国軍を撤退させなければ、次に狙われるのはストレーザ公国かジェノバ公国なのだから。


 俺はストレーザ公国騎馬軍団の半数を指揮してオーク王国に侵攻した。

 歩調を合わすのはジェノバ公と彼に賛同する弱小公達だ。

 彼らと一緒に海辺の街ニースを襲う事で、オーク王国軍を撤退させる。

 ニースを襲ってもオーク王国軍が撤退しないのなら、次にはマルセイユを襲う。

 それでもダメなら、モンペリエ、テゥールーズ、ボルドーの順で襲う。

 さすがにナント、レント、パリを襲うまで放ってはいないだろう。

 とにかく、オーク王国軍が俺達に目を向けるまで襲い続けるのだ。


 だが普通にオーク王国内を襲うだけでは真の目的を達成できない。

 オーク王国軍を上手く誘導しなければ、オーク王国軍がストレーザ公国かジェノバ公国を襲って略奪の限りを尽くすかもしれないのだ。

 既に略奪されている、しかもすべての元凶でもある、アオスタ公国かトリノ公国の領地を通過するように誘導しなければいけない。

 そんな大役を果たせる指揮官は、父上しかいないのだ。

 だからストレーザ公国騎馬軍団の半数は父上が指揮している。


「いけぇえええええ、早い者勝ちだぞぉおおおおお」


 欲望に目をぎらつかせた戦士達がニースの街に攻め込んだ。

 侵攻するという情報を秘匿して、騎馬軍団の機動性を生かして、ニースの街どころかオーク王国が防備を固める前に攻め込んだから、完全な奇襲になっている。

 街の門を閉める事もできずに俺達の襲撃を許してしまっている。

 今ニースの街の中は、目を覆う惨状になっている事だろう。

 ジェノバ公国軍だけでなく、俺の配下も略奪に夢中になっているに違いない。


「さすがフィリッポ殿が自慢するだけの事はある、見事な軍略ですな」


 ジェノバ公が探るような目をして俺に話しかけてきた。

 父上には俺が考えた策だと言わないように頼んでいたのだが自慢したのだろうか。

 父上にうかつ過ぎると言いたいところだが、俺を愛してくれているからこそだと思うと、うれしい気持ちもわいてきてしまう。

 この世界に転生してきて、五代の記憶があるとはいえ、両親や妹に対する愛情が生まれない訳ではないようだ。


「大した事ではありません、ジェノバ公。

 我らのように馬を駆って草原で生きてきた民と、石の街を作って生きてきた民とは、大切にする物が違うと考えただけです」


 わざと少し論点を外して返事をしてやった。

 ジェノバ公は奇襲略奪を成功させた事を褒めてくれているのだろう。

 だが俺は、そもそもの思想と思考、大切にする物の違いを答えてやった。

 この意味を理解できるようなら、ジェノバ公はランゴバルド人とは思えない、とても知恵の周る人間だと分かる。

 そんな知恵者が近隣にいて力を持っているのは危険な状況だ。

 卑怯な手を使ってもここで殺しておくべきだろう。


「話がかみ合っていないのではないか。

 私が言った事を分かってくれているのかな」


 演技をしているようには見ないから、危険を冒して殺す必要はないな。


「申し訳ありません、両親の事が心配で正しく聞き取れませんでした。

 ジェノバ公はこのニースへの奇襲を褒めてくださったのですね。

 ですがそれは私を買いかぶってくださっています。

 少しでも敵に隙があれば略奪するのがランゴバルド人ではありませんか。

 父上から、ジェノバ公が氏族長会議でオーク王国に侵攻すると宣言された事を聞かされていましたから、それを再提案させていただいただけです。

 全てはジェノバ公のお考えから出た事です」


「おお、そうか、そうか、私の考えを参考にしたのか」


 おべっかに簡単に引っかかってくれたようだな。

 これならこの後の略奪行も上手く誘導できるかもしれない。

 父上が無理をして死傷してしまわないように、オーク王国を不安にさせなくてはいけないから、ニースの略奪は早々に切り上げてマルセイユに向かうように誘導する。

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